19.話の分かる大人、割り切れない子供

 


「うー」


 アズは朝からずっと気分が悪そうだ。

 真っ青な顔でしかめっ面。

 これはどうみても完全な二日酔い。

 いつもは艶やかな藍色の髪もぼさぼさになっている。


「はい、お水」

「ありがとう……エリオット」


 気だるそうにコップを受け取り、一口飲む。

 もうすぐお昼時だけど、食欲がないらしく、小さなパンだけで済ませようとしている。

 かじかじと小さくかじっている姿は、小動物のようだ。


「うー」

「大丈夫? もう少し休んでいたら?」

「いえ……出かけるというのであれば……わたしもついていきます……」

「……わかった」


 目を細めながら、彼女はゆっくり首を横にふった。

 安静にしてほしいけれど、一人で置いておくのも心配だ。


「そろそろ馬車が来るけど、乗れる?」

「……はい」


 ギュンターさんが呼んだ馬車がもうすぐ来る時間だ。

 一泊した『牛楽』にあるテラスで、僕たちはその馬車を待っている。


 ――ある村へ、向かうための馬車だ。





 盗賊の少女を逃がしてしまった後、僕は右手に小さな布の切れ端を握っているのに気が付いた。

 彼女が身に着けていた、フードの一部らしき布。

 ほんの小さな布切れだったけど――それが、思いのほか重要な手がかりになった。



「あー。こいつは知ってますね、キャンサ村の特産品と同じ縫い方でさぁ」


 その布を見て、懐かしいなぁと声をあげたのは――ギュンターさんの子分さんだった。


「わかんのか? こんなので」

「ええ。あっしはキャンサ村出身でしてね。この端っこの縫い方が独特でしょう? この縫い方はキャンサ縫いってやつでさぁ」


 ちなみにあっしもできますぜと自慢げに言うが、ギュンターさんは聞く耳持たず。

 少しがっかりしている子分さんが、かわいそうに見えた。


「綺麗な刺繍が売りな織物ですけど、あんまり人気がありませんでねぇ。外に出回るのが珍しいんで、すぐわかります」

「ということは……」


 盗賊の少女と、キャンサ村には、何か関係があるということ。

 村に行けば、少女に関する手がかりがつかめると見て、間違いないだろう。


「道端でみっともなく痺れてた割には、やるじゃねーかエリオット」

「ははは……」


 そういうシェンフーさんだって、壁に頭から突っ込んで気絶してたじゃないか……

 とはいえず、苦笑いでごまかした。


 キャンサ村へは、馬車を使えば半日とかからない距離らしい。

 すぐに手配してもらって――今に至る。





「来たよ」


 道の先から、馬車がこちらに向かってくるのが見えた。

 ギュンターさん達は、町の警護があるとのことで、僕とシェンフーさんが村へと向かう。

 アズはまだ、顔色が悪い。それでも彼女は、気合いを入れて立ち上がった。

 ちょうどシェンフーさんも店の中から現れる。

 たらふく食べて、準備万端という感じ。

 苦しそうなアズを見て、反省することもなく茶化す。


「どうだ? 初めての悪酔いは?」

「……もう、お酒は飲みたく……ありません」

「まあ、そういうな。慣れてきたら美味しくなってくるって」

「うー……当分は結構です……」


 ぐったりしている彼女を尻目に、シェンフーさんは身体をほぐし、首を鳴らす。


「さあて、行くか」


 お姫様をエスコートするように、アズの手を引いて馬車に乗せ、キャンサ村へと出発した。



 ●  ●  ●



 夕焼け空の下、小さな村――キャンサ村へと僕らは降り立った。

 言われた通り、キャンサ村へは半日ほどで到着することができた。

 最初は馬車の揺れに顔を真っ青にして耐えていたアズだったが、今はお酒の酔いもさめて落ち着いている。


「明日の昼頃、また村に来ます。契約はそこまでなんで、まだ何日か滞在するってんなら、別の馬車を頼んでください」

「ありがとうございます」


 馬車の運転手にお礼をする。

 ぶっきらぼうな人だが、小さく会釈を返してくれると、来た道を馬車がゆっくりと戻っていく。


「夜になる前に片をつけたいな」

「そうですね。行こうアズ」

「はい」


 僕たちはキャンサ村へと足を踏み入れた。





 よそ者はあまり歓迎されないのだろうか。

 村の人が、僕たち三人を見る目はよそよそしく、距離感がある。

 アズが何度か挨拶を試みるも、突き放すような返事が返ってくるだけだった。

 妙に僕らを警戒している。そんな雰囲気が村中を包んでいる……


 手がかりの布を片手に話かけようとしても、拒否されてしまう。

 明らかに避けられている。


「こりゃちょっと難儀しそうだなぁ」


 シェンフーさんは頭をかいて途方に暮れる。


「なんだか、僕らが悪者みたいですね」


 通りがかる子供までもが僕らを見ると、そそくさと隠れていく。




「――それには、理由がありましてね」


 不意に僕らへと声をかけてきた人がいた。初老の男性。


「この村の村長をしている、ゲーバです。トラスの町から来られましたな? ご客人」

「はい、その通りです」

「やっと、まともに会話する奴が現れたな。観光客には優しくするもんだぜ?」

「観光客というよりも、『取り立て人』に見えますがのぉ」


 ゲーバと名乗る老人は、小さく笑い飛ばす。


「立ち話もなんですし……家でゆっくりと話しましょう」

「……」


 僕は一度、シェンフーさんと目を合わす。

 彼は僕らが来た理由を知っている。そうシェンフーさんも感じ取ったようで、無言でうなずく。

 それはたぶん、この村の人達全員がそうなのだろう。

 僕らを警戒する理由は――おそらく、盗賊の少女とも関係がある。


「ささ、こちらへ」


 僕らは促されるまま、村長の屋敷へとついていく事にした。




 ●  ●  ●




「まどろっこしい話は無しだ。トラスの町に出てる『盗賊』とこの村。何か関係があるな?」


 村長の屋敷に案内されて、開口一番、シェンフーさんが手がかりの布をテーブルに放り投げる。

 布切れを見て、村長はほんの少し表情を固くすると――観念したように口を開いた。


「……いかにも」

「あっさりと認めやがるな」

「長い間、隠し通せるとは思っていませんでしたから。いつかはこの日が来ると覚悟しておりました」


 ゲーバ村長の口ぶりに、僕は違和感を覚えた。

 諦めというよりも、意外と早くバレてしまったというような……感心にも似た言い方。


「……トラスの領主、オットーの悪名は知っておりますかな?」

「たちの悪いやつだってのは、よく知ってる」


 シェンフーさんが答える。そういえば、トラスの領主とは知り合いだっけ。


「彼は近隣の村への税を年々高くしておりましてね。生活が厳しくなっていく一方でして」

「領主が悪いって言いたいのか?」

「いいえ、そういうことでは。しかし、彼が税を取れなくなった村から何を要求するのかは、その様子だとご存じないようでしたので」

「……?」


 彼はもったいぶった言い方をする。


「幼い村娘を税の代わりに、要求するのです……税金分、使用人として働かせるなどと言いますが、帰ってきた者は居ないと聞きます」


 あまり、アズの耳には入れたくない話だ。

 連れていかれた村娘たちがどういう目にあうのかは――容易に想像がつく。

 アズもそれがどういう事が理解できたようで、辛そうに眉を歪める。


「あの野郎……懲りてねえのか……」


 シェンフーさんがイラついた様子で舌打ちした。


「それで、領主が変態野郎だってのと、盗賊がどう関係あるってんだよ」

「いえね。うちの村も税を払えないなら、若い娘を差し出せと言われて――困っていた頃、ちょうど彼女が現れたのです」


『彼女』……やはり、ゲーバ村長は盗賊の正体を知っている。



「盗賊の子が盗んだお金で、税をごまかしてたという事ですか?」

「……」


 僕の質問に、彼は答えない。否定もしないという事は、そういうことなのだろう。

 同情を誘っているのだろうか?

 その割に、ゲーバ村長は淡々と経緯を語り、表情もいたって冷静だ。



「彼女には、村のみんなも感謝しておりましてね。皆、彼女をかばっているのです」

「盗賊がいねーと村が成り立たねえから見逃せってか」



「いいえ。その――逆です」



「逆?」

「彼女、ミティの居場所を教えましょう。その代わりに、村への税の取り立てを免除するように、領主様に取り計らってもらいたいのです」



 表情一つ変えず、ゲーバ村長は言い放った。

 村のために、盗賊をしていた少女を――彼は、売る気だ。

 わざわざ、屋敷にまで呼び込んだのは、ほかの村人に聞かれないためだったのだろう。




 その言葉を聞いて、詰め寄ったのは。

 アズだった。


「今、村のみんなは感謝していると、おっしゃっていたではないですか!?」

「ええ。ですからこれは、私個人の判断です。村長として、村を守るために提案しているのですよ」

「……さんざん利用しておいて、やばくなったらポイする訳かい?」

「……彼女は村の住人ではありませんし、金を盗んできたのも――その金を置いていったのも、彼女が勝手にやった事です」

「そんなっ」


 アズが思わず声を荒げるが、シェンフーさんが手で止める。


 僕もゲーバ村長のいう事が信じられなかった。

 どういういきさつがあったのかは知らないけれど、村のために悪事に手を染めた娘に対し――こんなにも無関心を決め込めるものなのだろうか。

 挙句の果てには、そんな彼女を交渉の材料にしている。


 まったく関係のない僕が、怒りを覚えるほど、何とも思っていない顔。



 この人は、ひどい人だ。



 僕とアズが彼を睨みつける。



 ――が、意に介すことなくゲーバ村長は話を続けていく。



「彼女に高額な懸賞金がついている事も、領主様がご執心なのも知っております。悪い話ではないと思いますが?」

「……ろくな死に方しねーぞ。じいさん」

「村のためを思っての事です。どうしますか?」


 いつのまにか、立場が逆転しているような錯覚を覚える。

 僕らもゲーバ村長に上手く利用されているのは明らかだ。




「……いいぜ。乗ってやる」

「シェンフー……」

「どんな言い訳をしようが、罪を犯してるのは――『盗賊』だ。なにより、金がいる。綺麗ごとばかり言ってられるほど、俺らは暇でもねえだろ」


 アズは何かを言おうとして……うつむいて黙り込んだ。


 シェンフーさんのいう事も一理ある。

 僕らの旅はまだまだ先が長い。

 村長の提案が通れば、盗賊の少女を捕まえるだけで、村も救える。お金も貰える。トラスの町もいくぶんか治安が良くなるだろう。



 損得勘定で考えれば、どちらの味方をすればいいのかは――明確だ。



 だけど、僕もアズと同様、納得できないでいた。

 これでいいのだろうか。

 これが――この判断が本当に正しいのだろうか。



「交渉成立ですかな?」

「ああ」

「話の分かる『大人』がいて、助かりました」


 ゲーバ村長の言葉は、僕とアズに向けられている。

 割り切る事ができない『子供』だと、言いたいのだろう。

 確かに、シェンフーさんが居なければ話はもっとややこしくなっていたかもしれない。

 だとしても。

 やっぱりこの選択に納得することはできない。


 アズをちらりと見る。

 彼女はぎゅっと拳をにぎり、我慢している。

 何かを言った所で、無駄に事を荒立てるだけなのを、彼女は理解しているのだろう。




「それと、もう一つ。やってほしい事がございます」


 話は終わった。

 そう思っていると、ゲーバ村長がさらに条件をつけてきた。

 とことん僕らを利用する気らしい。



 その態度に、シェンフーさんが吐き捨てるように呟いた。





「食えねえじじいだな。本当によ」

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