17.酒癖の悪い巫女様
『牛楽』
一階は食事処、二階が宿となっている、トラスでも結構有名なお店。
いろんな地方から食材を集めているため、料理が絶品だ。
――と、ギュンターさんが自慢するお店に、僕らは来ていた。
人気だというのは本当のようで、一階は満席状態でお客が賑わっている。
「悪いな、宿だけじゃなく、飯までご馳走になるなんてよ」
「いいって事よ。盗賊を捕まえりゃ、おつりが来るぜ」
ギルドでのギュンターさんの答えは――イエスだった。
盗賊を捕まえる共同戦線を結んだ僕らは、彼の提案で宿の手配――だけでなく、夕飯までおごってもらう事になった。
彼が言うには――
「大物獲り前の景気つけといこう。そして、巫女様との出会いへの感謝もかねて……」
だそうだ。
「あ、ありがとうございます」
ぎゅっと手を握り、アズの瞳を見つめる。
威厳も恐ろしさもなく、デレデレとした顔。
「兄貴はこういう美人に弱いんす。この前も隣町からきた女にこっぴどい目に――」
「てめーは向こうに行ってろ! ボケ!!」
ケツを蹴りあげられて、子分の人は悲鳴を上げて退散していった。
そういえば彼の名前を聞いてなかったな……
「しかし、門を閉じるための旅たぁ。巫女様はなんと健気でお優しいんだ……」
「そ、その……」
「俺もついていけるもんなら、いきたい所なんですがね……この町を守るのが仕事でして」
「ご、御立派だと、思います」
「巫女様に褒めていただけるたぁ、天にも昇る気持ちでさぁ! どうぞ、俺の事は、『ギュンちゃん』とお呼びください……」
「ギュ、ギュンちゃんですか……」
ぐいぐいと迫ってくる『ギュンちゃん』に、アズが少し困った顔をして僕を見る。
これ以上は僕もなんだか耐えられないので、助け舟を出す。
「ギュンターさん。それよりどういう作戦で、盗賊を捕まえるんですか?」
「おお。そうだな」
我に返ったように、アズから手を離して顎をかく。
「盗賊――フード野郎は、どっから現れるか分からねえ。でも、決まって領主様が関係している店から盗みを働きやがる」
「領主様のお店から?」
「領主様に恨みを持ってるやつの犯行じゃねーかって噂もあるくらいだ。最近は、税の取り立ても厳しいからな……一部じゃ義賊扱いしてる奴もいる」
「なるほど」
手当たり次第に悪事を働いているわけではないようだ。
「とはいえ、盗みは盗みだ。領主様の店を狙うってんならそこを利用するのよ!」
「利用する……というと?」
どんっとテーブルを叩いて自慢げに言う。
「ずばり、張り込み!」
「……どこから現れるか分からないんですよね?」
「おう!」
「……その領主様の店っていくつあるんですか?」
「今んとこ、8つ!」
「……アズ入れても僕ら、4人ですよ?」
「じゃあ、二つずつに分けて見回るか!」
「……それじゃあ、張り込みにならないですよ?」
「おう! そうだな! ……どうする?」
なんで捕まえられないのか分かった気もする。
とはいえ、僕はその『盗賊』の情報が一切ないので、代替え案を挙げられるわけでもない。
「まあ、なんとかなるだろ」
シェンフーさんが頬杖をつきながら僕へと言う。
さすがは、行き当たりばったりで旅をしてきた人は心の余裕が違うな。
「そんな呑気でいいんですか……」
「まあ、何にせよ。まずは腹ごしらえだ。巫女様、ここは俺のおごりなんで、好きなものをたらふく頼んでください」
ギュンターさんが甘い声で言うと、アズは苦笑いを浮かべながら、ありがとうとお礼をのべた。
「とりあえず、この店のオススメを堪能してくだせぇ。おーい、姉ちゃん! 今日のオススメを人数分! あと、酒!」
「おっ。なら、俺の分も酒たのむわ」
「この後、盗賊、捕まえるんですよね? 張り込みするんですよね?」
「おう! 安心しな、俺は酒が入った方がよく動ける」
「ちょっとぐらい飲んでも平気だって」
二人とも僕の話を聞こうともしない。
「アズ。君からもなんとか言って――」
「ギュンターさん。このメニューに書いてある、東風ステーキってどんなものなんですか?」
「さすが、巫女様。お目が高いねぇ。大根をすり下ろしたものに、東の国から取り寄せた貴重な調味料を使ったステーキでさぁ。女性にも食べやすく人気があるんですよ」
「おお。懐かしいな。そいつは美味いぞ~アズリエル」
「本当ですか? では、これも頼んでも……よろしいでしょうか? ええと……ギュンちゃん……さん」
「もちろん! もちろんですとも!」
ダメだ。アズは初めて見る料理のメニューに目を輝かせている。
僕だけ蚊帳の外みたいだ……
こうなると、何を言っても無駄だろう。
先に、お酒が入ったビアマグが二つ運ばれてきた。
「じゃあ、お先に乾杯させてもらうか」
シェンフーさんにとっては久しぶりのお酒なのかもしれない。
待ちきれないという形でギュンターさんとビアマグをぶつけあって乾杯すると、僕らの事は気にせず一気に飲み干していく。
「かーっ。いい酒入れてるねえ!!」
気持ちよさそうに声を張り上げる。
それを興味津々で見つめるアズと、シェンフーさんの目が会った。
シェンフーさんが、化け猫のように笑みをこぼす。
「お? 巫女殿。お酒に興味がご有りかな?」
「ええと」
「お酒は大人の嗜みですぞ。巫女様」
否定をしないアズに、ギュンターさんが酒の追加注文をして手渡す。
まじまじとビアマグの中で揺れる液体を見つめるアズの反応から、一度も飲んだことが無いことが分かる。
「アズ。やめといた方が……」
僕の制止もむなしく、彼女はゆっくりと口をつけて一口。ごくんと飲み込む。
「……うぇ。美味しくありません……」
舌を出して、苦みに悶える彼女を見て、大人二人がゲラゲラと笑う。
たぶん、予想通りの反応だったのだろう。
僕も飲まされたことがあるけど、あの苦みの何がいいのかはまだよく分からない。
「お子ちゃまなアズリエルには、まだ早かったよなぁ」
その言葉に、アズはムッとした表情を浮かべる。
子供っぽい所があるとは、僕も思っていたけど、面と向かって言われるのは、彼女でも嫌らしい。
そのまま、もう一度お酒に挑戦し――やっぱり苦みに耐えきれず、眉間にしわを寄せた。
● ● ●
もっとしっかりと止めるべきだった。
食事処は謎の熱気と盛り上がりを見せている。
テーブルに座る冒険者たちはテーブルを叩いて音頭を取り、立っている旅人たちはおうっおうっと掛け声をかける。
その盛り上がりの中心にいたのは――アズリエルだった。
人の半身の長さはある、細いヤードグラスに注がれた酒を、彼女は一気に飲み干していく。
グラスの底が高くあげられていくほどに、周りの熱狂が渦を巻く。
おうっ!おうっ!おうっ!おうっ!
彼女は椅子に足をかけながら、ぐびぐびと飲み干していくと――グラスの底が天高く持ち上げられる。
おおーーーーーーー!!!!
地響きに似た大歓声。
アズは見事、注がれた酒を一気飲みした。
あーあ。
あーあ。
手をあげて周りの歓声に答えるアズだが。
顔は真っ赤に紅潮し、その目は――とろんと据わっている。
「えりおっと! えりおっと! みはしたか!?」
僕の襟首をつかむと、がくがくと揺らす。
呂律も回ってない。
お酒に手を出してから何杯目だろうか。
彼女はお酒には強いみたいだが、想像以上に酒乱だったみたいだ。
そう仕向けた張本人たちは知らぬ存ぜぬと、他人ごとを決め込んでいる。
二人とも、さんざんウザ絡みされて、早々に疲れ果ててしまっていた。
それからはずっと僕がアズの相手をしている……
絡まれている僕の身にもなってほしい……
よろよろとアズが椅子に座りなおすと、僕をじーっと見つめる。
お酒に酔っている彼女も可愛らしいといえば可愛らしいが、その目つきが怖い。
「えりおっと! わtしがkんにもおmmてEるとirというnに! anたというhとは!!」
「何言ってるか分からないよ。アズ……」
「nんでwからnいのです! えりおっちょ!」
テーブルに這いつくばりながら僕へとずりずりと寄ってくる。
アズがこんなに酒癖が悪いとは思わなかった。本人もこうなるとは思っていなかっただろうけど。
今後は彼女がお酒に口をつけないように全力で阻止しないといけないな。
そんな事を思っていると、アズが机に突っ伏して、ううと唸り出す。
もしかして気持ち悪くなってきたのかな。
一気飲みなんて危険な事をしたんだから、そうなっても仕方がない。
「アズ? 大丈夫? アズ!?」
彼女の表情を確かめようとしながら声をかけると、うめくように呟いた。
「えりおっと……わたし……ねむい」
良かった。気持ち悪くなったわけではないようだ。
「こんなとこで寝ちゃダメだよ。アズ」
「だゃめ……ねりゅ……」
さっきまでの元気はどこへやら。電池が切れたかのように、うとうとし始めていた。
暴れられるよりかはマシだけど、ここは食事処だ。このままにはできない。
「二階の一番奥に巫女様の部屋を取ってあるから、そこに運ぶといいぜ」
「俺らはそろそろ、見回りにでも行こうか?」
「そうしよう、そうしよう」
ほろ酔い状態の大人二人は、後は任せたと逃げるように外へ出る。
無責任な二人をしかりつけたい気持ちもあったけど、アズを寝床へと運ぶ方が先決だ。
あとで絶対、文句言ってやる。
「アズ。立って」
「うー」
「しかたないな……ほら……」
おいでと手を広げると、ぼけぼけの顔から笑顔がこぼれる。
「えへへ。だっこー」
ぎゅっと僕を抱きしめると、体重をすべて預けてくる。
むにゅりと弾力のあるものが二つ。
僕はそれを必死に無視して抱え上げた。
「えへへ……えへへへ」
可愛い酔っ払いは、僕に抱えて貰っているのが大そう嬉しいらしい。
過剰に身を寄せてくるので、僕は欲情を抑えるので必死だ。
奥にある階段を上ると、給仕さんらしき女性が、こちらですと奥へ案内してくれた。
こんな姿を見られるのは恥ずかしいけど、そうも言ってはいられない。
給仕さんに手伝ってもらって、部屋の中へとアズを運び込む。
豪華な角部屋だ。大きなベッドが窓際に備え付けられている。
ギュンターさんは、一番良い部屋をアズに用意してくれていたみたいだ。
給仕さんにペコリとお礼をして、アズをベッドの上にゆっくりと降ろす。
ふかふかのベッドにアズの身体が沈み込む。
腕に触れるシーツの感触だけで、高級品であることが分かる。
「おやすみ、アズ」
「おやすみなさい、えりおっと……」
ぐいい。
「うわあっ」
尋常じゃない力で僕をベッドの中に引き込む。
背中に絡めた手は、ケルベロスの鎖がごとく、がっちりと組まれて離れない。
「アズ。アズっ」
だめだ。
彼女はもう夢の中……
幸せそうな寝顔が目の前にある。
甘い吐息が僕の頬にかかると――お酒の匂いが鼻をつく。
うう、お酒臭い。
おかげで、理性がしゃっきりと起き上がってくれた。
あやうく、僕の獣が解放されてしまうところだった……
とはいえ、彼女の腕に拘束されたままだ。
そこかしこに彼女の柔らかい感触が押し付けられる。
こんな状況、僕の理性が長く持つわけがない。
もぞもぞと動けば、そのつどむにゅりと僕を刺激するので、下手に動くことすらできない。
ど、どうしよう……
このまま、朝までじっとするしかないのか?
それはそれで、朝起きた彼女になんて説明すればいいんだ……
そう思っていると、ふいに――
彼女の拘束が緩んだ。
よし、今だ。
刺激しないように細心の注意を払って、彼女の腕の中からゆっくりと――脱出する。
長い時間をかけ――
慎重に慎重を重ねて――
なんとかベッドから這い出て、息をつく。
なんとかなった。
額に浮き出た冷や汗を拭い、窓を開けて大きく深呼吸。
よく耐えたぞ。エリオット。
やればできるじゃないか。
自分を褒め称えて、ぼんやりと浮かぶ月を眺めた。
ほんのり流れてくる夜風が心地いい。
雲の合間から、大きな月とキラキラとまたたく星々が見える。
ゆっくりと眺めていたくなる、良い夜空だ。
月明りを背景にして、遠くの屋根を何かが横切るのが見えた。
ネズミなんかと比べると、ずいぶん大きい。
あの遠さであの大きさならたぶん――人間くらいの大きさだ。
ぼーっとしていると、人影が見えた方向から、かすかではあるけど、聞きなれた声がした。
シェンフーさんが何かを叫んでいる。
そこでやっと――僕は冷静になれた。
さっき見えたのは恐らく、盗賊だ。シェンフーさん達が見つけたのかもしれない。
それなら、僕も加勢に行かなくては。
窓に足をかけ、一瞬だけアズの方を振り返る。
気持ちよさそうな寝顔だ。
「ちょっと行ってくるね。アズ」
小さく呟くと僕は窓から勢いよく飛び出した。
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