16.『猛牛』ギュンター
ギルドの雰囲気はちょっと苦手だ。
入り口を開けると、その音に反応して何人かの冒険者が僕たちを見る。
だれもかれも鋭い目つき――服装こそ様々だけど、みんなガラが悪そうな風貌をしている……
冒険者。
聞こえはいいが、その実は村や町での地味な仕事を嫌い、名をあげようと飛び出したならず者が多い。
もちろん全員がそうだという訳ではないし、僕も地味な仕事を嫌って飛び出した一人だ。
だが、どうにもピリピリとしているこの雰囲気に、僕は馴染めなかった。
そんな僕を尻目に、アズはわーと中をくるりと見渡して楽しそうな笑顔を見せる。
テーブルにたたずんでいた何人かの男性冒険者が、彼女をじっと見ていた――
女性冒険者が居ない訳ではないが、巫女服に身を包み、物珍しそうにあたりを見渡すアズは一際異質な存在だ。
おまけに、可愛くてスタイルもいい。
どうか、絡まれませんように……
心の中で祈りながら、依頼書の張り紙がある掲示板へと彼女を誘導する。
「ここに貼られているのがお仕事ですか?」
「そう。あとは直接、受付から依頼が無いか聞く事もできるよ」
「なるほど! ふむふむ、いろんなお仕事があるのですねー」
楽しそうに、一つ一つ内容を確認する。
まるで宝石店で、煌びやかな品々を眺めているかのよう。
僕も内容を確認していく。
ジェミナイの町へ出る荷馬車の護衛。
これはリオから離れてしまうのでダメだ。
村の収穫の手伝い及び、警備。
有りかな……ちょっと遠いけど。
でも、まるまる一週間も拘束されるのか……それだとちょっと難しそうかな。
新装開店したお店の手伝い。
冒険者の手も借りたいくらい、忙しいのだろうか。
これはどうみても、お店が軌道に乗るまで抜けれなさそうだ……
うーん。
中々いいのが見当たらない……
旅の合間にちょっとお金を稼ぐ、都合のいい依頼なんて。
そうそう見つかる訳がないよね……
「エリオット、エリオット。これはいかがですか?」
困っていると、アズが依頼書の一つを広げ、その後ろから顔半分を出している。
内容は――
リオの町への護衛。
お金持ちが観光がてらトラスに寄ったらしく、その帰路を護衛するという内容だ。
リオの町まで行けて、報酬も貰えるベストな依頼。
だけど――
「受けたいけど……条件が……」
依頼書の冒険者の条件。そこにはっきりとこう書かれていた。
『銀翼級』以上。
「ダメなのですか?」
アズが何か問題があるのかと、依頼書の内容をもう一度確認する。
「うん。その依頼者は『銀翼級』以上の冒険者じゃないと受けてくれないみたい」
依頼書に書かれている部分をなぞって、彼女に何がダメなのかを示す。
冒険者としての階級は、大きく分けて4つ。
国家直々の依頼なども請け負う最高位『
実力を証明し、優秀であると判断されたものが持つ『
一人前として認められた者が持つ称号『
そして、新米扱いの『
冒険者として四年たったが、僕はいまだに『無翼級』だった。
過去に何度か昇格を目指したが――昇格試験は個人で受けなくてはならない。
当時、神獣を宿していないも同然だった僕には、『銅翼級』の試験ですら高すぎる壁だった。
おかげで、今でも新米と変わらない階級……
「残念ながら、僕は『銀翼級』じゃない……だから、この依頼は受けれないよ」
「そ、そうなのですか……」
疑問は残るが、仕方がないと、アズが依頼書を元に戻す。
彼女が僕の階級を尋ねてこないのは、不幸中の幸いか……とにかく、好条件の依頼だったが、僕の階級が低いせいで受ける事は出来なかった。
やっぱり、『無翼級』だといい仕事にはありつけないよな……
良さそうなものを見つけても、階級で弾かれてしまう。
アズも懸命に依頼書を吟味して、僕に提案するが――残念ながら、彼女の眉を八の字にする結果にしかならない。
そうこうしているうちに――貼られている依頼書のほとんどを確認し終わってしまった。
「うーん。良いのが無いね……」
「そうですね……エリオットならどんな仕事も大丈夫だと思うのですが」
「ははは……ありがとう……」
何の気なしにアズは言っているのだろうが、なんだか慰められているように感じた。
――その時。
ギルドのドアがばあんっと勢いよく開いた。
思わず僕らはその音の主に目線を送る。
大柄で、背の高い目つきの悪い男。
軽装の鎧を地肌にまとい、誇示するかのように傷だらけな身体を見せている。
おまけにニワトリのように尖がったモヒカンヘッド。
いかつい冒険者――というよりも、どう見ても野盗の親分だ。
巨大な戦斧を肩に背負い、おまけにごろつきのような風貌をした子分が後ろからついて歩いていた。
うん。間違いない。野盗の親分だ。
「おう、野郎ども。元気か?」
大きすぎる声で彼がギルドにいる冒険者に挨拶すると、彼らはめんどくさそうに手を振って返す。
野盗ではなかったみたいだ。
そんな彼がギルド内をぐるりと見渡すと――僕らと目があって、にやりと笑う。
しまった。
あー絡まれる……絶対絡まれる。
僕の予想通り、彼がずんずんとこっちへと向かってくる。
今すぐ退散したいが、アズは大きな人だなぁと呑気に彼を見上げていた。
「なんでぇ。新入りか?」
とうとう、僕らに声をかけてきた。
怖い顔がずいぶんと高い所から見下ろしてくるので、威圧感がすごい。
ここはどうにか、トラブルを起こさずに切り抜けたい。
「はじめまして。私たちはギルドでお仕事を探しに来たんです」
アズがぺこりと一礼。彼女は気圧されることもなく、いつもの笑顔を見せる。
「ずいぶんと、べっぴんさんじゃねーか」
ゲヘヘと下品な笑い。隣の子分も真似るようにしてアズを舐めるように見る。
アズが彼らに捕捉されてしまった。嫌な汗が出る。
「お仕事ってんなら『紹介』してやってもいいぜ……お嬢ちゃん」
「本当ですか?」
手を合わせて嬉しそうにするが、アズはその言葉の裏を理解していない。
「おうよ……ちなみに階級は?」
「かいきゅう……? あっ、すいません、わたしは冒険者ではないのです。こちらのエリオットが冒険者なんです」
なぜだが自慢するようにして、僕を紹介する。
急に二人の荒くれの視線がこちらに向けられたので、おもわず後ずさり。
「兄ちゃん。階級は?」
嫌な質問だ。それでも、答えずに無視するわけにもいかないので、恐る恐る口にする。
アズには知られずにいたかったな……
「む……『無翼級』です」
モヒカン男が眉をひそめる。何度か経験ある反応だ。
この後は決まって――馬鹿にされる。
「なんでぇ、新米さんかい。この町に『無翼級』が来るのは珍しいな」
僕の肩をポンと叩く。いつもなら笑われるはずだったけど、彼の反応は逆で――心配している様子だった。
あれ、思ってた感じと違う……
「気をつけなよ、兄ちゃん。この町じゃ右も左もわからねえ新米は、騙されて割に合わない仕事を掴まされる事が多いからよぉ」
「は、はい。気をつけます」
「その上、こんな可愛い嬢ちゃん連れてると、悪い大人に利用されちまうぞ」
なんか……すごく……良い人だ。
さっきの紹介するって話も、たぶん本当に冒険者としての仕事を紹介してくれる気だったのだろう。
見た目の印象だけで悪そうだと思ってしまったのが、恥ずかしくなってくる。
隣ではアズが褒められて嬉しそうに頬を染めていた。
「新米となると、ちょいと手間がかかるなぁ。細々した仕事が最近入ってないんだよ」
モヒカン男……さんは、うーんと頭をひねる。口ぶりからしても、かなりのベテランのようだ。
とても親身に、僕らの事を案じてくれているのが、表情からわかる。怖い顔だけど。
「あの、すいません。失礼な事を尋ねますが、あなたは……?」
なんだか、大物な気がして質問してみると、彼はにやりと笑う。
「俺か? 俺はだな――」
「聞いて驚け!」
間に入ってきたのは子分のような人。
「このお方はだなぁ! この町随一の実力者! 神獣『ミノタウロス』を宿すトラスの護衛騎士! 『猛牛』のギュンター様だ!」
演劇に出てくる主役を大げさに紹介するかのように、子分らしき人が言うと、なぜだかモヒカンの――ギュンターさんも片手を伸ばしてポーズを取る。
アズはそのポーズのどこかに感銘を受けたらしく、おおーと拍手。
「兄貴はなぁ。『金翼級』にもなれるのに、あえてならなかったんだ! なんでか分かるか? 『金翼級』になると国からの仕事で、町を留守にしちまうからな! 兄貴はこの町を愛してるのさ!」
「照れるじゃねーか……ふはは」
早口でほめちぎる子分に、頭をかいて照れる。
良い人なのは間違いないけど、やはりちょっと変な人かもしれない。
とはいえ、トラスの護衛騎士なのか。
つまりは、この町に危機が迫れば、一番に頼られる存在ということだ。
風貌はどう見てもごろつきだけど、相当の実力者なのだろう。
肩にかかる革ベルトに、翼を模したバッジがついているのに気が付いた。
銀色に輝いているそれは――『銀翼級』の証。
「ところで、宿はもう決めてんのかい?」
カッコいいポーズを解除して、僕らに聞いてくる。
僕たちはお互いの顔を見て、首を横に振った。
「いえ。それがまだ……」
「そりゃまずいぞ。近頃どうにも治安が悪くてな、宿も結構早い時間で閉めちまうんだよ」
「そうなんですか……」
「おう。道端で寝るって訳にもいかねーぞ。夜になるとな……厄介のが出る」
「厄介……?」
なんだろうか。
魔物が出るという話でも、なさそうだけど。
彼は苦虫をかみつぶしたような顔を見せる。
「『盗賊』だよ。『盗賊』つっても一人だけどよぉ。手ごわくてなぁ」
「兄貴はずっと、捕まえられなくて困ってるんだぜ!」
「自慢げに言うんじゃねーよ。ほれ、あそこの手配書」
ギュンターさんが、憎き相手を指さし、悔しそうにする。
指さした先にあったのはフードを被った人物の手配書。
特徴らしい特徴が描かれていない人相書きに、書きなぐるように「生け捕りのみ」の記載。
懸賞金は――
「いち、じゅう、ひゃく、せん……100万パール……!?」
思わず声に出して驚いてしまった。
それだけのお金があれば、ずっと馬車で旅をしてもなんら困ることはない。
町ごとで贅沢の限りを尽くしても一年は余裕で持つだろう。
「す、すごい金額ですね……」
「だろ。半年くらい前から、この町で暴れまわってて、領主様が躍起になっててよぉ。生きたまま捕まえりゃ――遊んで暮らせる金額だ」
ゴクリと生唾を飲み込む。
この盗賊を捕まえれば、巫女の旅がずっと楽になる。
「どうにもすばしっこいやつでよぉ。あと一歩ってところまで追い込んでも、するりと逃げ出しやがる」
ギュンターさんの話を聞くに、手ごわい相手のようだ。
だけど、シェンフーさんと一緒なら、きっとなんとかなるだろう。
こんないい話をみすみす逃すのはもったいない。
「あの――」
「その話。俺らも一枚『噛ま』せてくれねーかな」
僕が言うよりも先に、言葉を発した人物がいる。
振り返った先に居たのは――シェンフーさんだった。
「あんたは誰でぇ?」
「そこの二人の同行者さ」
「シェンフーさん、早かったですね」
「おう……わりいが上手くいかなかった。……あの野郎。俺の顔見るなり、屋敷に閉じこもって面会拒絶だとよ――」
「やっぱり、何か酷い事を企んでいたんでしょう? シェンフー」
「そうじゃねーって」
シェンフーさんは、自信があったようで少し落ち込んでいる様子だった。
僕らはあまり期待していなかったけど……
シェンフーさんも僕も空振り。
となると、まずますこのチャンスに賭ける必要性が高くなってきた。
「ニワトリ頭さんよ。どうだ、協力してみないか? こっちの報酬は4割――いや、3割、2割でも構わねえ」
「……でもそっちの兄ちゃんは『無翼級』――新米だって聞いたぜ?」
「新米か。まあ、その通りっちゃその通りだけどよ。俺らは巫女の旅をしてるもんでな。冒険者の『格』ってやつは二の次だ。護衛としての実力は保証するぜ?」
「巫女……このお嬢ちゃんが?」
ギュンターさんが腰を曲げ、まじまじとアズを見る。
顔を近づけられて、ちょっぴり驚いたアズだったが、巫女らしい凛とした態度を見せると――こくりと頷いた。
恐れることなく、まっすぐにギュンターさんの瞳を見据える……
その態度が気に入られたようで、ギュンターさんがふむと納得したように姿勢を正す。
「納得いかないなら、一戦交えてみてもいいぜ?」
「あ、兄貴。どうするんで?」
自信満々なシェンフーさんを見て、ギュンターさんは深く思案する。
彼が、口を開いたのはそれからしばらくしての事だった。
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