15.トラスの町
「見えてきました! あれがトラスの街ですね!」
「アズ、危ないよ。また落ちるよ」
荷車から顔を出し、前方を確認する彼女に注意すると、はしゃいでいた自分を恥じるように顔をひっこめた。
「そ、そうですね。ごめんなさいエリオット……」
しゅんとしているアズを見ると、なんだか自分が悪い事をしている気分になってくる。
木ばかりの代わり映えしない風景がずっと続いていたし、トラスの町を見るのは初めてなのだろう。
……仕方がないな。
僕は彼女の隣に移動し、手を差し出す。
「エリオット……?」
「手を出して。しっかり掴んでおくから」
「えっ」
彼女の顔がほんのり赤くなる。
恐る恐る差し出した手を、僕がにぎると、嬉しそうに強く握り返し――恥ずかしそうにする。
「町が見たいんでしょ? 落ちないように僕が支えておくよ。ただし、あんまり乗り出さない事」
「はいっ」
照れながらも、可愛らしい笑顔でまた、徐々に近くなるトラスの町を眺める。
そんな彼女の横顔を見ているだけで、自然と笑みがこぼれる。
とはいえ、僕はちょっとアズに甘すぎるのかもしれない。
視線の端で少しあきれた表情で僕を見るシェンフーさんが、そう思わせた。
● ● ●
トラスの町。
交易都市の中継地点として絶好の位置にあるこの町は、商業都市としても名高い。
多くの人と物が流れ着き――そして運ばれていく。
そのため、様々な国の特色が混じりあい、独自の文化を作り上げている。
乱雑に拡張されつづけた区画が立ち並ぶ、その不思議な景観は一種の観光地にもなっていた。
何度来ても、違う町のように感じる。
それがトラスだ。
アズにとってはそのすべてが物珍しいものでいっぱいなのだろう。
ベンスさんの馬車から降りると、すぐに周りを見渡し――目を輝かせていた。
「じいさん。世話になったな」
「いえいえ、お互い様ですよ」
シェンフーさんとベンスさんががっちりと握手をする。山での一件以来、なんだか親友のように仲が良くなっていた。
「おお、そうだ。巫女様、巫女様」
ベンスさんが思い出したように、荷車の中を漁る。
取り出してきたのは、少しばかりの食糧と薬――そしてお金が入った小袋だった。
「こ、こんな! ダメです、ベンスさん。受け取れません」
遠くから見ても分かるほど、アズは顔を青くして首を振った。
「気にせず、旅の足しにでもしてくだされ。わしはもう故郷の村に帰るだけですので」
「ダメです。このような……」
「昨日の美味しい晩餐のお返しだと思ってくだされ」
「で、ですが……荷物を台無しにしたのに、お金など受け取る訳にはいきません」
「それではせめて、食料と薬だけでも」
ベンスさんは問答無用という形で、アズにお返しの品を渡す。
アズは、僕とシェンフーさんの方を振り返り、どうすればいいのかと困り果てた顔で助けを求める。
「せっかくの厚意だ。ありがたく受け取るのも巫女の仕事だぞ」
「そうだね……ベンスさんの気持ちを無駄にするわけにもいかないし」
「……」
アズは僕らの説得に不服そうな顔をしているが、少し考えた後にベンスさんへ深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます、ベンスさん。お達者で。シルバーちゃんも元気でね」
「最後にいい土産話が出来ました。巫女様の旅の無事を祈っています」
ベンスさんは帽子を取ってお辞儀し返すと、シルバーも呼応するようにしていなないた。
● ● ●
ベンスさんの荷馬車が見えなくなるまで、見送り、僕らは次の計画を立てる事にする。
「さて……どうしましょうかシェンフーさん、アズ。今の状況だと……どこかのお店で腹ごしらえ――ともいかないですし」
「金も貰ってりゃ良かったのに」
「シェンフー!」
アズがしかりつけるように、声を荒げる。
「冗談だって。冗談」
シェンフーさんは珍しく焦りながら、アズをなだめるが、正直なところ僕もその意見に賛成だった。
今の所持金はあまりにも心もとない。
リオの町へと向かう馬車に乗る事はもちろん、一泊するお金すらない状態だ。
まずはお金を何とかしないと、せっかくトラスへと来たというのに野宿するはめになる。
ここで旅の疲れを癒す計画だったのに、それでは意味がない。
しかもここは、お世辞にも治安がいいとは言えない。
アズだけでもなんとか宿で休ませてあげる方法を考えないと……
すぐに思いつく案としては……
「うーん。ギルドで臨時の仕事でも受けて、お金作るしかないですかね……」
「お仕事ですか」
アズはちょっと興味があるという顔で僕を見る。
しかし、この案には重大な欠点が存在する。
それは僕が――冒険者としての格があまりにも低いという事だ。
ハウンド団で唯一、冒険者として階級をあげる事が出来ていなかった僕が受けれる仕事は――限られている。
依頼の中には、リオの町への荷馬車の護衛なども存在するだろうが……僕が名乗りをあげたところで、相手にされないだろう。
巫女であるアズの事を話せば、興味を持つ依頼者が出てくるかもしれない……
ううむ。
僕が頭をひねっていると、シェンフーさんが何かを思い出したように、手を叩く。
「いい案を思いついたぞ。エリオット」
「何かあるんですか?」
「おう。実はな、ここの領主にはちょいとした貸しがあるのを思い出した。うまくいけば大金が手に入るかもな」
なぜかすごく悪そうな笑顔を見せる。アズもその表情に違和感を覚えたらしく、心配そうに尋ねた。
「大丈夫なんですか? 脅迫まがいの事はダメですよ、シェンフー」
「安心しろって。そういうのじゃないから。とはいえ、空振りで終わる可能性もある。そっちはそっちでギルドで仕事でも探しておいてくれ」
「わ、わかりました」
「じゃあ、ちょっくら催促しに行ってくるわ。集合場所は……そうだな、ギルド前で待っててくれ」
そういうと、手を振ってスタスタと人混みの中へと消えてしまった。
僕らは顔を見合わせ、お互いに苦笑いをする。
「催促――って言ってましたが、本当に大丈夫なのでしょうか……」
「……信用して、いい結果が返ってくる事を願うしかないね」
トラブルはごめんだけど、今は何よりお金が欲しい。
こっちもこっちで、さっそく行動に移そう。
まだ陽は高いけど、もたもたしてると、本当に野宿することになる。
「僕らも、ギルドへ向かおう」
「はいっ」
人混みをかき分け、僕たちもギルドを探す事にする。
町の入り口に面した大通り。
行き交う商人や、旅人、冒険者。様々な人でごった返していて、とても歩きにくい。
はみ出すようにして露店が出ていたりするため、道が急に狭くなっており、人が密集し、肩がぶつかってしまう事がよくある。
それが当たり前になったせいか、町の人々は容赦なく身体をぶつけてきた。
ぶつけた後も、無関心で通り過ぎていくこの町のスタイルは、アズには少し厳しすぎるようだ。
「あうぅ。エリオット……」
避ける事もままならず、前から後ろから、横からとぶつけられアズはヨロヨロ。
自分から当たりにいく形でないと前に進めないため、僕との距離がどんどんと離れてしまう。
置いて行かれてしまうと涙目で僕に助けを求める。
「はい。しっかり握ってて」
アズの元へと戻り、手を握る。
この人混みだ。彼女とはぐれてしまったら、見つける事ができるか怪しい。
強く、しっかりと握ると、申し訳なさそうに眉をひそめる。
「ありがとう。エリオット」
「はぐれないようにね」
彼女の手を引いて、僕はもう一度人混みの中へと突入した。
人の海を掻き分けるようにして、僕は進む。
たしか中央の大きな広場に、ギルドがあったはず。
そこまで行けばぎゅうぎゅうな人混みもだいぶマシになる。
アズの歩幅に合わせてゆっくりと歩き続ける。
彼女は、はぐれまいと僕の背中にぴったりとくっつくようにして、後をついてくる。
時々、腕に柔らかいものが当たる。
ずっとこのまま、人混みの中を連れまわしていたい衝動にかられながらも、まっずぐギルドを目指した。
「すごい人の数ですね……」
「そうだね」
以前、来た時よりもさらに増えている気もする。
初めてトラスへ寄った時、僕も彼女のように驚いたものだ。
彼女の姿が、昔の自分を見ているようで、なんだか懐かしく感じる。
「この『商売通り』は露店とかも色々あって、不思議な食べ物とか服とか――たくさんあるからね。お店を見るためにいっぱい人が通るんだ」
初めて来たときに誰かに教わったウンチクを、そっくりそのまま披露する。
彼女は、はーと間の抜けた声で感心してくれた。
教えてくれた人には悪いけど、僕の手柄にさせてもらう。
「そのうち……ゆっくりと見てまりたいものですね……」
アズは人混みの先に何があるのか気になる様子で、呟いた。
アズと一緒に露店を見てまわるのは、とても楽しそうだ。きっといろんなものを見て、目を輝かせるだろう。
ころころと表情を変える可愛らしい彼女を、思わず想像する。
だけど。
今はそうしている場合でないのがとても残念だ。何よりお金がないので、本当に見るだけになってしまう。
そうこうしているうちに、人の数が減っていき――大きな広場へと出た。
円形に店が立ち並ぶ、街の中心地。その中でも一際、目立つ大きさの建物がある。
トラスギルド。
冒険者に町での仕事を仲介する組合。その大きな建物が、真っ正面にそびえ立つ。
「あれが、ギルドですか!?」
僕の前へと駆けだし、好奇心をおさえられない様子でアズが僕に聞く。
「うん、あそこがトラスギルドだよ」
「あそこで、冒険者としてお仕事を受けるんですねっ」
「そうだね……」
いい仕事があれば……だけど。
「エリオットも、村を襲う魔物を退治したり、ダンジョン奥深くに眠る秘宝を探したり……秘境にだけ咲く伝説の薬草を取りに行ったりしていたのですか?」
「えーと。まあ、そんなところ……」
「すごい……今度、ゆっくりと冒険した話を聞かせてくださいね! エリオット」
純粋な瞳を輝かせる彼女を見る事ができない……
確かに魔物退治みたいな仕事を受けた事は過去に何度かあった。でも僕は後ろでサポートしてただけだ。
しかし、それくらいで辺境の町であるエリスでは大きな依頼はまったくなく、平和だった。
ジェスターが上昇志向だったため、町の人や領主に気に入られるよう、護衛の仕事を多く受けていた。
町と町の往復ばかりで、彼女が期待するような大冒険は残念ながらしていない。
冒険者になった事しか知らないアズの、尊敬のまなざしが深く心に刺さる。
「と、とにかく中に入ろうか……」
「はい! 巫女の旅があるので、難しいですが……私も秘境での薬草収集などしてみたいです!」
「ははは……」
どんな仕事があるのだろうとワクワクしている彼女と共に、ギルドの門をくぐった。
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