8.前途多難な旅の始まり 後編

「ど、どうですか……」


 小芋を煮込んだシチューを口に運ぼうとする僕を、アズは食い入るように見つめる。


「そんなに見られると、食べづらいよ……」

「えあっ! ご、ごめんなさい!」


 彼女が手をばたつかせて顔を背けるが、しっかり目線は僕が持つスプーンから離していない。


 どうしても気になるようなので、さっさと食べてあげよう。


 パクリ。


「……おいしい」


 思わず口にしてしまった。

 ほんのり甘みがあって、食べやすいサイズに切られた小芋にもしっかり味がしみ込んでいる。

 下手な宿場町で出される朝食よりも、断然おいしい。


「ほんとですか!? ほんとですか!?」


 アズが瞳を輝かせて、前のめりに尋ねてきた。

 その迫力に少し気圧されながらも、もう一口くわえて答える。


「うん、おいしい。野営でこんなの初めて食べたかも」


 さらにアズが笑顔になる。満面の笑みでなぜかシェンフーさんの方を向く。


「聞きましたか!? エリオットがわたしの料理を美味しいと言ってくれました!!!」

「聞いてる聞いてる。俺にそれを伝えてどうする」


 シェンフーさんは興味なさげにシチューを飲み干していく。


「やった! わたし、料理だけは頑張って練習してきたんです!」

「はいはい」

「花嫁修業には欠かせませんからね。エリオットにも褒めてもらえて自信がつきました!」

「その前に巫女として、力をコントロールできるよう修行しような」

「あうう……」


 シェンフーさんが小皿のシチューを平らげる。

 アズは痛い所を突かれたという表情で、しょんぼりとしていた。


 領主館などでは巫女として、堂々とした態度を見せていた彼女だが、今はころころと表情を変え、愛嬌のある姿を見せる。

 太陽のような笑顔を見せたと思えば――少女がいじけるように眉をひそめたり。

 年頃の女の子らしい立ち振る舞いが、たぶん普段のアズ――アズリエルなのだろう。



「おかわりもありますよ、エリオット。今日はたくさん作ったので遠慮せずどうぞ」

「あ、ありがとう」


 僕がシチューを飲み干すと、すかさず彼女がおかわりをすすめてくる。

 よっぽど嬉しかったようで、ふやけたような笑顔でシチューを注いでくれる。


「食料あんまり残ってないんだから、無駄使いすんなよ」

「わ、わかっています! 今日はエリオットが旅に同行してくれた記念ですっ。ちょっとぐらい贅沢してもバチは当たりませんっ」


 アズにくぎを刺しながらも、ちゃっかり自分もおかわりしているシェンフーさん。

 僕はそれを見て、苦笑いを浮かべながら、アズからおかわりの入った小皿を受け取る。


 冒険者になった最初は、ジェスターともこんな風に食事してたっけ。

 ハウンド団に仲間が出来てからは、誰が言うでもなく、離れて一人で食べていたのを思い出した。

 こうやって、誰かと一緒に食事するのっていつが最後だったかな……



 何年ぶりかの――仲間と共に囲う食事を僕は楽しんだ。



 ●  ●  ●





 食事の後片付けも済ませ、荷物をまとめた僕たちは地図を広げて現在位置を確認する。

 朝一番でエリスの街を出発し、今はお日様が真上だ。

 時間としては、5,6時間は歩いてきただろうか。

 

 景色も、自然の山々が遠くに見えたり、森の入り口が見えたりと様変わりしてきた。

 土を踏み固めただけの街道もいくつかに別れて、果てしなく続いているように見える。


 


 僕の腕の横から、アズが広げた地図を覗き込む。

 シェンフーさんが、少し離れた場所から地図の裏側を恨めしそうに見ながらつぶやいた。


「地図の類がどうも苦手でね、助かる」


「いえ、ハウンド団でもこういう事は僕の役目でしたから」


 荷物の管理、地図の確認、その他もろもろ。

 戦闘で役に立たない僕にとっては重要な任務だった。

 その経験が巫女の旅に活きるというのであれば、苦労した甲斐もあったというもの。

 好き好んでやっていた訳ではないけれど、役に立てるのは嬉しいものだ。



「アズ、とりあえずは北へ向かって、リオの街に向かうんだよね」

「はい。『門』について詳しい、『守り巫女』がリオに居ると聞きました。手がかりになるようなお話が聞ければいいのですが……」


「で、あれば……まずはトラスの街に行かないとね」


 ここからリオまで行くのであれば、かなりの長旅になる。

 休憩なしに目指すのは、少し無理があるだろう。

 なので、中継地点として、ちょうどあいだに位置するトラスまで向かい――そこからリオへと向かうのが一番無難なルートになる。


 僕は口にしながら、エリスの街から次の街、トラスへのルートを確認する。


「街道をまっすぐ行って、山を越えればトラスの街です。なので進む方向は――」


「あっちですね!」



 アズがびしっと方角を指さす。




「……それは今来た方向……」

「あ、あれ?」


 アズがぎくりという顔をし、自信たっぷりに方向をさしていた指をふにゃふにゃと曲げる。

 指先を蠅のように動かし、方向を探る。

 そのまま、思いついたように方角を指さす。



「じゃ、じゃあ、こっちですね!」



 ビシリ。

 ――その方向は、先ほど野営をしていた方向だ。



「……そっちも違うよ……」



 僕の言葉で、あっと気づいた表情をして、アズは腕を引っ込めた。

 恥ずかしそうにもじもじしている。


 一度目は、単純に間違ったと言われても納得できる。

 しかし、二度目は今さっき歩いてきた方向だ。

 普通であれば間違いようがない。




 この感じ……




 もしやと思い、広げた地図を下げて向かい側にいるシェンフーさんを見る。


「本当に助かったよ。マジで」


 僕の表情から察して、シェンフーさんはにやりと笑う。

 その笑顔の裏側には、相当の苦労があったことを物語る――何かが――宿っていた。


 なるほど。


 どうやらアズは極度の方向音痴のようだ。

 彼女も僕に知られたことを感じ取り、恥ずかしそうに身体をくねらせる。



「よく二人で、ここまで来れましたね」



 嫌味ではなく本心から僕はそう思った。

 方向音痴の巫女様に、地図の見れない護衛。

 街道がある程度整備されているとはいえ、この辺は、似た景色が多く迷いやすい事でも有名だ。



「聞きたいかね? 道なき道を進む巫女殿の珍道中――山を抜け、森を突っ切り、ついた先がまた同じ景色という大冒険を――」

「ダメですっ。シェンフー! その話は巫女として、今後一切、口にする事を禁じます!」

「だそうだ。巫女殿から禁止令が出てしまった。今度こっそりするとしよう」

「シェンフー!」


 アズがあわあわと手を振り、僕に聞かれないよう必死にシェンフーさんを口止めしようとする。

 ほとんど内容が分かってしまっているんだけど、それはぐっと心の中にしまっておこう。

 また、兄妹喧嘩のようなやりとりを始める二人を眺めながら、とりあえず今後の計画を二人に提示していく事にする。



「とにかく、トラスの街までは結構、距離があります。歩くと一週間はかかる道のりですが、山を越える前に荷馬車でも見つけて乗せて貰えれば、三日ほどで到着できると思います」


 辺境の街であるエリスから馬車が出る事はまったくない。

 だが、この先で合流する街道からは、他の商業都市からトラスまで往復する荷馬車がよく通るのだ。

 これもハウンド団で護送の仕事をしてきた経験から学んだ事。


 実際に、何度か相乗りさせてもらった事もあるので、この計画はうまくいくはず。



「えっと……荷馬車……ですか……」



 話しだしたばかりだというのに、アズが困った顔をする。

 なんだか嫌な予感がしてきたぞ。


「何か問題ありそうなの……アズ」


 僕が尋ねると、一瞬目を伏せ、それから申し訳なさそうにアズは切り出した。


「実は……あまり手持ちがないのです……」

「え……?」


 嫌な汗が出てきた。


「手持ちが無いって……今どれくらいあるの……アズ」

「……その、ええと……7、8パール……?」

「正確には6パールだな」


 他人事のようにシェンフーさんが訂正する。

 いやいや……

 馬車に乗せてもらうなら100パールは無いと話にならない。

 というか6パールだと、宿に泊まる事はおろか、果物を一つ買うことすらできないほどの――はした金だ。

 なんでそんな小銭しか持っていないんだ……



 僕が持ってる全財産は78パール。

 彼女たちの分と合わせても80ちょっとにしかならない……



「……よく二人で、旅が出来ましたね……」


 今回は呆れと、ちょっぴりの嫌味がこもっている。

 それならそうと早く言って欲しかったからだ。

 ハウンド団のために身銭を削って装備を整えていたので、貧乏生活は余儀なくされていたが、

 懐事情を教えてくれていれば、すぐさまエリスの街を飛び出さず、使わない家財を売り払うなりしてお金を作ったというのに……




「安心しろ。アズリエルには食える野草、食えない野草。毒キノコの見分け方なんかも教えてあるから食うには困らん」

「毒キノコはまだ選別に失敗しますが、万が一、食べてしまっても『八咫烏』で治療できますので、大丈夫です!」


 ふんすとアズが謎の自信を見せる。

 その自信はどこから来るのだろう……

 というか、毒キノコ食べさせられるの?



 方向音痴な巫女様と、地図が見えない護衛。

 その上、旅をするための路銀も無いと来ている。

 それなのに、二人は何とかなるでしょう――という顔で僕を見つめている。




 巫女の旅だというのに、二人とも、行き当たりばったり過ぎる……




 これは――

 僕がしっかりしないと、まずい事になるかもしれない――僕、自身が。




「という訳だ。頼りにしてるぞ。巫女の騎士殿」


 僕の心を読み取ったかのように、立ち上がったシェンフーさんが、バシバシと僕の背中を叩き、意味ありげな笑みをこぼす。



「はぁ……」



 巫女の旅は大変だと覚悟していたが……なんだか別の意味で大変そうだ。


 この先で待ち受けるであろう数々の気苦労を思い描き、僕は深いため息をついた。

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