3.本当の力

「装着型……とは珍しいな!」


『人虎』が口笛混じりに、僕を見る。



 両手を見ると、すっぽりと籠手で覆われている。灰色のそれは、僕の身体にぴったりと張り付くようなフォルムをしていた。


「それがあなたにやどりし、『神獣』。ケルベロスです」


「これが僕の……『神獣』?」


 藍髪の巫女がこくりとうなずく。


「小さな頃に宿って以来、あなたの中にずっと眠っていたのです。その力を開放するには、巫女の力が必要でした……」


 なんだか、笑えてくる。

 15歳のあの日、神降ろしの儀で僕にだけ神獣がつかなかったのは、すでに僕の中に宿っていたからなのか……


「辛い思いをさせてきたかと……思います。ですが、今は厄災を屠る事が先決です。どうかお力をお貸しください」


 彼女が膝をつき、祈る様にして僕へとかしづく。誰かに頭を下げられるなんて初めての経験で、軽いパニック状態だ。

 第一、僕は――


「でも、僕は戦い方が――『神獣』の使い方が分からないんだ。」


 魔物と戦うために、剣技はそれなりに磨いていたが、剣を振らなくなって、ずいぶんと経つ。

 ずっと荷物番をしてきただけの僕が、大そうな鎧を着せられたからといっていきなり強くなれる訳じゃない。


「大丈夫です。今は、あなたの思うがままに身を動かしてください」

「思うがままって……」


 彼女は信じています。と、一言告げて微笑むと、人虎の元へと駆けていく。


 信じると言われても……


 僕は両手を呆然と見つめていることしかできなかった。



「お待たせしました!」


 巫女が人虎に声を掛ける。

 すぐさま彼女は空中に印を切り、祈りを捧げ始めた。

 彼女の身体が淡く光り、緩やかな風が三つ編みを巻き上げる。

 それに合わせて三つ足の鴉が、彼女の周りを螺旋を描き、飛びまわった。


「あの少年で、本当に大丈夫なんだろうな」

「はいっ」


 白い人虎はまだ信用しきれないと僕をちらりと見るが、巫女の疑念を感じさせない即答に、やれやれとため息を吐く。


「騎士様……ねえ。……それじゃあ、『厄災』払いとしゃれこむか!!」


 虎が咆哮を上げる。

 腕を前後に広げた、独特の構えで、迫る『厄災』アンドラスを迎えうった。



 僕はまだ、考えていた。


 このまま、逃げだしてもいいんじゃないかと。


 白い人虎は巨大な鳥頭が振るう大ナタを真っ向から弾き、あるいはいなしていく。

 実力は均衡している。

 そして、巫女が祈りながら力を溜めているのが見て取れる。

 人虎が、巫女のために時間を稼いでいるのは誰が見ても明らかだ。


 きっとあの二人だけで何とかできる。役立たずな僕が出る幕なんてない。

 そう思いながらも、僕の足は一歩――前へと進んでいた。


 それでいいのか?

 自問自答しながら一歩前へ。


 あの日、ジェスターの手を取り冒険者になったのは何故だ?


 幼き頃、冒険者を夢見たのは何故だ?


 役立たずと罵られながらも冒険者を続けたのは?



 僕は――



 僕は、笑顔を見せてくれる人のためにできる事をしたいだけだ。


 巫女の笑顔が――『あの子』の笑顔が脳裏に浮かぶ。


 笑顔を見せる『あの子』を、守ってやると約束したんだ。



 ――なら、やることは一つだろう。



 心の中で、もう一人の僕が呟いた。



 何ができるかは分からない。

 でも、彼女たちを助けるんだ。



 その意志を込めて、地面を力強く蹴る。


「あれ?」


 ――突然、景色がものすごい勢いで切り替わった。

 目の前には、どこまでも続く夜空が広がり、うっすらと輝く三日月が見えた。

 幻想的な月明りと眼下に広がる森林。


 生い茂った木々を悠々と越えるほど――僕はひと蹴りで跳躍していた。

 ケルベロスの力によって、僕の身体は驚くほど強化されていた。


「うわわわ――!!」


 あまりにも突然の出来事に、空中で態勢を崩して、僕は手をばたつかせる。

 高く飛んだ僕は、一瞬空中で静止すると、重力に引っ張られて落ちていく。

 このままでは、頭から地面に落ちてしまう!


 そう思って、真下に見える鳥頭に思わず手を向けた――その時だ。


 僕の右手――鎧の手甲から、灰色の鎖が音を立てて射出された。


 ジャララララと金属同士が擦れる音をさせながら、ものすごいスピードでアンドラスの首元へと伸びていく。


「ギョケッ!?」


 突然の出来事にアンドラスは、文字通り、鶏の首を絞めたような声をあげる。


 首をつり上げるようにして鎖をひっかけた僕は、もがくアンドラスに引っ張られる形で、魔物に急接近する。


 頭の中で、何かがささやくような気がした。


 そのささやきに従う様にして、独りでに身体が動いた。

 腰の鞘から、短めの西洋剣を力強く引き抜く。

 冒険者となった時から愛用しているショートソード。


 刃を下へと向け、両手でしっかりと柄を握る。


 落ちる身体の勢いそのままに――


 アンドラスの脳天にショートソードを突き刺した。



「キョアアアアアアアアッ!!」


 吹きあがる鮮血と共に、アンドラスが絶叫する。

 深々と突き刺さったショートソードだが、致命傷を与えるには長さが足らなかったようだ。

 半狂乱になり、僕を振り落とそうとして頭を振る。


 そうはさせるか。


 僕は右手をショートソードから放し、力強く引っ張った。


 右手の鎖が巻き取られて、アンドラスの首を絞めあげる。

 暴れ馬を乗りこなすように、鎖を握って耐え忍ぶ。


「ギョッ――」


 苦しみから逃れようとして、巨大な手で僕をつかみ取ろうとする。

 すっぽりと包み込むほどの巨大な手が僕へと肉薄。

 このままでは捕まってしまう――


「させねえよ!」


 だが、僕が掴まれるよりも早く、白い影が立ちふさがる。


 白い毛並みを逆立てた虎が仁王立ち。


 目にもとまらぬ速さで、迫るアンドラスの手へ掌底を撃ち込むと――鋭い衝撃と共にアンドラスの右手はあらぬ方向へと弾けて、折れた。


「トドメはまかせるぞ、少年!」


 アンドラスの肩から飛び降りながら、人虎が僕へと託す。

 僕はそれを受け取り、こくりと頷いた。


 何をすればいいのか。

 それは鎧がささやき、教えてくれる。


 右手で鎖の手綱をしっかりと握り、ショートソードから手を離す。


 左手を強く――強く握りしめる。

 この一撃に、すべての力を込めるようにして。


 揺れ動くアンドラスの頭上で、突き刺さった剣を視線で捉え続ける。


 そして、溜め込んだ力を開放するように――

 僕はショートソードの柄を左拳で力いっぱい殴りつけた。


 ガオンッ!


 狼の声が轟くような音。


 僕の『剣』はアンドラスの脳天を貫き――顎下から飛び出すと、地面へ突き刺さった。


 鮮血と共に一瞬、アンドラスの動きが止まる。

 と、鳥の目から光が消え、全身から力が抜けていく。


 そしてゆっくりと地面へと倒れこむと――どすんと大きな地響きと砂煙を上げ――動かなくなった。


 鎖が自動的に、僕の甲冑の中へと戻っていく。どうやらこの伸縮自在の鎖はケルベロスの一部のようだ。


 ……まるで夢を見ているようだった。


 巫女様がいうとおり、思うがままに行動したら、まるで自分じゃないように身体が動いた。


 その結果、『厄災』の魔物を倒しのだ。


 この僕が……


『役立たずのエリオット』と呼ばれた僕が、『厄災』と呼ばれる危険な魔物を。


 いともあっさりと……


 いまだに信じられないが、足元には現実として魔物の死体が横たわっている。


 これが、僕の『神獣』――ケルベロスの力なのか。


 ふと、目線をあげると巫女様が詠唱することを忘れて、ぽかんとこちらを見つめ呟いた。


「封魔の術……いりませんでしたね」


「だな。いやはや、とんでもねぇ騎士様だこと」


 人虎――ではなく、虎から人へと戻った男が感嘆の声を上げながら彼女の隣に立った。


「ぼ、僕がこれを倒したんですか?」


 思わず聞いてしまった。

 男性の方は、何を言っているんだという怪訝な顔で僕を見つめる。

 だけど、巫女様は混乱している僕をにっこりと見つめながら答えてくれた。


「ええ、そうですよ」

「本当に……僕が……」


 気が抜けたせいだろうか。僕を包んでいた甲冑が、まるで僕の中へと溶け込むようにして消えていく。

 それと共に、目の前がゆっくりとぼやけ始めた。


 ああ、やっぱり夢か。


 巫女様が、ふらつく僕を見て何かを言っていたが――



 それを聞き取る事はできず、僕の意識はぷっつりと途切れてしまった。








★  ★  ★


神獣『ケルベロス』 ―装着型―

冥府の門を守護する番犬と言われる神獣。

冥界から抜け出した亡者を捕らえ、食らうと言われる。

亡者とは『厄災』の魔物であるとし、人々を守護する魔犬という伝承も残っている。

鎧のように宿主の身体を覆い、身体強化、守護する能力を持つ。

両腕の籠手にはケルベロスの頭がデザインされており、そこから伸縮自在の鎖を伸ばす事が可能。

『門』を封ずる力を持つと言われ、潜在能力は未知数。

使いこなすことが出来れば、最強の一角と称される神獣。


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