休養中
私達は、宿敵たちに連敗を喫したあの日から3週間後、再びリベンジを挑んだ。
今回も玩具をダシにしてだ。
そして、その日から今日まで、ずっと私達は入院している。
ライバルたちとの激闘の末に、深手を負って病院に運ばれたというのであれば、少しは格好がつくのだが、それは違う。
取組では、前回と変わらずに怪我する暇さえなく、ライバルにコテンパンに瞬殺されてしまったのだ。うぐぐぐぐ~。思い出すだけでも腹立たしい。
病院にいる理由は、その後の反省会のために訪れた、百貨店内にある飲食店で食べた料理が原因で食中毒となったからだ。私達はお店から救急車で搬送された。
それ以後、ずっと治療が続いている。こんな時に親とは有り難いものだと思った。父は仕事の予定を無理に空けて、頻繁に見舞いにきてくれた。母は付きっ切りで私の病室に寝泊まりしてくれている。とても心強かった。しかしその後、病院内で予想もしないトラブルが発生し、母は強制的に帰宅させられた。数日後、ようやく一人で自由に動けるまでに回復した。
実は、私は2つの病気を患っている。
私は久々に病室から出ると、点滴を吊るした金具をガラガラと引きながら、病院内を散歩してみることにした。館内を歩いていると、見知った顔を見つけた。病室の内線電話を通じて、何度か連絡を取り合っていたが、実際に顔を合わせるのは数日振りとなる。なぜだか、妙な懐かしさを感じた。
「ごっちゃんでーしゅ」
「ごっちゃんでゴザイマス」
「おお、奇遇どすなあ。5人同時に鉢合わせるなんて」
「ワタクシ、ようやく今日、一人で病室から歩けるようになりましたのよ。大砲様たちも?」
点滴の最中の5人それぞれが、ばったりと出会い、再会の喜びを口にした。全員無事で、よかった。誰もが峠を乗り越えたのだ。これも、稽古で体を鍛えていたおかげかもしれない。
「私達、運命でも繋がり合っているのかもしれませんね。全員無事でなによりです。ところで唐突で申し訳ないのですが、うう……お腹が悲鳴を上げ始めてきました」
私のお腹がゴロゴロと雷を鳴らし始めた。まもなくどしゃ降りがやってきそうだ。お腹を手で押える私を、三羽黒が眉を八の字にして見つめてきた。
「ほ、本当ですか、大砲様? 実はワタクシも数十秒前から、お腹の調子がおかしくて、おトイレを探していたのです」
「これまた奇遇どすな。うちも同じどすよ」
「私もでしゅ。伝染でも……しているのでしゅかね……」
「こちらも同じく……危険が近いるのでゴザイマス」
………………。
運命で繋がれている私達は、いらないところも運命的に繋がっていた。
そして――我先にと、トイレに早足で向った。これはバトルロワイヤルのようなものだ。トイレの個室という限られた『資源』を巡る競争だ。出会いを喜び合った私達だったが、すぐに敵同士となる。
「あらあら、三羽黒様。病院の廊下は走ってはいけませんよ? はしたないですよ?」
「それは大砲様だって同じですわ。おほほほ。点滴を持ちながらでは歩き難いのではありません? ゆっくり歩かれたらいかがかしら」
「申しわけございませんが。今はそれどころではないのです。まさに、ハザードレベル、マックスなのですから」
私と三羽黒が肩をゴツンゴツンとぶつけ合ってヒートアップしている時、臼鴇が追い抜いていった。
「お先に失礼しまーしゅ。私もマックスなのでしゅよ」
「こら、臼鴇様! 抜け駆けはダメですわ!」
私は臼鴇の腕をぎゅっと掴む。
「は、離してくださいでしゅ。力づくは反対でしゅ」
そんな私達の横を、夜赤竜と南の富士が通り過ぎていった。
「申しわけないでゴザイマス。一分一秒を争う事態なのでゴザイマス」
「うちもどす。まもなく……土砂崩れが起きるどす。予報では……2分後の発生確率95%以上どすえ」
「お待ちなさい、お2人とも!」
「そうでしゅ! 抜け駆けはずるいでしゅ!」
三羽黒が、私を振り切り、ロケットダッシュする。
「土砂崩れはワタクシも同じですわ。もしもそれが現実のものとなったら、恥ずかしくてお嫁にいけません! もう二度と人前に姿を現わすことができませーん」
「待つでーしゅ」
「皆様、ここは公平にジャンケンですわって、話をお聞きなさーい! 待ちなさーい」
結局、私達は恥も外聞も捨ててトイレへとスタコラと全力で駆けた。
レースの行方だが、トイレにはちょうど5つの個室があり、全てが空室となっていたため、全員セーフだった。
私の入った斜め前の個室から、三羽黒の声が聞こえる。
「やはり、『アレ』の後遺症がまだ続いているのでしょうか?」
私は応えた。
「三羽黒様、『アレ』ですわね。すなわち、『ノロウイルス』ですよね。まさか2次災害に合うとは運が悪いです。いえ、運だけではなくずっと調子も悪いのです」
「しかし、それでも不運中の幸運でもあるどすよ。こちらの病院で入院している高齢の患者さんが2人、今朝ノロウイルスで死亡したという話も聞いたどす。前日には4人も。それに比べると、うちらも同様に病院内で感染して、峠を彷徨っていたというのに、まだ生きているなんて奇跡どす。相撲をやってて、良かったどす。きっと稽古で体を鍛えていたおかげどす」
「免疫力が高まっていたからかもしれないでゴザイマスね。以前の軟弱な私達では、死んでいたかもしれないのでゴザイマス。あ~。相撲をやっていてよかったのでゴザイマス。しかしながら、南の富士様のおっしゃられた通り、不運中の幸運ではありますが、総じてみると、やはり不運でゴザイマス」
「たしかにそうでしゅよ。ニュースでも大々的に報道されている『食中毒死事件』と『病院内大量ノロウイルス感染事件』に連続して巻き込まれるなんて、これは飛行機事故に遭うよりも高い確率でしゅよ。今、日本を最も騒がせているダブルの大事件の両方の被害者に、同時になるだなんて、まさにアンビリーバボーでしゅ」
「臼鴇様。それでもうちらは生きているどす。それだけでも、うちは嬉しいどす。また、相撲を続けられるどすから」
………………。
実は私達は全員、食中毒とノロウイルスに感染していた。現在、全員無事に生きていることは、本当に幸いなことである。食中毒でもノロウイルスでも、死者が出ているのだ。私達は、取組で大敗した反省会のために訪れた百貨店内の飲食店で食中毒になって病院に運ばれた患者らの一組であり、かつ、運ばれた病院で後日に流行したノロウイルスに感染した患者の一組でもある、という状況になっている。
「確かにその通りですね。私達はまだまだ相撲を続けられます。生きているだけマシです」
「あのクソガキたちをヒーヒーいわせるまでは、決してワタクシたちは死ぬわけにはいきません」
「そうでゴザイマス。このままでは死んでも死にきれないでゴザイマス」
もしかしたら、宿敵たちへの怨念が私達の生命力を高めていたのかな?
「しかし、皆様とこうして病院に入院しますと、一体感を感じますね」
「しかしながらワタクシは正直に言いますと、この一体感はあまり嬉しい一体感ではありません」
「なるほど。同意します……。ところで皆様、聞かれたくない『音』についてですが……誰一人、まだ発していないようではありませんか。南の富士様、予報は外れたのでしょうか。もう2分は経っていますわよ。ううぅ。我慢していたのですが、もうすぐ発してしまいます。限界が来てしまいます」
沈黙の後、臼鴇の声が聴こえた。
「じ、実は私もなのでしゅが……やはりここは……無礼講といたしませんか?」
「そうですわ。ワタクシたち、これから起きること、特に『音』は、聞かなかったことにしましょう。正直、脂汗がダラダラと流れておりますの」
「女の子は、ウ×コをしないと本気で思っておられる、男性の夢を崩してしまいそうどすが……。もう耐えられないどす。これはうちらが悪いわけではないのどす。全ては食中毒とノロウイルスのせいどす!」
なるほど。みんな我慢していたのか。私達はトイレの個室に急いで入るも、まだ誰も用を足してはいなかったのだ。これもお嬢様プライドゆえである。しかし、このまま何もしなかったのでは、苦しいだけだ。私も額から脂汗が、先程からドクドクと流れ落ちている。
「皆様、では……今は緊急事態ですので……平時ならいざしらずとも、折角急いでトイレに駆け込んでも、我慢し続けるだなんて馬鹿の極み。他の利用者の方々もそろそろこちらのトイレに訪れるかも知れません。恥も外聞も捨て、いっせーの、でいきましょう。宜しいですね?」
「分かりましたっ!」
「では、いっせいの……せいっ!」
ブッ……××××。
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「おお、みんなでやればモザイク音声になるのでしゅね! これは知らなかったでしゅ」
ブッ……×××。
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十分後。
私たちは晴れ晴れとした顔でトイレから出た。その後、話を聞いていたところ、どうやら私以外はそれぞれ個室部屋にうつったらしい。
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