稽古六十四日目

 私たちは宿敵たちと再開した。宿敵であると認定している『アイツラ』とは相撲教室に通っている小学生部門の子供たちだ。


 私達は、彼らの稽古場である『わんぱくお相撲クラブ』に殴り込みにいき、彼らの稽古が終わるまで、睨みつけながら待っていた。


 今、私たちは土俵の上で並んで腕を組みながら、目の前の彼らに言った。前回、私達を負かした5人の少年少女たちに。


「うふふふ。君たち、今回は私たちが勝たせてもらうわ」


「お姉ちゃんたち、ザッコいからなあ」


 それを聞いて、顔を真っ赤にした三羽黒が吼える。


「なっ、なんて生意気なクソガキなのでしょう。天誅をくだすのは年上の役目。つまりワタクシたちですわ。おほ、おほほほ」


「どうでもいいけど、早くしよーよ。僕たち、家に帰って早くアニメが見たいんだよね。あと、僕たちが勝った時の約束、忘れてないよね?」


 約束とは、再戦をするための交換条件として、一昨日のメールに書かれてあったものだ。


 彼らは、なんとこの私を財布代わりに使うことを意味する文言を送ってきた。『欲しいものが出てきたから、こないだ言ってたと~り、お姉ちゃんたちのリベンジを受けてあげてもいいよー。僕たちの専属財布のお姉ちゃんへ。欲しい物だけど、まずは~』と。


「ええ。ミ○四駆とやらの玩具。ガ○プラ。ポケ○ンカード。妖怪ウ○ッチのもろもろをしかと買って持って参りました。勝ったら全て差し上げましょう」


「やったー、ゲットだぜーい」


 もう手に入れた気でいるようだ。


 しかし、そうは問屋が卸さない。


「うふふふ。残念ですが、それはありませんわ。私たちは以前の私たちとは違うのです。あなたたちが負けたら、私があなたたちが欲しくてやまなかったこれらの玩具を、その目の前で踏みつけて壊してやりましょう。勿体無いことだし、メーカーや玩具には申し訳ないのですが、世の教育の為です。その時にようやく知るのです。大人の世界の厳しさというものを。世の中、思い通りにいかないということを」


「大人げねーな。というか、そんなことを言ってる時点で、お姉ちゃんたちも十分にガキじゃ~ん」


 臼鴇が一歩前に出た。


「生意気な口も今日まででしゅ!」


「そうどす! もう勝った気でいるなんてうちらを舐め過ぎどす」


 私たちと小学生(男女含む)がバチバチと火花を散らせた。


 取組はそれぞれ5人同士でぶつかり合いとなる団体戦だ。


 そして、取組が開始された。


 ……………………。


 5×5のリベンジマッチの取組は、一瞬で決着がついた。


 見事にボコボコのコテンパンにやられてしまった。


 夕日が眩しい。私たちはトボトボと歩いて帰宅していた。


「とほほ……。またもや小学生相手にやられて、バカにされてしまいましゅた」


 項垂れて涙をポトポトこぼしている臼鵬に、三羽黒が何かを渡そうとする。


 あれは……。


「泣いてはいけませんわ、臼鴇様。ハンカチです」


「あ、ありがとうございましゅ、三羽黒様。って、これ、ハンカチではなく、パンティでしゅよ?」


「ああ、驚かせて申し訳ありませんでした。でも、お気遣いなくお使いくださいませ」


 臼鴇は目をグルグルさせて混乱している。


「なんで、ポケットにパンティを? まさか、こっそりに一矢報いるために、小学生の……」


「おーほほほ。その通りです。今頃悔しがっていることでしょうね」


 三羽黒は口に手を当てて笑った。


「ワルどす。ワルどすよ! よくもそんなことをできるどすな。性犯罪者どすよ! でも、妙にスカッとするどす!」


「おほほほ。冗談ですわ。これはワタクシのです。ワタクシはパンティをハンカチ代わりに使っているのです。以前、東京から何日もかけて歩いて寮に戻ってきた時、ハンカチを持ってきておらずに、偶然購入しておりましたパンティーを汗拭きとして使っておりました。吸収性がいいのです。ワタクシ、もうハマっております」


 私は目を細めながら、三羽黒に言った。


「これまでずっと気づいておりませんでした。今日限り、それはやめた方がいいですねー、三羽黒様」


「そうでゴザイマスー。絶対に、勘違いされるのでゴザイマスよ」


 帰宅途中で焼鳥屋を横切る。私たちは匂いに引き寄せられるように足を止め、ふらふらと焼鳥屋に近寄る。どうやら、このような店は、みんな入店したことがないらしい。


 ガラガラ。扉を開ける。


「らっしゃーい」


 私たちは店員に、座敷席に案内された。夜の営業が始まったばかりのようで、まだ客は誰もいない。若いハチマキをしたお兄さんがオーダーを取りに来た。


「じゃあ……」


 とりあえずメニューにあるものを人数分、全て注文した。最近の私たちは胃が膨れたからか、大食いとなっている。とはいえ、きつい稽古をしているので、体重の増加はピタリと止まっている。


 オレンジジュースで乾杯した。これから反省会をするのだ。


「しかし、なぜでしょう。なぜ今日は負けたのでしょう」


「やはり、筋肉痛が敗因ではないでしゅか」


「というか、あのクソガキたち本当に小学生なのでしょうか。化け物ではないのですか、あれは。これほどレベルアップしたワタクシを軽々と投げ飛ばすなんて……空恐ろしくなりました。思い出しただけでも気が狂いそうなほど、悔しい気持ちですわ」


 ………………。


 しばらくして、注文した焼鳥が机に並べられた。パクパクと私たちは食べていく。


 美味しい。


「おお、これが焼鳥というものでゴザイマスか。これは、美味でゴザイマスね」


「あれ? あれれれ?」


 三羽黒が不思議がっているので、声をかけた。


「どうしたのですか?」


「か、噛み切れません」


 ああ、なるほど。


 彼女はシロを食べていたようだ。南の富士が食べ方を教える。


「それはある程度噛んでから飲み込むんどす。シロという内臓の部分どす」


 三羽黒がごっくんする。


「なるほど。ワタクシ、焼鳥は食べ物だと思っていましたが、飲み物でもあるのですね」


 いやいや、それは違うだろう。


 夜赤竜がそれに続いた。


「飲み物で思い出しましたが、実は私、カレーの一気飲みをしたことがあるのでゴザイマス」


 私達は驚きの顔で、夜赤龍に注目した。


 朝赤龍は、えっへん、と胸を張る。


「い、一気飲みっ? カレーをですか?」


「病院にすぐに行かれなかったのでしゅ? お腹は大丈夫でしゅたか?」


「大丈夫でゴザイマシた。カレーは飲み物と仰られた芸人さんがオラレマシた。その後、本当にカレーのジュースを販売するカフェも次々と現れたではゴザイマセンか。実をいうと、一気飲みしたのは、そのジュースの方だったのゴザイマス」


 私は溜め息を吐くように言った。


「夜赤龍様、驚かさないでください。本当にカレーを一気飲みされたのかと思いました。しかし、カレーのジュースとは斬新ですね。どのようなお味だったのでしょう?」


「鼻を摘まんで一気飲みしたので、覚えてはいないのでゴザイマス」


「ではなぜ、わざわざ注文するどすえっ!」


 ………………。


「まあ、いいではありませんか。そんなことよりも、本日の取組の敗因を分析をしましょう。失敗は発明の母。敗北は勝利の父です」


「ワタクシ、思うのです。もしかすると、技術が足りないのではないでしょうか。やはりちゃんとした指導者に教えてもらいたいですわね。どこかにいませんか? 昔、鬼コーチと呼ばれていたけれど、現在は仏のコーチと呼ばれているような、ぽっちゃり系の監督は」


「妙に具体的なリクエストですわね」


「そもそも、うちらは『投げ技』にて全てやられたどす。押し出されての負けはなかったはずどす」


 本日は私、臼鵬、夜赤龍は『すくい投げ』、三羽黒は『下手投げ』、南の富士は『上手出し投げ』という名前の決まり手でそれぞれ負けた。私達は投げ技の稽古をしていない。それゆえに、投げ技の対策も全くしていない、という状態である。


「そうでしゅね。投げ技……覚えていく必要がないでしゅかね?」


 私はかぶりを振った。


「いいえ。駄目です。投げ技を覚えてしまっては、取組の最中に、技に頼ってしまい、前に出ていかなくなるでしょう。とにかく、前に前にでていくことを念頭に置いて、やるしかないのです」


「大砲様の仰る通りでゴザイマスが、私達が投げ技を習得しなくても、その対処法ぐらいは、身につけてたほうがいいと思うでゴザイマス」


 うーん。


 一理ある。


「たしかに……そうですわね。少しばかり考えてみたいと思います」


「それにしても宿敵たちは、今頃は有頂天になっているでしゅよ。必ず彼らが中学生になる前には、私たちで倒してみせましゅよ! それを当面の目標にしてはどうでしゅか?」


 それでもいいのだけど、ちょっと目標が小さいと思う。小学生に勝つ為に、辛い稽古をしているわけではないからね。


「それでも構わないのですが、志が低いですわ。毎年夏に開催される、全国大会に出場し、そこで優勝をするくらいの目標をもちましょう。もちろん現在の私達のレベルでは、今夏の活躍は100%無理でしょうが、来夏までにはきっと、私達も強くなっているはず。志は高く持って、稽古に精進しましょう」


「そうどすな。うちら、現時点では弱いどすから。さあ、食べるのも稽古どす。ガンガン食べるどすよ!」


「おー!」


 落ち込んでいた先程と比べて、みんな元気が出てきたようだ。よかったよかった。私は店員に追加注文をした。いつの間にか、卓上の料理が、消滅していた。


「おじさま。そこのつるぴかハチマキのおじさま! 追加お願いします。追加、メニュー全品×10で、お願いします。それと、ものは相談ですが……」


 シロ、ハツ。


 私たちは、焼き上がった目の前の焼鳥をバクバクと食べる事に専念した。


 そして……。


 超大型ジョッキに入れたカレーが運ばれてきた。店の人に無理を言って、ルーだけをジョッキに入れてもらったのだ。壁紙に特別メニューとしてカレーも販売していると書かれており、私はこの挑戦に踏み切った。


「皆様、私が乾杯の音頭をとります、よろしいですか?」


「準備はばっちりでしゅ、大砲様」


「それでは、今後の皆様の精進と健康と躍進を願いまして、けんぱーい!」


「けんぱーい」


 私達は、ジョッキに入ったカレーをごくごくと一気飲みした。この日は色々な意味で、鮮明に記憶に残った一日だった。

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