稽古六十三日目
この日、4種類の稽古を終えた後、ぶつかり稽古を行った。
「えいや、でしゅっ!」
すてーん。
あれれ?
三羽黒がコロンと転んだ。
「ま、参りました。いやあ、お強い。さすがは臼鴇様」
「えへへへへ。そうでしゅか?」
臼鴇はまんざらではない様子で照れている。
しかし、私は彼女らに注意した。
「参ったではありません。強いとかも関係ありません! ぶつかり稽古で押してる側が受けている側に参ったをしてどうするのですか。昨日、燃えがっていたようでしたが、その熱が一日で冷めたのですか? ほら、三羽黒様は、あと3回も残っていますよ」
「か、数えておられましたか」
「はい。私はちゃんとカウントしております。さあ、本日のノルマ分を最後までやり遂げるのです!」
三羽黒が立ち上がった。
「はふう、大砲様。いつもに増して、いや……いつも通りにお厳しいですわぁ」
私を含めた全員がノルマ分の稽古を終えた。いつもなら、これで稽古は終了である。途端に、みんなの顔がリラックスモードになった。まだ外は明るいが、これからちゃんこ鍋タイムになるのだと思っているようだ。しかし、稽古はまだ終わりではない。
「皆様、お集まりください。臼鴇様、まだ盆栽はいじらないでください」
「しかしながら、盆栽は毎日いじらないと、いけないのでしゅ。なぜなら、生きているのでしゅから」
「でしたら、稽古後に行ってくださーい」
「えっ? いつもの稽古メニューは全て消化しましゅたよ?」
「本日はいつものメニューを、急いで行っていたことに気づいておられましたか? だからこんなに早い時間に終わったのです」
「そ、そうだったどすか。本日は慰安のために早めに稽古が終わらせて、ゆっくりしようと考えているのかと思っていたどす。大砲様にも仏の心があったと思っていたどす!」
「仏? それに関しては間違いありません。皆様を強くしたいという愛心、まさにそれを願ってやまない私は、皆様にとっての仏でしょう」
「うぅ……なぜか、仏なのに、背後には後光ではなく、どすぐろい暗黒オーラが視えるのは……気のせいどすか?」
失礼な南の富士だ。
私は手を叩いて皆を集めた。三羽黒には、雷電くんの小屋の横に置いてある段ボールを取りに行ってもらっている。
「本日からスペシャルなオリジナル稽古を始めたいと思います」
「スペシャルな稽古?」
三羽黒を除いた3人は不思議そうな顔をした。そんな中、三羽黒が稽古部屋に段ボールを運んできた。夜赤龍が、段ボールを興味深そうに見つめながら訊いた。
「そ、それはなんでゴザイマスか?」
「おほほほ。それは見てのお楽しみですわ。以前、ワタクシ、大砲様に頼まれておりましたの」
「実はですね、仏である私と三羽黒様から、皆様にプレゼントがあるのです」
三羽黒は段ボールの蓋をあけた。中に入っているのは、三羽黒の会社に特注で作ってもらった運動器具だ。三羽黒は、そのひとつを取り出した。
「じゃじゃーん。どうでしょうか? ワタクシの実家が作った特注品ですわよ。大砲様から頼まれていましたものが、ようやく完成しましたの。市販されておりませんのよ」
『強制ギブス』
3人は驚いたような表情で、三羽黒が取り出したソレを見つめた。
「な、なんでしゅか、それは!」
私は説明する。
「うふふふ。うふふふ。うふふのふ。気になりますよね。気になってもらって幸いです。では、お教えして差し上げましょう。これはですね、かの有名な星○徹という殿方が息子のために開発された、大リーグボールを投げれるようにする為のギブスそのものです。その殿方のアイデアを私がパクリまして、三羽黒様の会社の技術者様に無理言って、作っていただいたのです」
「えっーーー!」
強制ギブス。別名、拘束具。
夜赤竜は、目をぱちくりさせながら訊いた。
「これを……私たちに着れと、そうおっしゃるのでゴザイマスか?」
「その通りですわ。ご名答」
「正解したのに、ちっとも嬉しくないでゴザイマス! 漫画の中のものを実際に使ってみて、それがリアルでも機能するかどうかについての話は、全く別ものでゴザイマス。なぜならあれはフィクションだからでゴザイマス」
私と三羽黒は、3人にそれぞれの『強制ギブス』を装着させていく。寮の風呂に入った時、すでに寸法はさりげなく測り終えている。
「もちろん、私たちは大リーグボールを投げる必要はありません。しかし、大リーグツッパリぐらいは習得せねばいけません」
「ちょ、ちょっと待ってほしいどす。大リーグはアメリカの野球機構のことどすよ? 大リーグツッパリだなんて、そんなツッパリ聞いたことも見たこともないどす」
私は解説を進める。
「私たちはレジェンドになるのです! 大リーグツッパリとは、すなわち死角から襲う目に見えない突っ張り。もしくは、相手のツッパリにわざと合わせて、その手の平に、こちらからのツッパリをかますことです」
「大砲様、そのようなことを考えてワタクシにこれの用意を頼まれていたのですね。やめてください。想像したではありませんか。突っ張りに突っ張りをするって……うっぷぷっぷ」
「三羽黒様、笑いごとではないでしゅ。突っ張りに突っ張りをするというのは、すなわち軟弱な私たちの細腕では、ポキっと折れてしまう可能性もあるということでしゅ。大砲様、あなたはなんて恐ろしいことを考えられるのでしゅか!」
「まあ……そうした変態技を最終的には習得しなくとも、日々、私達はあらゆる方法で体を鍛える必要があるのです。さあ、つべこべいわずに、お着けくださいっ!」
私と三羽黒は、3人にそれぞれの強制ギブスを付け終える。そして、私は三羽黒にも同じものを装着させた。
装着した瞬間から誰もが、ポテリポテリと転んだ。イモムシのようにもがいており、起きられない様子だ。
「誰かああ、誰か助けてくださいでゴザイマス!」
「駄目でしゅ。こちらも全く動けないでしゅ」
「ワタクシも同じです。助けに行けませーんわ。なんという製品を作ってしまったのでしょうか。今更ながらに後悔し始めておりますわ」
「負荷が強いどす」
私も自分で強制ギブスを装着した。確かに恐ろしい程の負荷だ。予想を上回っていた。私もみんなと同じように、ポテリと転び、イモムシのごとくに地であがいた。
しかし――!
「皆様っ。気合で動くのです! 気合よ! 気合は地球を救う! うぎぎぎっぎぎぎぎぎぎぎ」
た、立った。なんとか立てた!
「そうですわ。大砲様のおっしゃる通りですわ。ワタクシたちの気合は地球を救うのです。勇気を与えるのです。やるならやらねば」
「うぎぎぎぎぎぎぎっぎい」
4人はこれまでの稽古で、そこそこの根性はついてきているようだ。
歯を食い縛って顔を真っ赤にしながらも、立ち上る。
私は、それを見て妙な感動を覚えた。
「皆様、やるではありませんか。では、校舎を散歩しますわ。うふふふ」
「ええ。それはとてもファンシィエンタテインメントでしゅね。大砲様、お付き合いするでしゅ」
「うぎぎぎっぎぎぎ」
みんな歯を食い縛って歩き始める。稽古部屋の外に出ると、雷電くんが不思議がって、私達の周りを飛び跳ねまわる。
目の前には校庭が見えた。
私は振り向いてい言った。
「これから校庭を、一周します。さあ、私に続いてきてください。摺り足で!」
私は腰を低くして、少しずつ摺り足で動いた。汗が大粒となって、額から流れ落ちる。
他の4人も同じ状況のようだ。
「ううぅ。限界を超える力を振り絞っているのに、まだ十メートルほどしか進んでおりませんわ」
「気合です。気合よ。気合で進むのでゴザイマスよー」
突然、なぜだかフルパワーを出した三羽黒が私たちを次々と追いぬいた後、前方でコテンと倒れた。
一体なんだ?
「皆様っ! ワタクシのことは構わずに、先に行ってください」
「駄目でしゅ!」
「そうどす。三羽黒様を一人置いて進むことはできないどす」
三羽黒は、イモムシのような状態でかぶりを振った。
「み、皆様! 本当にワタクシのことなど気にかけないで! 皆様のお荷物になりたくないの」
「勘違いしないでください。一人だけサボるなんて許さない、ということです」
「な、なんでワタクシの企みを分かったのでしょうか……」
三羽黒は舌打ちした。
サボる気だったようだ。そして三羽黒の演技力も素人以下だということが判明した。
その後、私達は時間をかけて、摺り足での校庭一周を成し遂げた。
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