稽古五十一日目2

 きっと、みんな根はドMなのだろう――いやいや、純粋に相撲が好きな心と強くなりたい向上心が高まっているに違いない。


 実際誰もが、レベルアップしているのだ。この1ヶ月で全員、腹筋を連続で60回も出来るようになるという奇跡を起こした。一般的な者からしたら、確かに60回連続の腹筋は、実際に本腰をいれると、それほど達成が不可能なものではない。これは、数週間前まで、1回も出来なかった彼女達がやれたからこその奇跡なのだ。


 本日の『4種類』をやり終えた夜赤竜が、ゼーハーゼーハーいいながら地べたに座った。


「もうクタクタでゴザイマス」


 黒羽黒も地べたに座り、手を挙げた。


「ワタクシ、疑問がございます」


「なんでしょう?」


「昨日は食事稽古でしたが。ここのところ毎日、筋トレとこの『4種類』の稽古だけではありませんか。このままでも、いいのでしょうか」


「というと?」


「実戦的な稽古を一度もしておりません」


 なるほど、黒羽黒は実践的な相撲稽古したいのか。


 それはいい兆候だと思った。


 しかし、まだその時ではない。


「急がば回れです。基本を極めた後は、何をするにも楽だというではありませんか。今は『4種類』を極めましょう」


「それはそうでしゅが……」


「はっきりというでゴザイマス。私たちは『4種類』に飽き飽きしてきたでゴザイマス」


「だからこそ、昨日は『4種類』をせずに食事稽古をしました。筋肉は毎日鍛えても逆効果となります。休ませる意味でも、そうしたのですが。では、今日もまたじっくりと、食事稽古をやりたいというのですか? 構いません。用意はできています」


「そ、それはご勘弁を」


 4人は顔を青ざめさせた。


 あれ? おかしいな。空腹なはずなのに、この反応はおかしい。


「……実はもう、材料は揃えてあります。下準備も終えてあります。あとは火にかけるだけ。うふふふ。皆様の昼間のお弁当も痛まないように冷蔵庫に入れてあります。お昼を抜いた分は、昨日よりも食べられますよね?」


 ぶるんぶるんと顔を左右に振る。


「あらら? お昼は抜いたはずですよね。あれ? 南の富士様、その口元にくっついているのは、なんでしょうか?」


「えっ」


 素早く、南の富士は口を拭った。


「……食べましたね?」


「い、いえ……」


 他の3人をじっと見つめる。妙に、視線をずらしてきた。


「な、何も知らないでーしゅ」


「でしたら、隠れて食べたのは南の富士様だけなのですね?」


「そ、そうなんじゃないでしゅか?」


「みなはん、ずるいどす。ずるいどす! みなはんも食べたどすのに!」


「南の富士様、それは内緒のはずですわ! ワタクシは、止めようといったのです。大砲様、信じてください」


「しかしながら、三羽黒様が一番ガツガツ食べていたでゴザイマス」


 ……………………。


「詳しくお聞かせてください」


「だ、だってお腹が減って死にそうだったどす。じいを呼んで、うちの系列のホテルから取り寄せたんどす」


 南の富士が涙目で白状した。


 そういえば、5時間目後の休憩時間、4人揃ってどこかに行き、6限目ギリギリになって、どたどたと廊下を早歩きして教室に戻ってきていた。おそらくその時だ。


「全く……。私は皆様に食事抜きを強要する権利はありません。少しばかりやり過ぎた感はありましたが、これも皆様を相撲で、各自がまともに同世代の選手たちと戦えるようにすることを考えての行動です。愛ゆえに、心を鬼にしたのだと分かってください」


「ごめんなさーい」


「まあ、今日のところはいいでしょう。さて、では、稽古を再開しましょう。『4種類』を再度行いましょう」


 各自、稽古に取り掛かった。


 そういえばもう『4種類』を始めて1ヶ月になる

 この日の稽古も終えて、食事稽古も終えた。胃袋が昨日よりも膨らんでいるらしく、今日はみんな、結構食べてくれた。


 私はいつものように洗い物を済ませて、みんなと一緒に寮に帰る。


 そして、一緒に風呂に入った。


「臼鴇様、腕が太くなられましたね」


「確かに、前に比べたら、かなり力がついた気がするでしゅ」


「ちょっと、握り拳を作ってみてくれませんか?」


「こうでしゅか?」


 腕にコブがぽっこりと出ていた。


「おお。すごいでゴザイマス。こないだよりもすごいでゴザイマス。よーし、私もやってみるでゴザイマス」


「夜赤竜様も中々やるどすな。1週間前と見違えたどすえ」


「おほほほ。ワタクシも筋肉、つきましたわよ。まあ、それもこれもこの地獄のような一ヶ月を『4種類』と共に乗り切ったおかげかもしれません。大砲様、感謝していますよ」


「いえいえ。実際に筋肉をつけられたのは、皆様が私についてきてくれたからです。『4種類』を始めた当初、すぐに弱音を吐くと思っていました。いま、謝罪いたします」


「一流のレディーたちは弱音を吐かないものどす」


「そうでしゅ。相撲をとって、勝てるまでは頑張るでしゅ」


 私は、のぼせたので、体を湯からあがらせた。裸同士の付き合いというのは、なぜか話が進む。腹を割って話しているからだろう。


 思い出といってはまだ早いが、私達は、今からちょうど一ヶ月前の出来事について話を始めた。


 この『4種類』という訓練法をスタートした日のことを。

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