稽古五十一日目
昼食の時間になると、私達5人は学園の食堂に集合した。食堂には、サロン『ローズガーデン』のメンバーのための特別席が設けられている。この席には一般の学生は座ってはいけないという習わしがある。ローズガーデンの先輩の方々は、歴代のメンバーがそうしてきたように、好きなオペラや詩集の話題で盛り上がっていた。一方、ローズガーデン1年組の私達は『稽古』の話題で話し合っている。
「不思議ですわ。ワタクシ、昨晩は飽きるくらいに鍋と白米を食べました……というか食べさせられたとも言いますか。しばらくは食事なんてしなくないと思っていたのに、お腹が減ってしまうと食欲が復活するものなのですわね。おほほほ」
「人間は罪な生き物どす。うちも食べることが嫌いになりかけたどすが、今はこれから食べる昼食が楽しみで仕方がないどす。『4種類』に比べたら、食事稽古はやっぱり楽どす」
私達ローズガーデンのメンバーは、一般学生が注文できない特別弁当を食堂にて注文できる。それぞれが先程注文したステーキ弁当などのそれらを机に置き、今まさに蓋を開けようとしていた。それを止めるように、私は言った。
「お待ちください」
「な、なんでしゅか? 大砲様」
「皆様。朝飯は食べましたか?」
「は……はいでしゅが……」「うちも食べたどす」「同じくでゴザイマス」「ワタクシも食べましたわ」
それぞれが自己申告をした。
それを聞いた私は、全員分の弁当を回収した。
「でしたら、これらの弁当は没収いたします」
「えっー!」
4人とも、目を点にしている。ローズガーデンの2年、3年の先輩お姉様方は、私達に不思議そうな目を向けてくる。
「なんででしゅ。なんででしゅ、返してほしいでしゅー。太るのが稽古じゃなかったのでしゅか? 私たち、早くこの食事稽古を終えてしまいたいから、一生懸命に太りたいのでしゅよ」
「食べたら太らない場合もあるのです。力士は1日に2回しか食事しないというのです。今食べると、放課後の訓練時に空腹になりませんよ?」
三羽黒が顔を左右に振りながらいった。
「ワタクシたちは、なぜ空腹にならなくてはいけないのでしょうか、この現代日本で」
私はひとさし指を立てた。
「空腹時に激しい稽古をするのです。食事稽古は昨晩のあれで終わりだといつ言いましたか? 今も続いています。『4種類』と同じぐらいにキツイといった理由はこういう点にも理由があります。空腹の状態で稽古した後に食べた物は、人体科学的な見地より、見事に脂肪になるらしいのです。筋肉を優先して付けたいのですが、やはり脂肪もつけたいっ」
「本当に脂肪がつくどす? それは何か根拠でも、あるのどすか?」
「はい。力士たちはですね。朝に練習をするのだと、前回東京の相撲部屋に行ったときに聞きましたよね?」
「ええ。あの優しそうな力士様はそうおっしゃられていたでゴザイマスね」
「私はあれから調べました。するとプロ力士たちもは朝、空腹な状態で稽古をするらしいのです。そうすることで、体は食べ物を欲します。その後に食事をした場合、食べた物が脂肪として蓄えられ易いそうなのです」
「なるほどー」
4人は頷いた。
「まあ、鍋と一緒に食べることになるので、結局はこれらの弁当も皆様のお腹に入るのでご心配なく。私は食べ物を粗末にすることが、何よりも大嫌いなのです。ちなみに本日の昼食はこれです。皆様は『4種類』に耐えてこられた方々。この『食事稽古』にも耐えられるはず」
「これは……」
私はガムを4人に渡した。
「弁当返してほしいでしゅー。横暴でしゅ。暴君でしゅっ! 部長だからって強引すぎでしゅ。プンスカプンスカ!」
「あらら。ご理解いただいたと思ったのですが」
臼鴇がガムを噛みながら、手を合わせて懇願してきた。
「本当にお願いしましゅ。食べないので、お願いしましゅ」
「ワタクシも自分でお弁当を管理していたいのです。食べませんので」
「私もデゴザイマス」
「右に同じくどすよ」
「……却下します。信じません」
私はそう言い放つ。どーせ、返したら食べる気だろう。
「えーそんなあぁ!」
「5時間程度です。我慢しなさい。強くなるためです。これは自制心と向き合う特訓にもなります。普通はこのようなことをしませんが、私達は格闘家。少々手荒くしてでも、温室暮らしだったあなたたちの性根を叩き直さなくてはなりません。そもそも『4種類』で筋肉と体重が比例係数的に上がっていたのにここ数日の伸びは平均的ですねぇ。壁を越えるには『食事稽古』を成功させれるか否かが鍵を握っているのでしょう」
「鬼ですわー。鬼がここにいますわー」
三羽黒の叫び声が食堂にこだました。今ではローズガーデンのお姉様方だけでなく、一般学生たちも、私達を注目していた。
放課後、私達はすぐに稽古部屋に向かった。そして筋肉トレーニングと『4種類』を始めた。何だかんだでみんな、それなりについてきている。アメとムチが必要というが、みんなムチだけでもついて来てくれる。1ヶ月前、脱落者がでる兆しはあったが、それも今はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます