稽古五十日目2

 力士は入門して間もない時期に、吐くほど食べさせられるそうだ。私たちは全員が痩せ体型だ。最近、異常な速度で筋肉がついてきているとはいえ、体重が運動部に所属する女子の一般平均よりもまだまだ低い。


 本日は放課後が終わった時点から、ずっと食べ続けること、それ自体が今回の稽古メニューである。


 三羽黒が手に口を当てて笑った。


「おほほほ。ご冗談がお好きですわね。食べることが苦しくハードな稽古だなんて。らくしょーですわ。むしろハードなのは、この1ヶ月続けてきた『4種類』のほうですわ」


「そうでしゅ。『4種類』に比べれば、食べることは楽しみでしゅ」


「『4種類』に比べれば、そうどすなー」


 私は無言で何度も頷いた。


「まあ、それはそれは。では、本当にらくしょーなのか、見せていただきます。皆様方は『4種類』にも耐えてこられた。今回のこの『食事稽古』にも是非、耐えてください」


 1時間後。


 三羽黒がお腹を押さえながら、ごろんと横になった。


「ああ、もうお腹いっぱいですわ」


 私は、そんな三羽黒の目の前に、ご飯を大盛りにいれた碗を差し出した。


 三羽黒の顔が青ざめる。


「うっぷ……」


「ほらほらほらほらほら。どうしましたか。うふふふ。うふふふ。一体、どうして私から逃げようとしているのでしょう。『4種類』と比較してこの訓練は、らくしょーではなかったのでしょうか。いくらでも食べれるのではなかったのでしょうか。さあ、お食べなさい。手が筋肉痛になったというのなら、私が無理矢理、胃の中にツッコんであげましょう」


「う、う、う、う……。鬼です。鬼がここにいます……や、やめてください! 無理矢理はやめてください! 少し休んだら自分で食べますからっ!」


 私が三羽黒に無理に食べさせようとしている様子を見て、残りの3人はぶるぶる震えている。


「私は力士の食事について調べてきました。痩せている力士を太らせるには、吐くまでひたすら食べ物を胃袋に詰め込むらしいのです。『食事稽古』が楽? いくらでも食べられる? 馬鹿なことをいうんじゃありませんっ! 苦労して食べるのです! 今後は、ご飯は最低五杯はおかわりしなさいー」


「ひぃー」


 みんなご飯、五杯おかわりして食べた。


 当然、私も食べた。かなり苦しい。集中を解いたら吐いてしまいそうだ。


「うぅぅ……腹が重たいでしゅ」


「では、仮眠をとりましょう。動物は食べた後は、大抵は寝るらしいのです。力士はさらに丸くなって寝るといいます」


 私たちは横になった。みんな、すぐに眠った。


 グーグー。


 スヤスヤ。


 私も《とある準備》を終えてからすぐに眠った。


 目覚まし時計が鳴る。私はその20分ほど前にはすでに起きていた。外はもう真っ暗だ。


「あ、起きましたね」


 三羽黒は目をこすりながら、窓の外をみた。


「おはようございます。あら、もう夜も更けていますね。そろそろ寮に戻りましょう」


「その前に、ちゃんこ鍋を食べるのです」


 私はお椀に大盛りのご飯をよそい、もう一つの椀に鍋を入れて、三羽黒の目の前に差し出した。


 三羽黒、目をグルグル回している。


「うぅ……。確かに『4種類』と同じぐらいに食事稽古は辛いですわー。美味しいけれど、辛いですわー」


 3人とも、目覚まし時計で目を覚ましていたが、私と三羽黒のやり取りを聞いており、寝たふりをしていた。


 私は彼女たちを叩き起こし、食事稽古を続けさせた。


「確かに美味しいでしゅ……美味しいでしゅが……なんでしゅか、この苦しい気持ちは……」


「ちなみに稽古をしないと、食べたものが筋肉にならず、ただの脂肪となります。ただのデブになるだけなのでご注意してください。この食事稽古は明日以降も私達の体重が一般平均を越えるまでは、いつもの稽古と平行して続けるつもりです。稽古時、つまり『4種類』の際には、しっかりと体を動かしてください」


「ふぁーい」


 この日、寮の風呂場にある体重計で測定したところ、全員1キロずつ増えていた。

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