稽古六日目3

 原宿は大勢の若者で溢れていた。私達は、街をひと通りまわってから、洒落た内装の店舗に入った。


「うわー、ここが原宿にある呉服店でゴザイマスか。はいからな服がたくさんあるのでゴザイマス。パンティも、カワイイのがたくさんあるでゴザイマス」


「小物も可愛いのがたくさんあるでしゅ。ここ、カードが使えるんでしゅよね。買い物するでしゅよー」


 皆、張り切っているようだ。ふと、三羽黒を見ると、店の者と話しているた。私は何を話しているのだろうかと、彼女のそばによる。


「店長様。この列の服をこちらからあちらまで、全て購入いたしますわ。おほほほ」


 店員は満面の笑みで頷いた。両手で、ごますりをしている。私は、すぐに止めに入った。


「ちょ、ちょっと待ってください。三羽黒様、そんなランダムな買い方をしていいのですか? 全然、商品を見ていないではありませんか」


「品定めのことですか? そのようなこと、購入後に寮でゆっくりすればよろしいのです」


「順序が逆ですぅぅぅ! 品定めとは、購入前にするものですぅぅぅ。それに、何着買う気ですか。ざっと見て、ご指定された洋服の数は60着ほどです!」


「あらあら。少ないと申されるのですか? 分かりましたわ。ワタクシにあるまじき行為でした。店長様。ではこの店の私のサイズに合います服を、全てを買い占めますわ。おほほほ」


「違いまーす。そういうことを言っているわけではありません。三羽黒様、あなたはおかしいです。余りにも頭がおかしいです。ざっと数百万……下手をすれば数千万になるかもしれない額を買い物を、そんな簡単にしてはいけません」


「ワタクシ、いつもこのような買い方をしてましてよ? むしろ、お母様に名家の娘として、恥じないようにと推奨されておりますの。おほほほ」


 なんというデタラメな教育だろうか。まさに私とは真逆な教育方針である。そんな高笑いをする三羽黒を睨みながら、南の富士がやってきた。


「三羽黒様、ここは大砲様が正しいどす。三羽黒様は間違っているっ」


 おお。南の富士が正しいことを口にした。


「うちも三羽黒様と同じような買い方を推奨されているどすが、三羽黒様が店内のすべての服を購入したら、うちらの買うべき服がなくなってしまうどす。まるで、食べ放題なことをいいことに、店内の食べ物を嵐の如く食べ尽くし、他の御客にとって迷惑になるフードファイターのごときどす。出入り禁止レベルどすよ」


「そ、そうですわね……ワタクシとしたことが……。申し訳ございません」


「分かっていただければいいどす。店長はん、うちはあそこにある列を全部、買い占めます」


 店長は破顔してごますりを早めた。


「って、南の富士様。あんたもかー!」


「大砲様、心配しないでほしいどす。大砲様の買い占める列はちゃんと残してあるどす。さあ、大砲様はどちらの列を買うどすえ?」


「この店に固執する必要はないでしょう。他にもたくさん店があるのですからね。あと、荷物になるので……買っても構いませんが、各々手で持てるだけの量にしてくださいね。筋トレとして、手で持って帰ります。郵送の一切は認めません」


「えっー!」


 後ろから臼鴇が、おそるおそる訊いてきた。


「小物も、持てるだけでしゅか?」


「当然です」


「マネキンを購入しては……いけないでゴザイマスか? 実によく出来たマネキンを見つけたのでゴザイマス。一昔前なら、スリムなマネキンが主流だったのですが、最近ではデブチンのマネキンやら、大根足のマネキンがたくさんあるのでゴザイマスね。興味深いのでゴザイマス」


「マネキンがほしいのでしたら、服屋で購入するのではなくマネキン屋で買いましょう。売り物ではないのですから! それに、こういった店でのマネキンは、マネキン専門会社からレンタルで借りている場合がほとんどなのです」


「なるほど。物知りでゴザイマスね」


 あーあ。こんなことなら、買い物に行きたいと言った時、全力で拒否しておけばよかった。女子の買い物は時間がかかるというが、タイムロスが大きい。私はため息をついた。


 結局、4人共、手で持てるギリギリまでの洋服や小物を購入した。ちなみに、夜赤竜は本当にマネキンを購入した。よく売ってくれたものだ、店長よ。


「皆様、私たちが上京しました目的を思い出してください。さあさあ買った服は、一旦、駅のコインロッカーに預けてください。フリータイムはこれで終了ですよ?」


「た、大砲様!」


「はい?」


 夜赤龍が涙目になって、私の手を握ってきた。な、なんだろう……?


「マネキンがロッカーに入らないのでゴザイマスっ!」


「……ではそこに置いおけばよろしいでしょう。誰も、マネキンなんて盗りませんから! そもそもマネキンってカテゴリーとしては『不要の長物』の扱いですから」


「ひどいでゴザイマス! ひどいでゴザイマス。不要の長物扱いした、マネキンに謝ってほしいのでゴザイマス」


 ………………。


「……ごめんなさい、マネキン様」


 とりあえず謝っておいた。


 続いて三羽黒がはっとした顔になって、私に迫ってきた。


「大砲様。ワタクシ、大変なことに気づいてしまいましたわ。相撲の稽古法を見学させてもらって、それを参考にしようと思ってやってきたのに、空をみてください。もうこーんなに、暗い」


「はい。ラーメンは私も賛同していたので仕方がありませんが、それ以降は、ずっと心配していました。時間は有限ですものね。空が暗くなっているのは、とっーーくに気付いていました。ようやく危機感を持ってもらえましたか?」


「ワタクシ、危機感で一杯ですわ。これから夕飯を済ませてから見学に行くとなると、一体、何時になるというのでしょう」


「……夕飯? そんなのこれから食べに行きませんよ?」


「ええー。そんなー」


 私たちは急いで両国に戻った。空は完全に真っ暗だ。タクシーから降りた私たちは、その場所から一番近くの相撲部屋を訪れた。今度は一軒家の、昔ながらの相撲部屋、といった雰囲気のところだった。


「ごっちゃんでーす」「ごっちゃんでーしゅ」「ごっちゃんでゴザイマス」「ごっちゃんどす」「ごっちゃんですわ」


 玄関でそれぞれが声を張り上げると、力士がドシドシとやってきた。


「はい。どちらさんで?」


 私はぺこりとお辞儀をした。


「女子相撲部の部員です。このような時間帯に訪れてしまい、大変申し訳ないのですが、邪魔にならないようにしていますので、どうか稽古を見学させてもらえないでしょうか?」


「うーん……稽古の見学ねえ」


 力士は顔をしかめた。あからさまに困っているようだ。臼鴇が質問する。


「あの……もしかして、こちらも今日は稽古がお休みなのでしゅか?」


「別に休みじゃないんだけれどさ、力士の稽古って、普通は午前中にするんだよ。多分、うちだけじゃなくて、どの部屋も同じじゃないのかな。今はもう、夜だし、もう寝るだけだよ……」


「ガーン」


 私たちはトボトボと東京の街を歩いた。


「無駄足になってしまいましたわね」


「でも、普段からどのような稽古をしているのか、あのお優しい力士様からメニュー内容を教えていただけて、よかったじゃないどすか」


「それもそうでゴザイマス。よし、明日からは、先程の力士様に教えていただいた稽古法を念入りに行うでゴザイマスよ、大砲様!」


「そうですね。では、皆様、覚悟しておいてください! あと、今日一日同行しまして、確信しました。ヌル湯に浸かりきっている皆様の性根を叩き直す必要性を。なので言ってました通りに、徒歩で帰宅します」


「え?」


「さぁーて。早く原宿のロッカーに預けた荷物を持って、帰路につきましょう。でなくては、学校に登校できませんもの」


「ほ、本気でしゅか?」


「おほほほ。大砲様、ご冗談がお好きですわ……冗談、なのですわよ……ね?」


 私は、にっこりと微笑んだ。実はすでに、今晩は寮に戻らないと報告する等の根回しは済んでいる。


 その後、私達は本当に徒歩で帰宅し、13日かかって、寮に戻ってきた。

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