稽古六日目2

 博物館では2時間も滞在した。


「楽しかったでゴザイマス」


「そうでしゅ。相撲の歴史についても、たくさん学べて、運がよかったでしゅ」


 私は腕時計を見ながらいった。


「しかし、ここで2時間も過ごしてしまいました。早めに聖地を拝み、お近くの相撲部屋へ見学に行きましょう」


「ですわね」


 しばらく歩くと、両国国技館が見えてきた。聖地とは両国国技館のことである。私達のあだ名の元になった横綱力士たちが、しのぎを削った場所だ。


 遠くから眺める。


「ここが両国国技館でしゅね。いつかここで私たちも相撲をとりたいでしゅ。大観衆をわかせたいでしゅ」


「でも、たしか両国国技館の土俵は女人禁制どすよ?」


 臼鴇は、驚いた顔で、南の富士を見た。


「な、なぜでしゅ?」


「宗教的な理由からどすな。相撲は日本ではスポーツというよりも縁起物として扱われているどす。つまり儀式どす。そこでは、女性は穢れた存在だとされていて、神聖な場所である土俵には上がれないらしいどす」


 南の富士はドヤ顔で説明したが、それ、昨晩寮のお風呂に入っている時に、私が彼女に教えてあげたことをそのまま言っただけである。


 隣の夜赤竜が、首を落とした。


「そうなのでゴザイマスね。ガッカリでゴザイマス。ガッカリでゴザイマス。相撲を始めたからには、両国国技館で相撲をとることに憧れていたでゴザイマス」


 私は項垂れる夜赤竜に、追加で説明をした。


「そういう風習もあって、日本ではなかなか女相撲が盛んにならなかったのです。今では女子相撲の世界大会が開かれるまでに人気となっておりますが、女相撲の人気は日本よりも海外のほうがむしろ高いのですよ。協会本部も海外にあるくらいです」


「ふむふむ」


「ただし相撲は日本のお家芸。私たちがいつの日か日本代表となって五輪に出場し、金メダルを勝ち取りましょう。悔しいことに、日本はまだメダルを獲ったことがないのですっ」


「五輪でしゅか? 私達でも出場できるでしゅか?」


「それは今後の頑張り次第ですね。さあ、もっと近くに見に行きましょうか」


 私は両国国技館に向かって歩き出すが、誰もついてこない。


「あれ? どうしたのでしょう?」


 三羽黒が不機嫌そうに言った。


「男尊女卑の伝統を継続している建物に近づいてたまるものですか! ワタクシ、気分を害しました」


「三羽黒様、伝統だから仕方がないのですよ……。男女平等が叫ばれたのは、平成からです」


「伝統は大事だと思いますしゅ。でも、男女差別反対でしゅ! 伝統を打ち壊すことこそが、伝統でしゅ!」


 そう臼鴇も続いた。


 ………………。


「……では、今回はここから眺めるだけにしましょうか。いつか、私達もあの晴れ舞台で相撲を取れるようになることを祈りまして! では、いよいよ本日のお目当ての力士様たちの稽古の見学にこれから……」


 グゥ……

 お腹が鳴った。


「お腹減りましたね……」


 私の呟きに、南の富士が頷いた。


「……そうどすな。見学は、お昼を済ませてからにしないどす?」


 ………………。


「そうですわね。では、何を食べましょう?」


「うちの系列店が、こないだ三ツ星を獲得したどす。ぜひ、来てもらいたいと以前からいわれていたどすから、そこに行かないどすえ? 普通なら予約して1年待ちどすが、うちが頼めば、きっと今からでも大丈夫どす」


 ほう。三ツ星か。私は、食べたことが一度も無い。興味がある。


 じゅるるる。


 そこに、三羽黒が割って入ってきた。


「おほほほ。南の富士様。何をとち狂ったことをおっしゃっているのです。せっかく東京にきたのに。これを見てくださいますか? 是非とも、三つ星より、これを食べねばなりません!」


 三羽黒はカバンから雑誌を取り出した。いつの間に、そんな雑誌を買っていたのだ、三羽黒。南の富士は、三羽黒の雑誌を見て目を輝かせた。


「おお! これはラーメンブックではないどすか」


「東京には行列の絶えない店があると聞いているでゴザイマス。南の富士様のおっしゃられた三つ星を獲得されたお店も興味があるのでゴザイマスが。激戦区・東京のラーメンの神髄とやら、みてみたいのでゴザイマス」


「ラーメンなんて家では食べることを許されていないでしゅ、食べるなら、この機会しかないでしゅ」


「それはワタクシもですわ。一度、ラーメンというものを食べてみたかったのです」


 皆でラーメンブックをじっと見つめた。


「ラーメン……私も初体験どす。一体、どんなものどすかな」


 ちなみに私は断然三ツ星レストランの方がいい。だって、南の富士の知り合いの店なので、タダメシが食べれそうだから。しかし、そんなことを言い出せるような雰囲気ではないことを察知して、私もラーメンが食べたいな、とラーメンに一票を入れた。結局、昼飯はラーメンに決定した。東京駅付近に『ちゃんこラーメン』なるものを出している有名店があるそうで、両国から東京駅まで徒歩にて向った。両駅は、それほど離れてはいない。


 しばらく歩くと、目当てのラーメン屋に到着する。私達の足も早まった。


「あったどす。並んでいるどすな。さぞかし美味しいに違いないどす。じゅるるるる」


「十人ぐらいでしょうか。さあ、私たちも並びましょう」


 私たちが列の最後尾に並ぼうとしたら、臼鴇が驚きの声をあげた。


「ちょ、ちょっと待つでしゅ。道路を挟んだ向かい側にも人が並んでいるでしゅ!」


「な、なんなのですか、これはっ!」


 そこには見たこともない長蛇の列があった。十人どころではない。六十人はいる。マンションの入り口を確保するため、行列と行列に間が出来ていただけだった。


 私たちは列の最後尾にまわった。経験したことのない長蛇の行列だ。苦労して並んで食べたラーメンは美味しかったが、一杯のために3時間半も並ぶとは想定外だった。


「美味だったどすなあ」


「ラーメンは音をたてながらすすって食べるものだったのでゴザイマスね。すするのは恥ずかしかったデスが、食べ比べてみて、味が全然違ったでゴザイマス。それにしても……」


「足が……行列で足がやられてしまいましゅた。これは明日、筋肉痛になるに違いないでしゅ」


「ですねー」


 みんな、道にペタンと座り込んだ。私は、そんな4人を目を細めながら睨んだ。


「公道で座ってはいけません。行列に並ぶだけでこの低落とは情けない。皆様の足腰は、コンニャクで出来ているのではございませんか?」


 そんな私の批判に、三羽黒がかぶりを振った。


「いいえ。この疲労は行列の長さのせいだけではありません。大砲様が、待っている時間が勿体無いとおっしゃられて、スクワットをワタクシたちに強要されたからです。ワタクシ、97回もいたしましたわ。足が釣りそうですわ」


「周囲の方々の視線も、大変にイタく感じたでゴザイマシタ」


 ………………。


「本当は、四股を踏みたかったのですが、皆様が全力でやめてくれと言ってきたので、私はスクワットで妥協したのです。文句は受け付けません」


「行列に並びながら四股なんてしていたら、怪しい集団として警察に通報されるでしゅ。いえ、その前に、疲労困憊で倒れて、病院送りになるでしゅ」


「……では、しばらく休んでいてかまいません。体力が回復したら、今回の目的の本丸、いざ相撲部屋へと見学に行くとしましょうか?」


 そう言ったところ、臼鴇が挙手した。なんだろう?


「はい、どうしましたか。臼鴇様?」


「あのお……。せっかくでしゅので、呉服屋に寄っていかないでしゅか? ここは都会でしゅので、良い生地の服が見つかるかもしれないでしゅ」


「はあ?」


 私はおもむろに面倒臭そうな表情を作って、顔を傾げた。しかし、他のメンバーは臼鴇の提案に追随した。


「賛成です。ワタクシ、だ~い賛成ですわ。大砲様、相撲部屋は逃げたりはしません。今、食べたばかりですので、集中力が散漫しています。食後は眠たくなりますでしょ? 見学中に眠ってしまったら、失礼になるのではありませんかしら?」


「……確かに、寝ちゃいけないですね」


「私、原宿というところに行ってみたいのでゴザイマス。中東にある自国でも『原宿』は有名でゴザイマシタ」


「こちらは東京駅の近くですので、原宿まで少しばかり距離が離れておりませんか?」


「大丈夫でしゅ。東京は大都市だけど、交通網が発達してるから、行ってすぐに戻って来れるでしゅ」


「そうと決まれば、タクシーをとめるどすえ。へーい、タクシー」


 南の富士がタクシーを停めた。みんなゾロゾロとタクシーの中に入っていく。なんて勝手な! 一人だけボッチになっても仕方がないので、私もタクシーに乗った。


 後部座席は4人詰めでギュウギュウだった。

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