稽古六日目

 早朝、寮の前で私達は集合した。目の前には、すでに臼鴇が用意したプライベートヘリが停まっている。


 乗り込むや、ブルルッルルンとプロペラがまわり、空へと飛ぶ。東京には数時間で着いた。


 さすがは《王》と呼ばれる親を持つお嬢様だ。自家用ヘリを持っているとは尋常ではない。


 空港で降りて、そこからリムジンで両国にやってきた。


「相撲といえば両国でしゅね。さあ、どこの相撲部屋に行きましゅか?」


「あれ、臼鴇様? 行先は任せてくれとおっしゃられていたので、私は関与しなかったのですが、両国に来られたのには理由があったのではございませんでしたか?」


 臼鴇は、頭を掻きながら言った。


「相撲といったら両国でしゅから両国にくれば、相撲部屋がたくさんあると思ったんでしゅ。でも見あたらないでしゅねー」


「定食屋ではないのですよ! ちゃんと調べてから来ましょうね。そのご様子では、アポイントメントも取っておられない様子ですし、今後、このようなことは任せられませんよ」


「ごっちゃんです」


 臼鴇、両手を合わせた。


「ごっちゃんです、ではありません! 全く仕方がありませんね。飛び込み見学を引き受けてもらえるかは不安ですが、相撲部屋は、ここからだと、どちらが一番近くなのか、私が調べてみましょう!」


 結局、私がスマートフォンで調べることになる。4人はスマートフォンを持っていない。執事と繋がる専用の携帯を持っているだけだ。


 数日前、私は三羽黒に訊いた。


「スマートフォンぐらい持てばよろしいのではございませんか? 調べごとをする際に便利ですが……」


「調べたいことがあれば、執事に電話して聞けばいいだけではありませんの? ワタクシ、大砲様のおっしゃられている意図が分かりません」


 三羽黒……真顔で言っている。


「い、いえ……自分で何かを調べたいとは思わないのですか?」


「手首が疲れますわ」


 私達の会話に、南の富士たちが加わってきた。


「そうどす。三羽黒様のおっしゃるとおりどすえ。一流のレディーはわざわざ自分で調べものをする必要がないのどす」


「強く、同意でしゅ」


「私も持っていないのでゴザイマス。持とうと思ったこともないのでゴザイマス。重そうでゴザイマスしね」


「ねー」


 みんな、共感し合っている。私の常識がおかしいのだろうか?

 いや、そんなはずはない。


「どれだけ、やわな手首をしているのですかっ! あなたたちは!」


 両国近辺で、相撲部屋を調べたところ、偶然にも近場にあった。


 私たちは、その相撲部屋を訪れることにした。


「では、タクシーを呼び止めましゅね。もしくは一旦返したリムジンを呼び戻したほうがいいでしゅか?」


「そうどすな。臼鴇様の会社のお作りになられた車はどれも乗り心地がいいどすえ。総車販売台数、昨年の世界ナンバーワンどすもんなー」


「では、ワタクシたち、臼鴇様の呼び戻されたリムジンが来るまで、こちらで待機しておりましょう」


 それを聞いた私の肌にブツブツが発生してきた。


「駄目です。歩くのです。たかが数百メートルでしょう? ガソリンが勿体無い。これ以上の無駄遣いを目の前でされましたら私、入院する羽目になるかもしれません。見てくださいこれを」


 私は腕をまくって、みんなに見せた。


 肌にはブツブツがある。それを見て4人は驚く。三羽黒が心配そうに言った。


「これは大変です。病院の手配をしなくては」


「しなくていいのです。実は私、病気持ちなんです。精神病とでもいいましょうか。遺伝病とでもいいましょうか……この際、打ち明けようと思います」


 4人が私に注目した。


「自家用ヘリでこちらに向かっている時にも兆候がでていました。なんという贅沢なことをしているのか。金のかかることをしているのか。このブツブツはそれらの罪悪感が引き金となって体のあちこちに噴き出てしまうものなのです。ああ……燃料費がいくらかかったとか電車で訪れた場合の差額など考えれば……気になってきました気になってきましたわ……あ、あああああ、あああああ頭がおかしくなりそうです。ああ、モッタイナイモッタイナイ。節約、節約をしなくてはあああ」


 私、持病を発動。


 頭を抱えて道路でごろんごろんとのたうちまわりながら「モッタイナイモッタイナイ」と連呼して悶絶している私を4人は、驚愕の目で見つめていた。


 数分後に、ようやく落ち着いた。


「も、申し訳ございません。これはこれは、お見苦しいところを見せてしまいました」


 臼鴇が優しく私の背中を揺すってきた。


「いいのでしゅいいのでしゅ。大砲様の持病は以前も見て知っておりましゅ。プールでのアレも持病だったのでしゅね。変だと思ってましゅたが、やっと理解できましゅた。ツブツブはおさまりましゅたか?」


 臼鴇、意外に頭のキレる子なのかと思った。スルドイ。肌を見ると、ツブツブは消えていた。


「ええ。何とか収まりました」


「申しわけないでしゅ。ヘリで移動するだけで持病を発動させてしまうなんて……」


 夜赤竜は微笑みながら言った。


「そんな病気があるのなら、もっと早くに打ち明けてもらえたら幸いでゴザイマシタ。でしたら、帰宅時はもっとお安い交通手段で帰宅しなければ、でゴザイマスね。ヘリではなくタクシーを使いまして寮まで……」


「だ、駄目ですわ。タクシーなんて贅沢すぎます。実は私、帰宅方法はすでに考えております。徒歩です。徒歩こそ最高のエコロジー」


 それを聞いた三羽黒が、目を大きく開ける。


「何百キロあると思ってるのですかーっ! おほほほ、大砲様は御冗談がお好きですわ。……冗談、なのですわよね? お、おほほほ」


 冗談か本気かどうかは、特に明言はしなかった。この場ではとりあえず、近場の相撲部屋までは徒歩で向かうことに決まった。


 私はスマートフォンを片手に、近隣の相撲部屋に向かう。到着したところ、予想と違った建物があった。なんと、マンションの1階に相撲部屋があったのだ。


「あれ? ここは、マンションどすが……」


「いえ、南の富士様。表札を見てください。確かに相撲部屋と書かれてあります」


「あっ、ホントどす」


「おそらくでゴザイマスが、マンションの家賃収入も画策しているのでゴザイマスね」


「角界も、色々なところで近代化・合理化がなされているのでしょう。さあ、入りましょう」


 私達はマンションの自動ドアをくぐり、中に入った。そこには、相撲部屋と表札に書かれた、一見、ごく普通のマンションのドアがあった。


 私達はお互いを見合わせながら、インターフォンを押す。すると……。


『はい。どなたさまでしょうか』


 とりあえず、私達はインターフォンの相手に、声をそろえて挨拶をすることにした。


「ごっちゃんでーす」


 ………………。


 返事がしばらくこなかった。


 しかし、すぐにドアが開けられた。目の前には私の何倍もの体重がありそうな力士がいる。力士はマスクをしていた。


「君たちは、一体?」


 私は説明した。


「アポイントなしで、突然お尋ねして申し訳ございません。私達は女子相撲部の部員です。稽古を見学させてはもらえないでしょうか」


 力士は困ったような顔をした。


「残念だけれど、うちの今日の稽古はお休みなんだよ」


「ええー」


「せ、折角来ましたのにー」


「結婚式があってね、みんなそこに行っちゃったんだ。僕は体調が悪くて行けなかったんだけどね。明日とかなら見学は大丈夫だよ」


「明日は学校なんですよぉぉぉ」


 結局、無理だった。


 マンションの外に出て、私達は今後のことについて、話し合うことにした。


「仕方がないですわ。他の相撲部屋が近場にないか、調べてみることにしましょう」


「そうどすな。相撲部屋は一ヵ所というわけではないどす」


 私はスマートフォンを取り出して、検索した。


 そんな中、夜赤竜が提案した。


「大砲様。折角、はるばる東京の両国にまでやって来たので、先ずは聖地に行ってみないでゴザイマスか?」


「聖地? もしかして、あそこのことですか?」


 すぐに聖地が何を示すのか分かった。


 みんなも賛成する。


 私たちは徒歩で両国駅に向った。その近くに聖地があるのだ。


 駅に到着すると、とある建物が隣接していることに気がついた。


「なんでしょう。この建物は?」


「どうやら相撲関係の博物館らしいでしゅね」


「ワタクシの好奇心が刺激されております。どうでしょう中へ入ってみませんか? 相撲の歴史を学ぶのも女子相撲部のたしなみですわ」


「それは、いいどすな」


「賛成でゴザイマス」


 4人は博物館に興味を示したようだ。勝手に入館する話になっている。私はかぶりを振った。


「私は反対ですわ。目的地が違いますから。って……ちょっとあなたたちっ!」


 みんな、ぞろぞろと博物館の中へと入っていった。仕方なく私もついていく。


 なお、入館料は唯一現金を持っている私の支払いとなった。


 彼女達は基本的にカードのみで、お金を持ち歩かないのだ。

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