稽古二日目3
なーんてことをしていたら、ちょうど休憩時間が終わっていたので、布巾で手を拭った後、稽古に戻ることにした。
「さぁ、練習を再開しましょうか?」
それから私たちは、再び流れるプール内で、逆走を行った。
そして6時間後、稽古を終えた私達はプールサイドでぐったりしていた。この稽古が実になったかといえば、怪しいところではあるが、かなりの疲労感を覚えた。しばらく休んでから、更衣室に戻る。私は水着を脱ぎながら言った。
「さーて、あとは帰るだけですね。どうでしたか、皆様?」
………………。
返事がない。
振り向いたところ、4人は驚いたよう私を見ていた。
「大砲様、一体、何を言ってるのでしゅか? 帰る?」
「あっ、いつの間に……!」
臼鴇は、すでに館内着に着替えていた。他の皆も館内着に着替えている最中だった。三羽黒はにこりと笑った。
「おほほほ。ワタクシたち、折角、健康ランドなる珍しき場所に来たのですから、のんびりしていきましょうよ」
「そうです。そうです!」
一丸となって私を説得してくる。おそらく、裏で話を合わせていたのだろう。
「あなたたち、私たちがここに来た目的は覚えていますか?」
「慰安の為」「ストレス解消の為」「健康になるため」
次々に口にする。
「全員違います。0点! 相撲に強くなるためです! 稽古をしに来たのです」
「ブーブー」
結局、多数決を行って、健康ランドに留まることになった。
私達はゲームコーナーの競馬レースで盛り上がり、カラオケルームでワイワイし、館内のレストランで夕食をとった。何気に楽しかった。
そして今、温泉に浸かっている。
「ごくらくごくらく。寮のお風呂よりも小さいどすが、このような大勢の皆様で入るお風呂も斬新どすな」
「斬新というか、これこそが《普通》なのですよ? 一体、どんな生き方をしてきたのでしょうか。先程はたこ焼きも知らないようでしたし……さあ。お風呂からあがったら、寮に戻りましょう。臼鴇様、乗り物のご用意をお願い出来ますか?」
「………………」
「あれれ? どうなされたのでしょうか、臼鴇様? ……皆様も押し黙って?」
「今日は宿泊するのはどうでゴザイマスカ? 私先程、営業時間を確認しましたが、深夜料金というものを払えば、宿泊ができるそうでゴザイマス」
「賛成でしゅ」
「いいどすなー。お泊り。運良く、明日は日曜日どすえ」
みんな、お泊りの要望を口に出す。
「ちょっと待ってください。あなたたちはカードしか持っていないので、ここの料金は払えないのでしょう。入館時は私の現ナマでお支払したのです。さっきのたこ焼きも私のおごりです! 更に、深夜料金まで私に払わせる気ですか?」
「おほほほ。いいではございませんか。全員分の深夜料金なんて、ワタクシの実家にいますペット猫の1食分以下の値段ですわ」
「そうでしゅ。安いでしゅ。安いでしゅ」
私はかぶりを振った。
「あなたたち……いいですか? お金は大事なものなのです。ここで一つ、クイズを出しましょう。お金を溜めるにはどうすればいいか? 例えばお金を水に例えるとしましょう。『水を飲むこと』を『お金を使うこと』とします。『お給料』を『水道から出る水』とします。さて今、コップの中に水道の蛇口から水滴が垂れています。そして、あなた方はコップの中の水を飲みたい。さて、いつ飲みますか?」
「水が飲みたいのでしたら、少しでも溜まった時点で飲めばいいではゴザイマセンか?」
「ブー、不正解。そんなことではお金は溜まりません。気が付けば、いつのまにか無くなっているもの――それがお金さまなのです」
「ワタクシ、分かりました。コップに並々と水が溜まって溢れそうになった時、上の方の水を啜ればいいのですわ」
「なるほど。つまりは、水をギリギリまで飲まない。溢れそうになるまで飲まない……というお考えですね。素晴らしい。いい線をいっています。お金を溜めるためには、お金に余裕が生まれた時、余裕の分だけ使う、と考え方ですね」
「ワタクシ、トンチがききますわ。おほほほ」
「しかし惜しい! 不正解です」
「違うのでしゅか?」
「これからクイズの答えを教えてあげます。お金を溜めるにはどうすればいいか? 私たちはコップに入った水を飲みたい。そしてそれを一体、いつ飲むか? コップの水が溢れそうになった状態でようやく啜って飲むのか……いいえ。違います。コップに溜まった水を、更に大きなコップの中にいれるのです。そして、大きなコップで再び水を溜めます」
「ちょ、ちょっと待ってほしいどす。でしたら……いつ水を飲むんどすえ?」
「飲みません。飲みたくなったらツバを飲んで我慢しましょう。お金を貯めるというのは、お金さまを使わなければ貯まるのです。そんな大事なお金さまを『深夜料金』の支払いに使うと? 最初からそうした予定であれば、構いませんが、私は予定外の支出には、反対の立場ですね。大反対です。皆様はお金というものを軽視し過ぎています」
「ぶーぶー。意地悪をおっしゃられるのなら、相撲部を退部するどす……」
「では、多数決で決めませんか?」
「賛成でしゅー」
目の前で、4人が一致団結する。そして再び、多数決により宿泊が決定した。
………………。
「分かりました。私のお願い聞いてもらって、女子相撲部に入部して頂いた経緯もあるので、今回だけは特別ですよ……」
こうして、健康ランドで宿泊することになる。
寝室エリアは施設の2階にあった。
「こ、これが寝室でゴザイマスか?」
夜赤竜がプルプルと震えている。
「殿方とご一緒に寝るだなんて……お嫁にいけなくなるでゴザイマス」
グガーグガー。
三羽黒のすぐ横では大きなイビキをかいている男がいた。女性限定のルームもあるが、満席となっていた。
「おっさんのイビキがうるさいですわ。イビキを止めてしまいましょう」
三羽黒は手を伸ばし、男の鼻をつまんだ。私は戦慄した。
「や、やめなさい!」
「なぜです?」
「身内ならばともかく、赤の他人にそれは、さすがにないです!」
三羽黒……おそろしい子だ。
なんだかんだで、各自、寝椅子を見つけて横になった。
「さあ、寝ましょうか……」
………………。
ん?
しばらくして、眠りかけたところで、南の富士が私の肩を揺さぶってきた。私は瞼を開けた。
「大砲様、これから映画を観に行かないどすか?」
「映画? 眠いのですが……」
たしか、この施設にはミニシアターがあった。
「実は、すごい怖いホラーが上映されるらしいのどす。さっき、施設利用者が話しているのを耳に入れたんどすえ。他の皆も起こそうとしたのですが、起きないんどす」
「うーん、いいですけどー」
私は南の富士とミニシアターに行き、映画を観ることにした。終わる頃には、深夜近くになっていた。映画は本当に怖く、南の富士は私の隣の席で石になっていた。寝室エリアに戻ると、まだカタカタ震えている。私は南の富士に訊いた。
「もしかしてホラー、苦手だったりしましたか?」
「苦手どす。でも……ホラーを観るのは私の趣味どす」
「そ、そうでしたか……」
よく分からないので私は眠ることにした。
「また、来ましょうね」
「うん。また来るどすえ」
私は目を閉じた。すぐに、眠気が襲ってくる。こうして稽古2日目が終了した。私達はスロースターターで行こうと思う。ゆっくりと自分たちのペースに合わせて稽古し、徐々に強くなっていけばいいのだ。毎年、夏の時期に女子相撲の全国大会がある。今年は無理だろうが、1年後の夏、その時、このメンバーで頂点に挑むのだ。私は、夢の中へと入っていった。
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