稽古初日2
本日、私たち5人は女子相撲部として初めての稽古を行った。とはいえ、部は立ち上がったばかりで、何をしたらいいのかが分からない。相撲経験者もいないので、基本的な筋肉トレーニングを行ってみた。
すると、恐ろしい事実が判明。なんと私以外、誰もが腹筋を1回さえ出来なかったのだ。腕立て伏せも5回が限界のようだ。さらに、スクワットは恥ずかしがって、誰もやろうとしない。ではランニングをしようと1キロほど走ろうとするも、終わる頃には、歩くよりも遅いスピードになっており、ハヒィーハヒィーと皆、心身ともに憔悴しきっている様子。せっかく女子相撲部を設立させ、学園の裏山にこの『稽古部屋』をわざわざ工事をしてまで建設させたのに、先が不安で仕方がない。
食事に関しては、本来なら寮に戻れば、三ツ星レストランから引き抜いてきたシェフによる寮食が食べられる。しかし、私たちはあえて自炊しようと、話し合って決めた。
同じ釜や鍋の飯を食べれば、それだけ力士っぽい感じがする、というのが、その理由だ。
今日一日、私は4人のお嬢様を観察していて、かなり癖のある人物たちばかりだという事を把握した。誰もが世界の各経済を牛耳る家柄の娘たちだ。色んな意味で常識から外れていた。
ところで、この5人の中でも家の資産総額でいえば、金融王の娘の私の家が飛びぬけている。しかし私は、一般常識というものを彼女達よりも持ち合わせていると自負している。
というのも私の父は、世界一の資産家であると同時に、世界一のドケチでもあるからだ。
実家にいた時、私は『見切り品』『半額』といったシールが貼られた食材で作られた料理ばかり食べていた。スーパーで半額になるまで待つのよ、と母に言われ、1名様1つの限定商品を買う為に、何度もレジを往復させられた経験もある。
幼い頃、父は私にこう教えてくれた。
「お金を貯めるにはどうしたらいいか、分かるかい?」
「うん。お仕事をたくさんしゅるのー。そしたらたくさんたまるのぉー」
確か、幼い私は元気に挙手して、そう答えたことを覚えている。
褒められることを期待していた。しかし、現実は違った。
「ちがーーーう」
父は、怒鳴った。幼い私は、ビクッと背筋を張った。
「お金を貯めるには、使わなければいいのだっ。お金は、人の命よりも大事なのだ。尊いのだよ! そんなお金さまを使うだなんて、自殺するにも等しい行為……いや、それ以上の悪行。お金とは、人に貸す。そして利子をつけて全力で取り戻すもの。それがお金だ。分かったかっ」
「は、はいっしゅー」
普段は優しい父だったが、お金のことになると、目の色が変わった。
そんな時の父を、私はとても怖い人だと思っていた。
こういう思い出もある。ある日、父は私に言った。
「お金さまは大事だ。愛娘であるおまえは、私の命よりも大事である。強盗がナイフを持って迫ってきたならば、私がこの身を盾にしておまえを守ってやる」
幼稚園の年長組にあがった私は、父を目を輝かせて見つめた。とても嬉しかった。だが、父はこのように話を続けた。
「しかしな、お金さまというものは、そんなおまえよりも断然大事! だから小学生にあがったら、おまえの学費は一切出さん。自分の学費は自分の力で働いて、稼げ」
小学生になった私は、学校にいる時以外、朝早く起き、夜遅くまで、本当に働かさせられた。その時、『義務教育』なるシステムについて少しでも知っていたなら、待遇は変わっていただろう。しかし無知な私は、知らなかった。『アフリカなどでは、みんな、お前ぐらいの年の子は学校にも行かずに、働いているのだぞ。子供を働かせない日本は異常なのだ。もっとグローバル化しなくてはならん』と言われ続け、学校に行けるだけ私は恵まれている方だと思わされていたのだ。
無知はそれだけで罪なことである。
幼いながらに大事なことを学んだ。
現在では社会的な一般常識や法律の知識を身につけて、私はそんなドケチな父に無理矢理この学園の学費を払わせている。そして、それなりの額の仕送りもさせている。
鍋を平らげると、私は水場で食器を洗った。その後、稽古部屋の消灯をして、みんなで寮に戻った。
この女子相撲部は、元々相撲ファンだった私が立ち上げた部だ。立ち上げるまでの経緯は、とても大変なものだった。部として認めてもらえるだけの頭数を揃えるため、手当たり次第に声をかけたが、女が相撲をとるなんて親が許してくれません、等の理由でやんわりと断られ続けた。お嬢様ばかりのこの学園で、相撲に興味を持っていそうな子は皆無だった。一方、現部員である4人には、当初声をかける予定はなかった。うちの学園には、特権階級のみが所属することを許されている『ローズガーデン』と呼ばれるサロンがある。サロンには家柄と財力が伴っている者のみが入会を許可され、学園生活を送るうえで、様々な特典がある。『ローズガーデン』のメンバーであることは、それ相応の権力を持つことを意味しており、廊下を歩いていると、すれ違う生徒だけではなく教師までも廊下の端に寄って、頭を下げてくるほどだ。
今年度にローズガーデンのメンバーになった私以外の4人のお嬢様方は誰もが相撲という競技については、全くの無知であった。サロンで出されたお茶を飲みながら、駄目元で入部を誘ってみたところ二つ返事でOKしてもらった。『いいですわ。《すもう》とはどのようなスポーツかは存じませんが、お誘いいただき光栄です』といった具合である。私はとても嬉しかった。そして、私に大きな夢ができた。5人で全国大会に出場するという夢だ。
私は、今後について考えた。腹筋を一回すら出来ない彼女たちの戦力は、予想を遥かに下回っている。彼女らに相応しい練習法を考えなくてはいけない。私が部長なのだから。そして力士として強くなるには、一体どうしたらいいのだろうかと。
この物語は、女子相撲人気の高まった世の中での、私達、最弱な女子相撲部が高みを目指す奮闘記である。
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