花咲くオトメのおんな相撲~金持ち令嬢たちが相撲に挑戦するそうです~

@mikamikamika

稽古初日

 室内に食欲を刺激する、いい匂いが漂っていた。今、私の周囲には、家柄もその資産も文句のつけようのない由緒正しき4人のお嬢様たちがいる。


 私の通っているこの高等学校は、お金持ちの娘が通う、いわゆるお嬢様学園である。そんなお嬢様学園に今年度、頭が一つも二つも飛び抜けた超絶な程に大金持ちな両親を持つ5人の女子が入学した。


 親はそれぞれ世間で金融王・建築王・鉄道王・石油王・畜産王と呼ばれていた。


 そんな親たちを持つ、少女たちは現在、通称『稽古部屋』にて自炊していた。


「記念すべき初日はワタクシが、鍋当番ですからね。頬を落とす準備をしていてください」


 私の前で、そう言って調理を進めているのが、建築王の娘である。


 いい匂いに引かれ、残りの3人も鍋に近寄ってきて、中を覗いた。


「こ、これは……」


 建築王の娘は、ニコリと笑いながら言った。


「具はフォアグラにキャビア。ミネラルウォーターは、南極の氷を溶かしたものを使用しましたわ。他にもフカヒレやツバメの巣。スッポンの肉や但馬牛も入れました。おほほほ。これ以上美味しい具材は考えられません」


「野菜は? 野菜が見当たりませんけど……」


 私は、彼女に訊いた。


「野菜もいれようかと思ったのですが、大砲様の仰られた通りにスーパーマーケットなる場所に購入しに行きましたところ、目を疑いました。一つ、たったの数百円で購入できる商品しか売られていませんでした。きっと毒でも入っているのですわ。安すぎますもの。くわばらくわばら」


「………………入ってないと思うわよ」


「万が一、入っていなくとも、そのようなものをこの鍋に入れるわけにはいきません。高級感がなくなってしまうではありませんか」


 ………………。


「まあ、いいでしょう」


 残りの3人は、鍋をじっと見つめて目を輝かせている。続いて私は、彼女たちに言った。


「火が通りましたね。まもなく完成でしょう。さあ、お食事といきましょう。私たち5人の門出を祝う、初ちゃんこ鍋です。皆様、食器のご用意を」


 それぞれが輪島地方の陶器やらを手に持ち、私に手渡してきた。それらを受け取ると、鍋の中身をよそってやった。


 基本的に彼女たちは、自分一人の力で何かをするということに慣れていないのだ。


 鍋の具材を入れた椀を、全員に行き渡らせると、みんなで合掌した。そして、食べてみた。


 うわー。


 私は、眉を寄せながら言った。


「あの……三羽黒様、味付けはなさらなかったのでしょうか?」


「味付け? なんでしょうか、それは」


 『三羽黒』というのは、たった今、鍋を調理していた建築王の娘のことである。


 どうやら、味付けは、していなかったようだ。


 それもそのはず。鍋に味がついていないのだ。


 三羽黒は、自身が作った鍋を食べながらしきりに首を傾げていた。


 鉄道王の娘『臼鴇』は下唇を噛んでから、言った。


「せっかくの高級食材が泣いているでしゅ!」


 続いて石油王の娘『夜赤龍』がハンカチで唇を拭きながらコメントした。


「美味しいけれど美味しくナイ……。いえ、美味しいのデスガ……なんだか表現し難い味でゴザイマスね。一つ一つの食材の力量は高いが、全く生かされてはいない……むしろマイナスになってオリマス。やはり味付けは、した方が良いと思うのでゴザイマス」


 夜赤龍は、中東出身者で肌が褐色だ。小学校4年生から日本で暮らしている。来日したのは、当時の本国の情勢がやや危なくなっていたからだそうな。日本語は堪能であるが、まだ訛りが残っている。


 最後に、畜産王の娘『南の富士』はお椀の中身を、全部を平らげた後に、コメントした。


「そうどすな……これ、完全に失敗どすよ」


 作った本人以外、誰もが辛口評価をしたようだ。


 高級食材をふんだんに使っていたわりには、それほど美味しくなかったのだ。味がぶつかり合って喧嘩していた、とでもいおうか。


 しかし作った本人は、まずいとは認めない。三羽黒は、お椀の中の具材を、口にかきこんだ。


「な、何をおっしゃってますの? このワタクシが、作ったのです。お、お、おお美味しくないはずが……ウプッ……」


 三羽黒は、口元を押さえた。胃からはいあがって来たものを、喉のところで押し戻そうと体内での格闘を始めているようだ。


 作った本人の基準によると、言葉には出さずとも、吐くほどの味だったのだろう。


 夜赤龍は、碗の上に箸を置いた。


「我慢せずに、美味しくないといったほうがよいのでゴザイマス。まだまだ味の修復はできるのでゴザイマス。料理経験者の大砲様に任せたほうがいいと思うのでゴザイマス」


 ちなみに『大砲』とは、私のあだ名のことである。私たちは、各々が選んだ歴代横綱の名前をもじり、それをあだ名にして呼び合っている。


 力はまだまだ非力であるが、名前だけでも縁起を担いで、強いものにしようという意図がある。いわゆる『見た目から入る』的なものだ。なので、当然だが、これらは本名ではない。


 ちなみに本日、鍋を作ったのは『三羽黒』……読み方は『みつはぐろ』という。現役時代に色々と問題のあった横綱を、そのあだ名の土台にしている。『他に、もっと結果を残した横綱がいるよ。いわくのある横綱より、もっと有名どころを、あだ名のベースにすればいいじゃないのかな』と勧めるも、彼女はあだ名の由縁とした横綱の生きざまを気に入っているらしい。


 『三羽黒』の他には『大砲』、『臼鴇』、『夜赤龍』、『南の富士』がいる。この5人が女子相撲部の全部員だ。


 南の富士は、腕を組みながら言った。


「しかし、よくこのような食材を揃える事ができたどすな。このような食材は、普通の小売店では手に入らないどすよ」


「おほほほ。全部、これを使ったのです」


 三羽黒は、そばに置いていた高級ブランドの鞄から、何かを取り出した。


「えっ!」


 三羽黒は、床に缶詰が並べていく。缶には、ツバメの巣やらフカヒレやらという文字が書かれている。


 それを見た夜赤龍が、呆れていた。


「鍋の具は缶詰だったのでゴザイマスね。これはこれで意外でゴザイマス」


 南の富士は、頷いて、言った。


「さすがにこれらものは、一般店では販売していないどすな。デパートなどの高級食材店で購入したどすかなあ」


 私は三羽黒を細目で見つめた。


「というか、三羽黒様……今日の鍋は、ただ缶詰を開けて、中身を入れて煮ただけだったのですね……私、びっくり仰天させられました」


 とりあえず私は、醤油や塩などを鍋に入れて、味を調えた。


 すると……。


「おお。これはワンダフォーな味になったでゴザイマス」


「そうでしゅ。醤油。日本の誇りでしゅねー。まさに魔法の調味料でしゅ」


 評判はよい感じだ。


 私たちは、鍋の中身をがつがつと平らげた。

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