第2話 花札めんこの実験記録


降り始めた雨がポツポツと音をたてる暗い倉庫の中で、男は実験の説明を痛覚テストの前まで読み終え、次に、まとめられた実験記録に手をのばした。

そこには、はじめの15日間の実験の様子が細かく記されていた。



たんたんと書かれていく実験の記録と薬漬けにされていく生後間もない赤ちゃんの姿は、まるで長い針がゆっくりと、資料を読んでいる男の腹につき刺さるような痛みを伴っていた。




痛覚テスト前までの、15日間による実験記録


被検体の監視、薬の投与、及び実験記録担当

             花札めんこ


実験の記録を書くにあたって、

はじめに実験がどのように経過するか予想をたてておこうと思う。


また、実験に使用する薬についても記しておこうと思う。


おそらく、実験はじめは被検体が泣きやまないことが多いだろう。


母親役の綾取茶壺はぬいぐるみとしか接することはなく、

また、食事や排便の処理をする綾取とんぼはその2つと緊急時を除いて被検体に関与しないことになっている。


そのため、被検体が泣いても放置の状態で実験が進み、被検体の行動を直接制御することはないからである。


しかし、被検体を泣きやませなければ、被検体が母親役の行動を認識せず、実験が滞る可能性がある。


この点については、母親役、綾取茶壺に任せるしかないだろう。



彼女が被検体の行動に合わせて完璧にぬいぐるみにアクションを起こせれば、被検体は

母親役が自分のためにぬいぐるみと接していると思わせることができる。

それが出来れば、ぬいぐるみをあやす行為は自分に向けてしているのだと勘違いし、

被検体を泣き止ますことも可能になるはずだ。


ただこれはすぐに出来ることではないため、薬の効果を考慮して見積もっても10日はかかると思われる。


次に、実験に使用する薬についての説明を記す。


この薬は、実験の進行を早めるのと、被検体が過度の精神異常になるリスクを下げる目的で被検体に投与されるものである。


私たちはこれまで、様々な方法を試しながらこの実験を行ってきた。そしてそれと同時に、政府に売る毒の開発も裏で進めてきた。


そのなかで、偶発的に実験に使えそうな毒を開発したため、今回それを薬として調整し、被検体に使用してみようと思う。


開発した毒はSbmといい、Sbmを投与された人間は脳が徐々に縮小し、脳の活動が低下していく。

それによって物事を論理的に考える能力が削られていき、最終的にその人間は考える行為をしなくなるというものである。



これを薬と見るならば、副作用として幻覚や脳の痛み、吐き気、少しの身体の形状の変化が患者に現れる。

このことをふまえると、これは毒として相手の知能を落とし行動を制限するという十分な効果を持っていた。


しかし、速効性がなく効果が出るまでに長い時間を要すため、毒として扱いづらいものであった。


ところがその特性は、この実験とはとても相性が良かった。

急激な変化をもたらさず、ゆっくりと効果をあらわすため、薬の投与の量を調節しやすく幼く壊れやすい被検体の脳を管理しやすいのだ。


副作用は被検体の脳だけでなく、身体へも害を及ぼしてしまうが、ある程度は許容範囲内として実験に影響はないと思われる。


私自身、この薬を初めて生まれたばかりの人間に使用するため、どのような変化があるのか楽しみなところではある。

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「ふざけんな!!いい加減にしろ!!!!」





低い怒鳴り声が、誰もいない倉庫のなかで深く響いた。

今まで男が必死に留めていた怒りが、声となって外に出たのだ。



これを読んでいる男は、子供の頃にシステムは違えど、同じ目的で実験の被検体にされたうちの1人だった。


そのため、何ともないように思えるこれまでの文章でも、この実験の恐ろしさを知っていてこれから何が起こるか想像出来る男にとっては、その全てが思い出したくない記憶の引き金であり男を不快にさせるものだった。


拷問を受けているかのような苦痛と、とてつもない怒りが男のなかで積もっていった。


そしてそれが、幼子を、大切な命をまるで実験道具の1つとしか考えていないような発言を目にしたことによって、男は我慢出来なくなり爆発したのだ。


そして男はその感情をすぐに抑えることができず、4、5回、喉を痛めるほど声を荒らげて叫んだ。



ハァ..ハァ..と息をきらして我に返った男は

全身に響く鼓動を生む心臓をおさえて

一旦心を沈めるため、

目をつむりながらヒュー...、ヒュー...、とゆっくり息を整えた。


そして、ひと通り落ち着いた男は、まだこびりついて落ちきらない怒りを感じながら、実験の資料を読むことを続けた。



私自身、この薬を初めて生まれたばかりの人間に使用するため、どのような変化があるのか楽しみなところではある


被検体が自分の存在の居場所が分からなくなることによる過度の精神異常のリスクを下げ、実験を速やかに進めるためにこれを毎日少量ずつ、朝晩の6時に被検体に投与する。


場合によっては他の薬も投与していかなくなると思うが、主に使用する薬はこのSbmだけだと言ってもいいだろう。


さて、これで実験の予想と薬の説明は終わりにして実験の記録へ移ろうと思う。




意識をぬいぐるみに移動させる実験の記録



実験1日目

被検体は泣くと寝るを繰り返し、母親役とぬいぐるみをまだ意識していないような状態にある。

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次回 加速する実験とその記録

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痛覚を失った少女 ヤト @yatoooooooo

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