痛覚を失った少女

ヤト

第1話 実験の詳細

暗く狭い倉庫の中で、1人の男性が唇を噛み締め、腸が煮えくり返りそうな感覚を覚えながらある1つの実験についての資料を読んでいた。



痛覚を移し替える実験について

    


筆記担当者 : 花市 もんめ

この実験に使う被検体の詳細を記す

:生年月日 20XX年 9月 18日

体重 3400g

身長 53cm

性別 女

生後8ヶ月と15日

日本子ども保護団体(jcp)のもとで運営している孤児院・カナリアから里親として引き取る。身体や精神に異常はなし。


実験の目的

細かくは別紙に記入し、ここでは概略を記す。


実験の目的は、簡単にいうと痛覚を持たない人間を作ることである。ただし、これでは少し語弊があるため付け加えるとすると、



被検体の痛覚を別の物体に徐々に移動させ、被検体そのものは痛みを感じない体にしようというのがこの実験の目的である。


今までの実験記録


成功 0

過度の精神異常により中止 15

過度の肉体の損傷により中止 7



1人は実験途中で脱走し、行方不明となっている。

ただ今回の実験では、自分と付き合いの長い花札めんこが被検体の監視係のため、その心配は無いと思われる。




実験の大まかな進行について


はじめは被検体の意識をぬいぐるみに移動させることを目標とする。


被検体が良い行動をしたらぬいぐるみがほめられる。


被検体が泣いたらぬいぐるみがあやされる。


このような状況をいくつもつくることによって、被検体に自分の本体はぬいぐるみであるという考えを定着させ、痛覚を移しやすくするのだ。


これは被検体が生後から9ヶ月たってしまうと成功率はぐんと下がってしまう。

理由としては、被検体が無意識に自分を確立してしまうからだと考えられる。


今日で被検体は生後8ヶ月と15日のため、あと15日しか猶予はなく、実験の成功には速やかな進行が必要となるだろう。


ここで、始めの15日間の実験の詳細を記そうと思う。


まず被検体とほぼ同じ大きさの熊のぬいぐるみを用意し、被検体の隣りに常に配置する。


母親役は食事の準備や読み聞かせ、被検体の行動に対しての叱り、食事が出来たことに対する褒める行為まで全てを『ぬいぐるみ』に行う。


つまり、母親役はぬいぐるみとしか接触せず、被検体に接することはない。


また、今回の実験はこの母親役がカギになる。


母親役は被検体の動きに合わせて、完璧なタイミングでぬいぐるみにアクションを起こす必要がある。


アクションのタイミングがズレてしまうと、そのズレにより、被検体は自分がぬいぐるみであると認識しずらくなってしまうからだ。


このため母親役には、被検体の行動を常に確認しながらぬいぐるみに接するように指示してある。


しかし、ここで1つの問題がある。


母親役が、目線を被検体とぬいぐるみの交互に動かしてしまうと、被検体に自分とぬいぐるみは別のものであると認識されかねない。それでは、実験が根本から崩れてしまう。


つまり、母親役は目線をぬいぐるみから外さずに被検体の状況を把握しなければならないのだ。


それも大きな行動から、指の細かい動き、小さな表情の変化まで。


だが、これは常人にとっては不可能に近いことである。


人は目線を前に向けたとき、その周りのほぼ明瞭に認識できる範囲が限られている。その範囲を有効視野という。


通常、ほとんどの人は有効視野が4度から20度であり、大体目の前のものしか認識出来ていない状態にある。


そのため、目線をぬいぐるみに向けながら被検体の行動を完全に把握することは不可能といっても過言ではない。


がしかし、幸いにもこの研究所ではそれが出来る人間がいる。


今回、母親役に任命した綾取 茶壺がそうである。


彼女は有効視野が驚くほど広く、ほぼ180度 認識できるという。これは、一般人の約9倍の広さに相当する。


これがどれだけ凄いのかというと、目線を前に向けながら、真横に書かれた文字を正確に読むことが出来るほどである。


(普通は、真横に出した指の本数さえも把握することは難しい。)



この有効視野の広さのおかげで

母親役の綾取 茶壺は目線を完全にぬいぐるみに向けながら、被検体の行動を1つも逃さずに把握することが出来るのである。




被検体の食事、排便について

食事は、母親役がぬいぐるみに与えるそぶりをするのに合わせて被検体に食事を与える。


排便は、常時ぬいぐるみにおむつをはかせており、それを母親役が取り替えるのと同時に

被検体の排便の処理を行う。


これらは母親役の綾取 茶壺の双子の妹、

綾取 とんぼが行うこととする。


綾取 とんぼは双子の特性を活かし、茶壺と息を合わせながらこれを行う。


そして、今回の実験の記録係は花札 めんこに任命することにした。


彼女とは実験当初から共に行動しているため、この実験のポイントを十分に理解しているであろう。


(花札 めんこ、という名前も、私の名前

花市 もんめ と「花」が最初に被ることも信頼出来る要因の1つなのかも知れないと、最近思うようになった。)


この15日間で、母親役がぬいぐるみをほめたときに被検体が喜ぶ反応を、100%で確認でき次第、痛覚のテストに移行する。


途中で精神異常などが見られた場合は、被検体の精神を調整しながら実験を続ける。



これで始めの15日間の実験の詳細は以上とする。


次回 花札 めんこの実験記録

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