第二章:幼なじみと同居してみた
第8話『夜中の照れワーク』
忍の一族の一番重要な役割は、事態を未然に防ぐこと。
そのために欠かせないのが諜報活動だ。
「忍法、
時代によってその方法は変わってきているが、
現代ではもっぱらその手段はネットで行われている。
俺の目の前には5つのディスプレイが並んでいる。
「池袋のゴロツキの素性が五条院家と関わりがないことは分かったが、登校時のスパナの一件は少し不可解なことがある。昨日の確認時点ではあの電柱の工事の許可申請はなかったはず。だからこそ、あのルートを使ったのだが……」
電柱や道路の工事は国土交通省や、
電力会社などの許認可が必要である。
当日のうちに突発的な工事が入るのは稀なこと。
何事にも例外は存在するし、
シズの"何か"を引きつける特性を考慮すれば、
まったく無いことではない、だが……。
「……電柱からスパナを落とした男の名は
他にも卒業校、交友関係、親族、反社会勢力との繋がり、
等々、一通りの情報を調べてみたが怪しいところは見当たらない。
「とりあえず一旦は判断保留だ。要監視人物リストに入れておこう。今後、偶然であれそうでなかろうが、再び接触を持った場合は最大警戒レベルで対処しよう」
5つ並んだディスプレイのうちの一つが点灯する。
シズとのビデオチャット用ディスプレイだ。
画面のなかには、シズのアバターが映っている。
シズの顔をベースにファンタジー世界のエルフの
外観を模したようなかわいいアバターである。
俺はといえば、俺の顔ベースにした冒険者のような外観だ。
いわゆる無課金アバターといわれるものである。
「おお、シズか。どうした?」
《こんばんわ、クロ。今日は楽しかったってお礼を言いたくなっちゃって》
「相変わらずシズは律儀だな、さすがお嬢様。俺もすげー楽しかったぜ」
《マッグのフライドポテト美味しかったね。また、行こうね》
「おう。そういやさ、俺達が二人で遊びに行くのって小学校の時依頼だったな」
《そうね。中学にあがった頃あたりから、ちょっと照れがあって一緒に遊んだりできなくなってたのよね……》
「そうだったな」
《わたし、ほんとうはね、ずっとクロと遊びに行きたいって思ってたんだ。でも、なかなか自分のほうからいいだす勇気がなくて、だから誘ってくれて嬉しかった》
中学になってからはシズの周りに多くの人間が取り囲むようになって、
俺は変に卑屈になって、声をかける勇気がなかったのだ。
五条院家と影山家の間柄とか、前例が無いとか、
言い訳を挙げれば切りがない。
だけど結局のところは、俺が心の底でビビっていただけだ。
「いや、もっと早くに誘えばよかったと思ってる」
《…………》
「恥ずかしいことだけど、中学に入ったときからシズが学園のアイドルみたいな感じになって、なんか俺とは違う別の世界の人になってしまった気がしたんだ。臆病でごめん」
《臆病なんかじゃないよ。クロが正直に心の内を話してくれて、なんか凄くほっとした。思えば、こうやって真面目な話をするのって、いままでしてこなかったもんね》
「そうだな。毎日一緒に登下校して、ながい間一緒にいながらも、どこかお互い遠慮しあっているところはあったな」
アバター越しのせいか特に変にひねらずに、
おたがい素のままの本音が出るのだ。
あまり意識していないつもりでも、
対面の時は無意識に感情を抑えているのかもしれない。
《不思議なものね》
「だな。今後は一緒に居るだけじゃなく、いろんなところに遊びに行こう」
《うん、……そうだね》
「シズは、俺と一緒に居るせいで学内で変な噂がついても大丈夫か?」
《そのときは、わたしたち恋人同志だってみんなにバラしちゃおうよ》
「…………」
《あら、どうしたの? クロのアバターが動いていないわよ》
おいおいおい……。
シズめ、しれっと今、爆弾発言したぞ。
思わず心臓止まるところだったぜ。
おれたちもう恋人だったのかよ?
えーっ?! だって、まだ手もつないでないんだぞ?
落ち着け――落ち着け。
男がここで取り乱すのは格好悪い。
さも、当然のような感じで振る舞おう。
「ああ……すまん、ちょっとした通信トラブルだ。いま回線が元に戻った。そうだな|、俺たち恋人同士だもんな。そろそろクラスの連中にもバラしてもいい頃かもな」
《うん。そうしたら、学校でもクロと、もっと一緒にいられるね。ふふっ》
「そうだな、……ふひっ」
《つきあってくれてありがとね! なんかほっとした。ただ、クロの声が聞きたかっただけなの。今日は、ほんと、楽しかった! また、一緒にデートしようねっ!》
「おう、またデートしようぜ。じゃ、おやすみ」
《おやすみなさい》
「……俺、知らないうちに恋人関係になっていたのか。なんというか、嬉しい気持ちが大きすぎて、逆に地の足が付かない感じだ……いやぁ、きっと明日の朝とか冷静になった時に、幸せが込み上げてきて、突如叫んだり、悶絶するタイプの嬉しさだ」
俺が喜びを噛み締めていると一通のメールが送られてくる。
送り元は、俺の親父からだ。
「親父からのメール。ああ……頼んでいた、例の動画ファイルか」
親父から送られてきた暗号ファイルを開く。
拘置所内の監視カメラの映像。
「刑務所の中は、外部ネットワークから物理的に隔絶されているから俺のハッキングではアクセスできないんだよな。まったく、親父もどんな方法で手に入れているのやら……忍を引退したといっても、まだまだ親父にはかなわないな」
画面の中のインジケーターが100%になり、
動画が自動的に立ち上がる。
「……馬鹿な。この拘置所の男……俺を刺した男じゃ、ない」
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