第20話 少年野球

少年野球 05・29・2011


寒い朝だった。外に出ると軽く風が吹いていた。見上げると明るいカリフォルニアの空があった。私はショートパンツにT-シャツ、帽子を被り散歩に出かけた。自分の家の近くを3,40分ほど歩く。決まりきった朝の散歩だ。 現在の60歳になるまで、ある程度の運動は続けて来たほうだが50歳を過ぎた辺りから怠け癖がつき、あれこれ言い訳を自分にして過去10年ほど、運動らしきことはしなかった。それは痔を悪くしていた事にも原因がある。サンフランシスコで痔の手術をしてよくなり、立ち仕事もできるようになると土曜日だけ日本語学校で教鞭をとることになった。その学校の終了式が先週あり、二ヶ月ほどの夏休みに入った。

空は青く、私は肩の痛みを覚えていたので柔軟体操のつもりで手をぐるぐると回しながら歩いた。

ここまで・・・自分の人生の事だが・・・と考えながら歩いている。別にこれといったことも無く相変わらず貧乏暇無しで働く割には金もたまらず、地位も名誉も無いごく平凡な毎日の積み重ねが私の一生なのだろうか。平凡な雑多な記憶が歩いている私の思考を動かしている。近くの家のまえで犬がグルルと吼えた。犬は柱に結わえてあった。いやかなり大きい角材が家の前に立てかけてあって、犬はそれに縛られていたのだが倒れ、犬が私のほうにかけてきた。噛まれるのかなと思いきや犬は私のそばを走り抜けながら、私の顔を一瞥し道向こうに駆け去った。犬の持ち主だろう、家から賭け出てきた男が犬の名前をいらだった大声で呼んだ。犬は首につながれていた紐を引きずりながら反対の歩道を走った。

噛まれなかったな・・・と私は思った。大したことではない、しかし噛まれたら大変だ。犬の歯型が私の手につき血が出て、そうだ、病院代は犬の飼主に交渉するしかない。 弁償もさせてやる、などと支離滅裂な発想を持った。現実でない事を想像して結論をだし、又次の空想に入っている。時々犬を連れた散歩人を見ると自分は歩道を離れて車道の端を歩いた。いつも歩いている道だ。少し早く歩いている。20分ほど歩くと木々の立ち並んだ一画(いっかく)まで来た。カラスが金網のフェンスの上に止まり、怒ったような声で鳴いていた。カラスは危ない、と思い又車道に出てカラスの前を避けた。カラスはガアガア低い雑多な大声でまるで喧嘩をしているような声を張り上げている。私を見ると少し位置を変えて再び鳴いた。 

学校の近くに来ると野球の試合をやっていた。サンホセ、ポニー・ベースボールと云う看板がバックネットに見える。一塁側と三塁側では各チームの親達が観戦していた。 フェンスの傍では大男がボールを手にして、自分の息子であろう子供に野球を教えている。太った女性や、カーンと響く金属バットがボールをはじく音、ストライク!という正式な服装をしたアンパイヤの声。 私はフェンス越にしばらく少年野球を観戦した。

「ストライクアウト!」バッターボックスの小さな子供にアンパイアが言った。

私の小学校時代の野球(ソフトボール)の思い出は、バッターボックスの私に「三振!バッター・アウト」という声だ。

(三振か・・・)ボールは、バットに当たらない。振っても振っても、空振りばかりだ。私の人生に似ていた。

「ストライク!バッター・アウト!」



了 2011年の作品を本日8月6日、2023年投稿

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