第16話 天国の家

天国の家

                  三崎伸太郎 11・27・2022


前方の家の前で大きなお尻が見えた。前かがみになって何かを拾っている。ナンシーだ。彼女は88歳。私と家内が散歩する道路にある一軒の家。

「ナンシーさん、お早うございます」私と家内は、声をかけた。

ナンシーは立ち上がって振りむくと「おはよう」ニコリと微笑んで言った。

「何か落し物でも」私は聞いてみた。会話を作る為だ。

彼女は再び微笑んで「小石を拾っていたのよ」と、言った。

「小石?」

「そうなの、ほらね」ナンシーが開いた手の中に、小さな丸い小石が座っている。

朝日を浴びて、キラキラ光った。

「小石ですか・・・」私は(なんだ)と、内心思いながらつぶやくように言った。

「大事な小石なのよ」ナンシーが付け加えた。

「鉢植えにお使いですか?」家内が聞いた。

ナンシーはしばらく自分の手の中にある小石を見つめたが「家を作っているの」と、言った。

「家を?」

「そうなの・・・見たい?」

私と家内はお互い目を合わせて、頷いていた。

ナンシーの家に入るのは初めてだ。彼女はあくまでもご近所の老婦人で、確か数年ほど前までは年老いたご主人も見かけた。温和そうな人物で、いつもガレージで何かを作っていた。

彼女は、私達を家に迎い入れると、リヴィング・ルームを通り抜けて奥に歩いた。

私達夫婦は恐縮して歩いた。単に朝の挨拶をする程度の知人だ。初めての家に入ると、あまり落ち着けない。しかも、相手はご老人だし、何かあると大変である。

一つの寝室のドアが開いていて、中にベットが見える。

ナンシーのご主人だろう。ベットの中で酸素チューブ(管)が彼の鼻に入っている。

それでも、相手は私達に気づいたのか、例の温厚そうな微笑を浮かべると右手を軽く持ち上げた。

「こんにちは」私達はありきたりの挨拶をした。

「この人達に、私達の家を見せてあげようと思ったの」ナンシーがご主人に言った。ご主人は、軽く頷くと手で部屋の片隅を示した。

小さなテーブルが置かれていて、その上に小さな家が置かれている。そして、周りには広い牧場があり、牛やヤギがいた。小さな石は、家の近くに置かれている。ナンシーは、今日拾った小石を置いた。

「どう?」彼女が聞いた。

私と家内は、見事なミニチュアの家に目を奪われた。

「どう? 気に入った?」ナンシーが再び聞いた。

「素晴らしいですねえ。住み心地がよさそうだ。それに、周囲の緑が良いですねえ。小鳥の声が聞こえてきそうです」と、私は感想を述べた。

「ありがとう。私と、主人が住む家なの」ナンシーが言った。

「でも、ここのお住まいは・・・」

家内の疑問にナンシーはベットのご主人の手をとると「天国に行ったときに住む家よ。私と主人は『天国の家』と、呼んでるのよ」と、言った。

家の外から、本物の鳥のさえずりが始まり、鳥は低く高く美しい鳴声を上げている。


終わり、07・17・2022、昨年に二行書いていた短編を、今日30分ほどで終わらせた。

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