第15話 おばけ その五 地獄の労働運動
三崎伸太郎 05・29・2022
「地獄とは」生前に悪いことをした人間が死後に連れて行かれる、怖い世界と私は習った。宗教や各国によって少しの違いはあるが共通しているのは、生前に悪いことをした人間に下される、罰である。大変な目にあう。地獄における罪の代償は、言葉で表せないような無慈悲なものらしい。たとえば針でチクチク刺されるよう程度の責苦は3,000年も続く。人間社会の虐めとか、罰則、拷問など、ちょろいものらしい。実際地獄から戻って来た人間は平安時代の「小野篁(おののたかむら)と言う文人しかいないらしいので、真実はわからない。グーグルで探してみると「地獄とは各の如し」と書いてあるサイトが溢れでた。すべて、地獄は怖いところだと書いてある。そして、地獄を「発明」したのはインド人のようだ。まったくいらんものを発明したものだ。お陰で罪深い私は死後、地獄めぐりをする羽目になるだろう。しかし、今は生きたまま「おばけの服」を着て友達のおばけ君を訪ねてきた。
ここはコンピューターの中のバーチャル空間ではない。大きな赤い門は、金属の大きな門でギギッとゆっくり音を立てて開いている。黒い金属の大きな鋲が扉に並んでいて、辺りには火炎が渦巻いていた。これは間違いなく現世の地獄絵図で見た「地獄」なのだろう。実は地獄に落ちる前にオンラインで少し勉強していた。世界には色々な地獄がある。しかし、私は日本人で仏教徒なので「仏教」の「地獄」に落ちた。
火炎が大きく飛び出てきた。それと同時に小人のような黒い影が飛んできて、私の前にかがんだ。猿のような人間だ。げっそりと痩せていて下腹部が丸く膨らんでいる。鬼と呼ばれている輩だ。
やつは、私を下方から斜めに見上げるようにして聞いた。
「おまえは?」
「ぼく?」
鬼はギロリと睨んだ。
「おまはんは、おばけでやんすね?」
「いや、これは友達にもらったユニホームです」
その時、背後から何者かがピョンと私の肩に飛び乗った。こいつは、私の目を両手でふさいで目隠しをした。
「何をするんだ。前が見えないじゃあないか」
「こやつは、おばけじゃねえよ・・・精気がある。未だ死んでいないし」
「あ、あたりまえですよ。僕は生きた正真正銘の人間。貧乏です」余計なことも付け加えた。
「貧乏人か」
鬼達はケタケタと笑った。私は少しむかついた。鬼にバカにされるいわれは無い。
「君達、貧乏の定義を知らないようだね」と、私は切り出した。
「定義?」相手はひるんだ。教養の無いやつは「定義」などという言葉に弱いのだ。
「そうだよ。貧乏には一つの定義があるのさ」私は怖さも忘れ、鬼たちを相手に優勢に出た。
しかし、相手は慣れていた。生前の悪行で地獄に落ちた数え切れないほどの亡者を拷問にかけている悪い輩なのである。多分、大学教授や政治家などもとっちめたに違いない。
「まあ、いいでごわす。では、精気を吸い取ることにすべし」と、他の鬼が言った。鬼の話し言葉には色々な方言が絡んでいる。これは、各地方の色々な死者を鬼達が懲らしめた証だ。
鬼が、ストローのようなモノを取り出した。
「な、何するの?」私は言葉短く聞いた。
「これで、精気を取り除くのでごわす」
「精気って、命の?」(性器)かとも思ったが地獄と言う状況から(精気)と判断できた。
「さよう」
鬼は、ストローのようなモノを注射のようにおばけの服に刺そうとしている。
私はおばけの服の中でとっさに持っていたウイスキーボンボンを取り出して備えた。
「そのようなことは止しましょう」私は、かって日本語学校で教えたことがあるので、とっさに教員用語で鬼を諭すように言った。
しかし、鬼はあくまでも鬼、悪い輩である。
私が、怖そうに震えていると奴らはさも楽しそうに私に迫ってきた。
小鬼が私の首を占めるようにして、他の鬼が「ウフフ」と、含み笑いをしながらストローのようなモノを私の服に突き刺した。咄嗟に私はウイスキーボンボンをストローのようなモノの先に突き刺した。
鬼はうふうふと言いながら、ストローから精気、いやウイスキーを飲んでいる。
奴は、ストローから口を離すと「パー」と息を噴出し、真っ赤になってくるくる回り始めた。
「?」首を絞めていた小鬼が再びストローを加えた。私は、他のボンボンを突き刺した。
こいつも「パー」と吐息を吐き出し、くるくると回り始めた。
「人間精気は、めちゃ旨い」「俺たちャ精気がめちゃ好きだ」などと、訳の分らないようなことを言っている。
と、ここで私は閃いた。若し、地獄で酒が製造できたなら、私は一躍大金持ちになるのではなかろうか。生前に悪行を犯した数多くの亡者が賄賂として持ってきた金銀財宝が山のようにあるに違いない。
鬼どもを酒でたぶらかし、もしかしたら地獄を支配できるかも知れぬ、などど考えていた。
「君達、鬼君」と私は鬼を呼んだ。
「なんでひょうか?」酒で楽しくなっている鬼は、ボンボンのウイスキーで酩酊している。
私は、新しいボンボンを取り出すと彼達に見せて「これ欲しくないかい?」と、低い声で聞いてみた。
「にゃんですかいの、それは」鬼が聞いた。
「君、これは人間の精気が凝縮されたものですよ。しかも、A宮家関係の人間です」
やはり、私の言葉に鬼達は乗ってきた。
「へへ、恐れ入りやした、旦那。わしにくだせい。長屋で家内が病気で寝ておりんす。そやから、その精気を吸わせると回復するでごわす」
「そうねえ・・・」私は少し考えた。そして、言った。「君達、お金と言う言葉分るかな?」
鬼は少し考えて「分りやす。人間がいつも持って地獄に落ちてくるものでやんす」
「そ、それそれ。円でもドルでも良いです。このボンボン、一個一億円で売ります」私は少し高いかなと思ったが長年貧乏生活が続いたので根性が曲がっていた。どうせ、一億なんかで買うバカな鬼はいないだろうとも思っていた。
「安い!」鬼が言った。
「エッ? 安い?」私は意外な言葉に戸惑った。
「そうでっせ。カネならいくらでもありまっさ。一個、十億で買いますです」と、鬼は続けた。
「まさか・・・」と、私は疑った。
「・・・」鬼は、私を見ながら「鬼に二言はありまへんです。疑ってますね。ほなら、家に来てくらはい」と云う。
「え、この門の中に?」
「いや、わしらは、外です。こんなかは、仕事場ですさかい」
「そりゃあ、そうだよね。火が燃えているので、暑くてすめないよねえ」私は鬼に同情した。
それで、薄暗い闇の中で鬼達の後について地獄の門から続く高い塀に沿ってしばらく歩くと、確かに、家々らしきものが見えてきた。
「あそこでやす」鬼が指で示した。
「へ・・・」私は拍子抜けしたように答えた。長屋風の建物が薄暗い中に浮かんで見える。テレビの時代劇等に出てくる裏長屋のように見える。これでは、金などあるはずが無い。私は、内心がっかりした。
鬼の家は狭かった。玄関には棍棒とかムチ等が立てかけてある。
この様な物で地獄に落ちた人間を拷問するのだろうと考えていると「ご先祖のものですう。現代では、使いまへんです」と、鬼が言った。鬼は、小さな戸を開けた。中に入ると、小さな土間になっている。
「帰った」鬼が奥のふすまの向こうに声をかけた。
「お、か、えり、なさい」と、弱々しい声が聞こえてきた。
「家内は病気ですう」と、鬼が言った。
「そう、気の毒だね。奥さんはどこが悪いの?」
「それが、分りまへん・・・突然と弱りこみまして・・・今、明かりつけます」と、鬼は紙のような束を持ってきた。良く見ると、お金だ。
「お、鬼君。それ、お金だよ」
「はいな、いくらでもあります。わてら、これで飯炊きますよって」
「鬼君、何て事をするんだ。そのお金があると、病気の奥さんの治療費が払えます」
「これがでっか?」と、鬼は言いながら札束を炉に入れて火をつけた。
「ああ、もったいない・・・」
「一杯ありますよって・・・」鬼が手で示したところに札束が山のようにつまれているのが見えた。
私は、ゴクリとつばを飲んだ。
「好きなだけ取って下さいな。それで、宮家の精気もらえますやろな」
「も、もちろんだよ。二つ差し上げます」私は、おばけの服の中のポケットからウイスキーボンボンを二個取り出して鬼に渡した。
鬼は「かたじけのうございます」などど、非常に古臭い言葉で礼を述べると、ボンボンを押しいただくようにして、病気の鬼のカミサンのももとに運んで行った。
私は、札束を二つほどつかんでお化けの服に入れようとしたが、何となく気まずくなって止めた。この様な仕方でお金をかせいでも、正義感の強い人間界の家内は喜ぶはずが無い。それよりも、鬼の夫婦愛に感動していた。
鬼は、ボンボンをカミサンの小さな手に渡した。
私は、騙しているようで心苦しく鬼夫妻に声をかけた。
「鬼君、ごめんなさい。それは宮家の精気ではありません。ウイスキーボンボンと云うお菓子です。お金は要りません。奥さんの薬を人間界に行って持ってきます」
しかし、鬼のカミサンはポイとボンボンを口に入れた。
すると、不思議にも鬼の奥さんの顔色がよくなり、すぐに立ち上がるほど元気になった。
鬼が私を振り返って、手を合わせた。
「ボンボン、効いたの?」
「これは、精気ですう」鬼が言った。
「そんな馬鹿な。それは、ボンボンです」
私が呆然と立っていると、何となくこぎれいな鬼の奥さんが現われて、お薬をいただきまして有難うございますと、丁寧にお辞儀をした。
「いえ、僕、ゆうれいですから。その、たいしたことは出来ないです」と、ゆうれいの服を着た私は内側で少し自己反省していた。そして、鬼のカミさんは、茶らしきものを入れてくれた。
私は土間に腰掛けながら、茶をすすった。よく見ると、部屋の片隅には本がうずたかく積まれていた。私の視線に気づいた鬼が「家内は精神病の医者です」と、言った。
「えっ? 地獄でも、精神病患者がいるの?」
「そらあ、いますよお。わしら、好きで人間に拷問加えていませんです」と言いながら、鬼は立ち上がると土間の奥のほうに行き、小さな竃の横に積んでいた札束を数個私のほうに運んできた。
「もし、これでよかったら、全部でも持って帰ってくらはい」
「これ、日本の一万円札ですよ・・・ワッ、これは、大金だ!」私は声を上げた。
「地獄では、紙くずです」
「何も買えないの?」
「お金など通用しません。汗の量で豊かな生活が決まるんだす」
「すると、鬼君は汗をかかないの?」
「わては汗の出が少ない体質で、家内に苦労ばかりかけてます」
「君も、僕と同じように給料が少ないんだ・・・」
「親の残した古い棍棒を使っておりまのやが・・・効率が悪うおます」
「棍棒って、鬼の棍棒?」
「そうです。金持の鬼は高価な『自動式拷問棍棒』と云う、最近のマシンを使ってますわ。わては一日に二三人の人間を罰するのですが金持の鬼は1,000人から10,000人。それに、わては歳ですよって、重労働ですう」
「そうか、大変だねえ・・・鬼の世界、つまり地獄でも格差があるんだねえ・・・」私の中に、長年の貧乏生活から自然に身についた、金持に対する闘争心が燃え上がった。
「鬼君、革命だよ。地獄に革命を起こそうじゃあないか。閻魔大王の独裁政治を終わらせ、鬼の地位を向上させるんだ」
私は、興奮しておばけの服の中にいることさえも忘れていた。
つづく
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