第7話  差

差          05・10・2021


「もし・・・」と声がした。私の家の玄関先にある階段だ。

玄関から少し離れて5段の階段がある。この辺りから声がした。私は振り向いた。

(だれだろう?)

誰もいなかった。気のせいだろうと思い歩き出すと「もし・・・」と、再び小さな声が聞こえた。

私は、声の聞こえた方向に視線を当てた。

「誰だい?」

「私です」再び声がした。私は目を凝らして声のほうに視線を当てたが誰もいない。空耳だろうと思った。

「雑草です」と、相手が言った。

「雑草?」

「そうです。あなたの目の前ですよ」

「雑草がしゃべれる訳がないよ」私は誰かが遊びで小さなスピーカーでも備えたのではないかと考えた。

「間違いなく、私は雑草です」声がした。

「?」私は自分を疑った。もしかして脳に異変でもと考えてしまった。

「この間は、助けていただいてありがとう」と、相手は言った。

「?」

「雑草ですから、引き抜かれるかと、思いました」ここまで聞くと、私がこの雑草を引かずにそのままにして置いたことを思い出した。雑草が小さな小さな赤い花をつけていたからだ。

「花が可愛いからね」

「ありがとうございます。でも雑草ですから。玄関横のバラさんにはかないません」

「ああ、バラは確かに綺麗だね。でも、鉢植えだぜ。雑草は自由だろう?」

私は、何となく会話を楽しんでいた。

「差がありすぎます。ぼくは雑草なので、引き抜かれて捨てられる運命ですけど、バラさんは大切にされる」

「そうだねえ・・・」と、私は考えてしまった。

「ほら、ね。分らないでしょう? 雑草は引き抜かれたり、除草剤を掛けられて枯れさせられる」

「ま、そうかもしれない。でも、雑草は強いだろう? 又、芽を出す」

「確かに。でも、疲れますよ。雑草である自分がいやになります」

「・・・・・」

雑草の小さな赤い花が風で微かに揺れた。

「たしかに、雑草は大変だよね。でもね、人間だって結構大変なんだぜ。人間にも差があってね。金持と貧乏に分けられるし、もって生まれた容姿にも差があってね。結構悩みが多いんだぜ」

「あなたは幸福ですか?」突然と雑草が言った。

「幸福?不思議な言葉だね。あまり考えたこともなかったけど、人間だから幸福なのかもしれない」

「今後、私を引き抜きますか?」雑草は小さく言った。

「いや、そのつもりは無いよ。心配ない」

「ありがとう。少し、うれしくなりました」

私は雑草に軽く手を上げて、歩き始めた。会社に行く時間だったからだ。

その日は、暑かった。

家に帰る頃は、少し涼しい風が吹いていた。

そして、家の階段に足をかけてふと気づいた。雑草がない。

私は玄関から家内に声をかけた。

「外の階段に生えていた小さな花を持った雑草がなくなっているのだけど・・・」

家内が玄関に現われて言った。

「今日、掃除人が来て辺りを掃除してたけど・・・どんな雑草なの?」

「人間の言葉をしゃべれる雑草だよ」

「本当?」

「本当だよ。今朝玄関で話したんだ。相手は、僕に『幸福ですか?』と、聞いたんだ」

「そう。幸福ですか?」家内が微笑んで、私に聞いた。

「幸福さ」と、私は言った。

「聞くと嬉しくなる言葉だわ」家内が言った。私は、それには答えず「そうか、引き抜かれたのか・・・」と、言いながら靴を脱ぐと家に上がった。キッチンに行くと、冷蔵庫から冷えたペットボトルの水を取り出すとゴクゴクと飲んだ。

そして「雑草か・・・」と、つぶやいていた。


終わり、約十分で書いた文章

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