第6話  お化け   その一

オバケ    その1      03・13 2021


進むと正子は金(カネ)に困った。困ったといっても、いつも困っているわけだから今更でもない。テレビを見ていて、番組の「ミッドサマー・マダー」のなかで、金持のきれいな女性が出た。「金持か。やっと、まともな顔の女性が出たね」進がお茶漬けを食べながら言った。

「そうね・・・」正子が笑って同意した。

「いつもは、オバケのような怖い顔の女性ばかりだから」

「あら、オバケだって可愛いところがあるのよ。わたしは、なんともないけど」

「ぼくは怖い、顔のない白い霧のようなモノだよ」昔の経験を思い出して進が言った。

「そ、だったらスプレーで色付けたら?」

「え?」

「赤い色などどうかしら?」

「それはいい考えだよね。オバケも天国、いや地獄かな、帰れないし。いくところのないお化けは、ここに残る」

「大変ね」

「いや、働いてもらう。金色の丸いものを(金貨)を持ってきなさいと言います」

「でも、ビンの蓋かもしれないわ」

「そうか、我が家にはサンプルがないものなあ・・・テレビを見せて、金貨がどういったものか教育するさ。ビンのふたなど持ってきたら、ピシピシとおしおきをします」

「そんな、かわいそうだわよ」

進は、お茶漬けを食べながら自分の考えに満足した。オバケを鍛えて、自分の奴隷にする。こんな名案はないと思った。

そして、お化けは出た。

数日たった深夜「呼んだかい?」などど、日本語で出てきた。顔のない奴だ。進は「ヒエー」と声をあげ「ナンマイダナンマイダ」と、布団をかぶって念仏を唱えた。このような時、女性は強い。

「だれよ、あなたは?」妻の声が聞こえた。

「オバケですけど・・・」

「それで、ご用件は、何かしら?」

「たしか、誰かが呼びましたもので、ハイ」お化けはかしこまっているようだ。

「しらないわよ。でも、進さんがよんだかもしれない」

「そ奴は、だれじゃあ」オバケの本性が言葉遣いに出た。

「あなた、私を言葉で驚かしても、つうじないわよ」

お化けは家内を知らないようだ。家内は、何を隠そう大蛇を踏んだ人物である。昔、渡辺綱(わたなべのつな)は、人間の肝を試す為に大道に横たわっていた大蛇を跨(また)いだ豪の男だが家内は違う。大蛇の背を「よっこらしょ」と踏んだのである。彼女の父親が目撃者だ。家内の度胸は並はずれていた。

以前私が彼女に聞いたら、丸太と思って乗ってしまったと言った。私は、呆気(あっけ)にとられて妻の顔を見た記憶がある。

とにかく、お化けは出た。

妻がブツブツ話しているので、私はフトンの影からお化けをそっと見た。白い、例の顔のない奴だ。顔がないだけましだった。

家内がいるので、少し安心した私はフトンから顔を出して「何で日本のオバケがアメリカに?」と、小さく聞いてみた。

すると奴は、強気に弱く弱気に強いオバケのようだ。

「オッ、何を言っているんじゃ、なんやと、このガキが」と、すごんだ。

私は、サッとフトンにもぐり再びナンマイダナンマイダと念仏を唱えた。

「あなた日本のお化けなら、すこし言葉遣いに気をつけなさい。ここはアメリカよ」妻が庇ってくれた。

そうだ、ここはアメリカなのに、何で日本のお化けが出たのだろう。昔、鉄道や鉱山で働いていた労働者のおばけなのだろうか、などど私は怖さの中で思ったりした。

「すいやせん、アネさん」お化けが妻に謝っている。この分なら大丈夫だろうと、私はそろりとフトンから出た。

お化けがじろりと睨んだように感じたが相手には顔がないので分らない。

私はチャンスだと貧乏根性を起こした。近くに置いていた、マーカー(マジック)でさっと丸をお化けの上に描いた。

「イテ!、何しやがるんだ!」お化けが声を張り上げた。

優勢に立った私は「オバケ君。これで君は、家に帰れないぜ」と、言った。

「この糞ガキが、いってェ何をしやがった!」お化けは、間違いなく動揺していた。

長い間、社会的経済的にめぐまれす社会の底辺に暮らしている私は、根性が悪くなっている。私は、オバケに手鏡を見せた。

「ワッ! こ、これは? この落書きは・・・」動揺しているお化けは、手で擦ったがマーカーの文字は、簡単には消えない。

「この白い服は、今朝借りたばかりなのに・・・・」お化けはしょんぼりした。私は、少し気の毒になったが「とり合えず一億で、消してあげる」日本のオバケのようなので高額な日本円で交渉した。

「よしなさいよ、オバケをいじめるのは」家内が諭(さと)した。

「駄目かなあ・・・金持に成れる良い機会なのに」

「消してあげなさい」家内が私に、命令するように言った。私には分っている。家内に逆らえる身ではない。

しかたなく、私はアマゾンで買っていた「汚れ落とし液」を持ち出してきて、お化けの「服」に書いた丸を消しにかかった。

消しながら、なぜ日本のお化けがアメリカに出たのだろうと聞いてみた。

「お化けの世界には、距離はありやせん。好きなところに一瞬でいけますのや」言葉の語尾は関西訛りだった。お化けの言葉には、江戸弁と関西弁がまざっている。生存している時には関西と関東に住んだに違いない。

私は、この煙のような人物が成仏できず、お化けになっているのがうらやましくなってきた。それで、どうしたらお化けになることができるのか、丸を消しながら聞いてみた。

「試験ですう」と、相手は端的に言った。東大に入学するより難しいんでっせ」お化けは誇らしげに言った。

「試験があるの?」私は日本の国立大学の入学試験や司法試験を思い出していた。

「ある」お化けが頷いた。

「参考書なんかありますか?」

「ある」お化けが答えた。

少し希望の出てきた私は、お化けに参考書を手に入れたいと言ってみた。

「ようがす。こちらのアネさんにお世話になったのでェ、おしえやしょう」お化けは家内を見て言った。言い方は浪曲の広沢虎造節調だった。

「オバケ君。高価だったらいらないよ」私は、自分の懐を思い出して言った。

「アマゾンで買えます、です」と、相手は意外な返事をした。

「えっ? お化けの世界にもアマゾンがあるの?」

「当たりまえでっせ。今じゃあすべてネットの世界」

「ワッ、知らなかったなあ。お化けの社会にネット販売があるなんて」

「何をおっしゃいます。もともとネット販売を始めたのは、わてらのほうでっせ。人間がまねしただけですがな。地獄から天国まで、遠うおます。そやから、ネット販売になりましたのです」

お化けは分けのわからないことを言った。

「そうかあ・・・」私は、何となく分ったつもりで頷いていた。


それから一週間が過ぎた。

仕事から家に戻ると、玄関で家内が言った。「おかえりなさい。アマゾンから何か届いているわよ」

「えっ? 僕は何も注文していないけど・・・ロスのトム(友達)からかなあ?」

置いてある箱を見ると、アマゾンらしくない。炎の燃える様子を描いたデザインだ。

差出人の住所は英語で書いてある。1-3JIGOKU-CHO, ENMA-KEN, JAPANと読める。

「ENMA・・・こんな県はないから、愛媛県の間違いかなあ」

「開けてみたら?」家内が言った。

「そうだねえ。宛名は間違いなく僕で、住所も合っている」

私はハサミで封を切って箱を開けた。中のモノは血のように赤い包装紙でくるんである。上から触ると柔らかい。メモが貼り付けてあった。

「この間のお礼だ。使ってくれ。お化けより」と書いてある。

「ワッ! こ、これ例のオバケけが送ってきたんだよ」私は怖さで震えた。

私の震えている言葉に家内が近寄ってきて「見せなさいよ」と言い、箱を受け取り中から服のようなモノを取り出した。ふかふかの綿のような素材で出来ているようだ。

「何かしら?」家内は取り出すと目の前にかざして眺めた。

私は、恐る恐る近寄って、服からぶら下がっていた取扱説明書を取り上げた。

「“オバケの服。何処にでも瞬時に旅行できる。誰にも見えない。壁も簡単に通り越せる。画期的な新製品。地獄製造所”と書いてあるよ。地獄で製造されたものだよ。やばいよ」

家内は「そうねえ・・・」などど、つぶやいていたが私に近寄ってくると、その袋のような服を私の頭から被せた。

「よ、そしてくれよ!」私は声を上げたが遅かった。私の体はすっぽりと服で覆われた。

「あら? 見えなくなった」家内の声が聞こえた。

「えっ? ぼくは、ここにいるよ。地獄などには行きたくないよ」私は狼狽していたが服の中は心地よかった。

「脱いでみて」家内に言われて、私は服をぬいだ。

「どう? ぼく生きている?」私は死んだのではないかと思い、恐る恐る家内に聞いた。

「隠れ蓑(みの)のようなものかしら?すると、お化けの中は地獄から来た人間ということね」

「・・・・・・」

「何処にでも行けるとも書いてあるわねえ。進さん、ちょっと日本に帰っていらっしゃい」家内が命令した。

私は緊張して背筋を伸ばした。

「どうやって?」

「服を被って、呪文のように行き先をつぶやいてみたらどうかしら?」

家内の命令に逆らえない私は「愛媛愛媛愛媛」と、故郷の県名を繰り返した。するとどうだろう、一瞬のうちに風景が変わりミカンの木が見えている。

お化けの活躍する夜ではなく、昼だ。ミカンの色が見える。遠くに瀬戸内の海が見えていた。

「ワッ、これは、やばい。ミカン泥棒に間違われる。くわばらくわばらくわばら」すると、辺りの風景が変わり、桑畑の中にいた。

「ワッ! やばい。今度は桑畑・・・・くわばら、まちがった。サンホセサンホセサンホセ」私は、あわてて現在の住所を繰り返した。すると目の前に家内がいた。私は服を脱いだ。

「どうだった?」家内が聞いた。

「一瞬で愛媛に行ってきた」

「あら? で、お兄さんたちはお元気だった?」

「そんな暇はないよ。こんな姿で兄に会ったら、進は地獄に落ちてお化けになってしまったと思うに違いない」

「お兄さん、禅をするじゃない。お化けぐらいでは、驚かないわよ」

「そうかなあ・・・まあ、服を使い慣れたら土産等もって帰ってきます」

「そうね。それがいいわ。でも、旅行費用がかからないなんて、最高だわね」

「うん。お化けさん、ありがとう」

私は、お化けの出た部屋の天井の隅を見上げて言った。

(地獄にも遊びにおいでよ)と、声が聞こえた。


おわり 04・09・2021

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