第5話 息子の花嫁候補

息子の嫁候補 2021


01月11日、私は普通とおり会社から帰った。一月なので、午後六時過になると既に外は暗くなっている。家に入り、服を着替えていた時に家内の声が聞こえてきた。息子と話しているようだ。

家内が私を呼ぶので私は下着のままリヴィング・ルームに行った。

”父さん母さん、落ち着いて座ってくれ”と、息子が言ったと家内。

(なんだろう?)

家内からセルホーンを渡され、家内と共に耳を近づける。

嫁候補が見つかったと、息子が言う。

「えっ? 本当?」と、私は言った。

そして「何人(なにじん)?」と、聞いていた。ここはアメリカだった。

「アメリカ人で金髪」つまり白人のようだ。そして、精神科医だという。知り合って二ヶ月。

「それは、よかった」

「まだ、言いたいことがある」と息子。

「なんだい?」

「子持ちだ」

「・・・・・・」

「何歳なの?」と、家内が聞いた。

「二歳」

嫁候補の親は、亭主がなくなり母親が彼女を育てたらしい。苦労して育ったので面倒見がよいという。弟がいて、日本に興味を持っているとか。でも、どうして嫁候補は子持ちでシングル(片親)なのだろう・・・と、一瞬思った。

「それは良かった。しかし、うちは金持ではないので、相手はだいじょうぶだろうか」と、私達は心配した。「白人の精神科医」と云う社会的地位は、中産階級の最下層に、しがみつくように生活している私達にとっては重圧だ。私は、小説家になりたいという自分の夢を追い、うまくいかない人生を歩んできた。人生の途中から、夢をあきらめて会社員になったが寝ぼけなまこで、夢を見ていた。したがって経済的には恵まれず、貧乏が板についている。そして、中途半端でアメリカに来た。

「えいごも、あまりできないよ」家内が言った。家内だけではない。私も読み書きは少なからず大丈夫だが英会話は苦手だ。日本語での会話も苦手な方である。人と接するのが億劫な性格。

「そんなことは、問題ない」と、息子。

「そして八月からサンフランシスコのカイザーに就職し、医科大学で生徒に教えるようになった」と、ファミリー医の息子が言った。

「へえ・・・」私と家内は、驚くばかり。

彼は現在UCSDのフェロー。しかし、もう一年、研究で残るかと思っていた。それよりも、私達夫婦が期待していた。大学の外に出て、社会で生活する困難を良く知っているつもりだ。

「コロナでお金が稼げないので、むりに一年延ばさない」と言う。それは、そうだ。フェローの賃金は安い。それでも私より多いはずだが医科大学の費用の支払いは既に始まっている。

「ああ、なるほど・・・」

私達には、援助できるほどの余裕がない。何も出来ない。ただ、息子がカイザーで働きながらメディカル・スクールで教えることは、きっと彼のためになる。

私と家内は彼を励まして電話を置いた。

そして、私達夫婦は黙って顔を見合した。妻は見ていたYouTubeの画面に顔を戻し、私は服を着替えるとコンピューターのスイッチを入れ、机に座った。

私達はしばらくの間お互いに沈黙を続けた。

私達は日本人だった。

私は千葉で買いたいと思っている墓地の、芝生の中に平面の墓石を置く写真を思い出していた。

いずれ日本に戻り墓を買う。墓碑銘は英語で書こうと思った。少し粋(いき)に死んでみよう。


終わり


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