来訪者

春子の意見を取り入れて、オレは地元に戻ることを止めた。

その後、今日バイト先へ偵察にきたグループの対応を話し合う。

次に来店した場合の手筈や尾行された場合の対処、アパートを特定された場合の準備、血族たちへ明日報告など。

時計が2時を回り、そろそろ寝るかと2人の気が向いた時、彼は訪れた。


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上井戸鷹人を名乗る男は、異様な姿をしていた。


黒いロングコートを羽織り猫背なのに見上げるほど背が高い、浅黒く痩せこけた風貌。

伸ばし放題の頭髪と顎髭は、クセのある巻毛。

血族の特徴である突き出した目は、痩過ぎて彫りを深くした顔の印影で暗闇に眼球が浮いているように見えた。骸骨に目玉があるキャラクターのようだ。

両腕は萎えて矮小化していた。

両腕に合わせて袖を裁断した、その姿は小さな腕をもつ肉食恐竜を連想させた。


若い頃の上井戸鷹人の写真を見たことがある、母が大切に保管していたものだ。

長身痩躯で若いのに威厳がある風貌をしていた。比べて今、目の前にいる男は長身だが猫背で鬼気迫る異様ではあるが、威厳や威風という表現からは遠くかけ離れた存在だ。

写真の生気に練られた痩躯も、今はただただ病的な窶れ方をして生気と正気が枯渇していた。


本当に鷹人なのか?写真の面影があるとは思う、しかし判然としないのは確かだ。

何せ今目の前にいる者は、恐らく人ではない。

以前は人であった者が、魔力で生命力を歪められた存在。

つまりグールたちと同じだ。


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彼の声は嗄れているのに言葉は明瞭に聞き取れる。

「妃陀羅が這い出てきた霊場が判ったよ」

その一言でオレと春子は、例え目の前の男が偽者でも追い出す訳にはいかなくなった。


鷹人と名乗る男は「妃陀羅の御心に添い、これから神前に詣ろう」と誘い出し、真夜中にオレと春子を外に連れ出した。


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徒歩で行ける場所だと聞いて、オレと春子は男に続いて歩いていく。

アパートのある住宅街を抜けると、周囲は田園地帯が拡がる景色に変わる。蛙の声が鳴り響く中、畦道を抜けていく。

こんな場所に霊場があるはずがない、この男は嘘をついている。そう直感した、したが何か企みがあるなら、それを知らなくてはならない。

何故なら、この男は妃陀羅のことを知っているのだ、妃陀羅の神託にある霊場のことを語ったのだから。

鷹人の偽者なら何故それを知っているのか確認しないとならないし、もし本物の鷹人なら何を企んでいるのか、血族の者それも妃陀羅の神子を騙してまで何を目論むのか確認しなくてはならない。


だからどの道、この誘いは断れない。

鷹人を名乗る男が妃陀羅の霊場の話を持ち込んだ時点で、始めから詰んでいる話なのだ。


夜の暗闇に目が慣れる頃、自分たちが瀬越丘陵に向かって歩いていることが判る。

ただ丘陵の手前には木津川が流れている、この畦道の先には橋はないから川を渡る気はないのだろう。それとも土手沿いに橋に向かうのか?

いや、そんな遠回りする意味はない。

この辺りに小さな社や寺はあるはずだが、そこからも外れた道を行く。


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到着した場所は、木津川の岸だった。

ここが霊場とは思えない。

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