今頭春子
女子高生を尾行してきた春子が、店に戻ってきたのを確認してオレはバイトを終業する。
帰り道、春子からのメールを確認するとあの女子高生は近くのコンビニに待機していた車に乗って去っていったらしい。
車には男性1人と女性1人が先に乗車していた、男性の方は春子が店内に居たのを見たという。
恐らくオレを監視していたのは、この男だろう。
オレは帰り道の尾行に気をつけるよう、春子に返信すると『オマエがな』という春子の返信がきた。
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帰宅して直ぐシャワーを浴びた春子はショートパンツとタンクトップ姿のまま、脱衣室から戻ってきた。
胡座をかいて、パーマのショートヘアをドライヤーで乾かしながら話しかけてくる。
ドライヤーの音で聞き取り難いが、たぶん「何者かな?」とオレに尋ねているようだ。
なるべく春子に近づいて「何者でも関係ない、ヤバイ奴らには変わりがない」オレのことをつけ狙う奴が真っ当なはずがない。
「どうするの?」ドライヤーを放り投げて聞いてくる。またドライヤーを壊す気か。
「一度ここから離れる、とりあえず実家に戻る」危険な時は先ず逃げる、距離をとって事態を静観する。これが正しいやり方だ、これしかない。
「え?ヤダよ、地元戻る意味ある?」危機感がないのだろうか?春子の思わぬ反論にたじろぐ。
「何が来たって同じでしょ?ウチら死ぬだけだし」春子はヘラヘラ笑って話しを続ける。
「礼央は、そのヤバイ奴の裏をかいたり出し抜いたりしたいの?上手く立ちまわってどうすんのよ?」
ああ、そうか。
春子は、地元に逃げたり自分の知略で立ち回っているのは妃陀羅の御心に適うのか?と問うているのだ。
オレや春子が移住して来たのは仮説とはいえ妃陀羅の神託に従ってのことなのだから、信徒が自分の判断で御心に背いてよいのか?そう問うているのだ。
それを春子はオレのように言語化できないのだろう。だから発言は馬鹿っぽい、しかし芯は捉えている。
オレは鷹人の神託解釈を信じ切れていない、鷹人自身も自分の解釈は仮説だと話しているのだから。
どうせ仮説だからと簡単に投げ出す発想になってしまう。
それはオレや春子といった神子が、自分たちから離れてもかまわないと発想している血族たちと同じ発想なのだ。
本当に大事なことが見えていない。
全ては妃陀羅の御心のままに。
それを勝手に歪めれば、誤った解釈に狂信を捧げた先祖たちにも劣る。
間違った解釈でもそれがハッキリするまでは、妃陀羅の御心だと信じなければ信仰が狂信に昇華することはない。
「そうだな、まあ誰でもいいか」オレは気が抜けて笑ってしまい、妹に従うことにした。
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妃陀羅が女性的な神体だからだろうか、春子には信仰への信念のような狂信的な感覚が備わっていた。
血族ははぐれ堂を離れ、時を経て信仰心を擦り減らしていった。その雰囲気の中で誕生した神子としてオレは、何か居心地の悪さを感じていたが春子は違った。
審神者の解釈が違っていたことは、人間の無力さや愚かさの証明であって何ら妃陀羅の神性を損なうものではない。
むしろ人間には理解し難いという事実は妃陀羅の霊威の強大さを証明するものだと、より信仰心を強くしたという訳だ。
だから春子は幼い頃から浮いていた。
血族の中で浮いていたし、世間からは浮きまくっていたから完全無欠の孤立状態だ。
正直、春子の狂信にはオレも引いていた。
血族が市井の人々を見下すように、春子は審神者を失い信仰心が揺らいでいる血族の大人たちを軽蔑していた。
春子にしてみれば、審神者の不在が妃陀羅の偉大さを見失うほどの出来事には思えないのだ。
オレとしては神子であるから春子の言い分も判るが、それを血族とはいえ神子でもない人間が感覚として理解できるとは思えなかった。
鷹人を信奉する母に言わせれば『春子は感覚に頼り過ぎ、礼央は考え過ぎ』なのだそうだ。
母によれば、鷹人はその感覚と思考のバランスを保つため生活の隅々まで神経を配っていたらしい。
それは妃陀羅の御心を解釈するために必要な資質であり、だから母はオレと春子は2人で1つだと常々諭していた。
大人嫌いの春子も、鷹人を信奉する母親は尊敬していた。
その母からの注告もあって、春子はオレを自分の分身または自分自身のように思っている節があった。
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