グール

現在、妃陀羅の神子はオレと春子だけ。

審神者がいない神子は、ただの狂人だ。


オレたち2人、お互いの他に頼る者はいなかった。


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オレは高校を卒業すると瀬越丘陵にある大学に進学した。

もちろん学業が目的ではない、鷹人が探していた神託の示す『かつて妃陀羅が這い出てきた霊場』を見つけるためだ。


これは血族の悲願なのだが、個々人で真剣さが異なる。

その個々人の思惑の違いをザックリ分けてしまえば、鷹人支持派と懐疑派がいる。

どちらも互いを否定するには材料が心許無く、表立って対立することはなかった。

しかし、集落に戻れない喪失感を満たそうと新解釈完成という希望に縋る支持派と、先祖が代々誤訳を受け継いできたことへの失望と憤りを禁じ得ない懐疑派には埋まらない溝があった。

支持派にすれば藁にも縋る思いだし、懐疑派にすれば今更何もかも無駄に見えた。

そして対立が表面化しないのは溝が深いからともいえる。

一度火蓋が切られれば両陣営の諍いは修復不可能だと、血族皆が知っているのだ。

自分たちには受け取れない妃陀羅の意思を信仰に昇華するには、審神者の不在は致命的だった。


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とはいえ神子には妃陀羅から授かる魔力がある。この力が備わっているからこそ、審神者不在の現在でも神子は辛うじて支持されるのだ。

さもなくば、はぐれ堂の妃陀羅信仰はこの世から消え失せていただろう。


神子が妃陀羅から授かる魔力とは『グールとの接触』だ。ちなみに純潔を失い神子でなくなると、この魔力も失う。

グールとは人や動物の死骸を喰う化け物だ。

黒い皮膚で背中には茶色の毛が生えている。

尾っぽのないカンガルーのような姿で二足歩行。

手は鋭い鉤爪があって、足には蹄がある。

犬のような顔で緑色の目。

腐った臭いと黴臭ささが混じった体臭がする。

人の言葉を話せるが、早口で音が割れて聴き取り難い。


到る地域に潜み暮らしているが、警戒心が強くて人前に姿を見せることはしない。

妃陀羅から授かった魔力でグールを呼び出すことはできるが、使役できる訳ではない。

取引によって協力を依頼、貢物など用意すればある程度の助力や助言には応じてくれる。


オレは地元でも、何度かグールと接触して協力や助言を求め取引をした。

震災以前の神子たちもグールと取引をして、生贄のため人攫いをさせていた。


大学付近に住むようになってからも何回かグールと接触したが、妃陀羅の這い出てきた霊場についてはグールたちは何も知らなかった。

また鷹人も瀬越丘陵に移り住んだ頃は、頻繁にグールたちと接触していたことをグールたちから聞いた。しかし今は所在が判らないと言う。


その後オレは何度かグールたちと接触して情報を得たが、霊場にしても鷹人にしても糸口は見つからなかった。


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1998年に大学を卒業した後もオレは地元には帰らず、仕送りとバイトで霊場探索を続けていた。

2000年3月になると地元の高校を卒業した妹の春子が霊場探索に加わるため、オレのアパートに引っ越してきた。


こうして地元に神子はいなくなった訳だが、鷹人支持派にすれば霊場探索は最優先事項なのだし、懐疑派にしても審神者がいない今、神子は何処にいようが憂慮すべき問題ではなかった。

だから血族の中で誰1人として、神子が血族から遠く離れて暮らすことを嘆く者はいなかった。

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