第8話 微睡み

結局、電車内で襲ってきた黒い霧はなんだったのか。あの少女の正体は。


何もわからず仕舞いでアパートへ帰る。依頼の事件?は解決したものの。


「あー、疲れた。とにかく飯にしようぜ。アンジェラ、パンケーキだけ作ったら帰っていいからな」


「なにそれ。あたし、召使じゃないんですけど?」


と言いつつ、彼女がエプロンを身につけキッチンに向かってくれたのは、有彦のためなんだろう。


有彦はぼんやりしたままソファーに小さな身を沈めている。俺は隣に腰掛け、その頭をぽんと撫でてやり。


「どうした、腹減ったか」


すると有彦は此方を見上げて。


「…あの、お花売ってた、お姉ちゃん」


「ん?」


「お花じゃ、ないの。売ってる…」


「は?どういう意味だよ」


しかし、有彦は俯いてしまい、それ以上答えることはない。


今日の出来事を思い返す。電車内で真っ先に異変に気付いたのは有彦だった。子供故の勘の鋭さかと思ったが、さっきからの様子を見ると…何か、ありそうだ。


とはいえ、有彦に訊ねても答えないし。どうしたものか。


「はい、パンケーキ出来たよ」


アンジェラが三つの皿をテーブルに置いた。まずは飯だ。


「おい、有彦、飯ーー…」


こてん、と。


小さな身体が俺に寄りかかっている。見ると、有彦はすやすやと寝息をたてていて。


するとアンジェラが、素早く毛布を持ってきた。俺は彼女の意図を察し、そろそろとその場から立ち上がり、有彦をソファーに寝かせた。


あどけない、子供らしい表情で彼は寝ている。


「飯、無駄になっちまったな」


「仕方ないよ、子供だもん。」


寝ている有彦の髪を、優しく撫でるアンジェラ。


「お前、いい母親になりそうだな」


「あらありがとう。父親は貴方以外なら歓迎よ」


クスクス笑う彼女。アンジェラとは五年程の付き合いだが、恋愛関係になったことはない。


帰るという彼女を玄関まで見送り。


「ねえ静寂。有彦に気を付けてあげて」


「気を付けるって?また、拐われたりするってことか」


「わからないけど…あの子、何かあるわ」


それは俺も思っていたことだが、何か、がなんなのかはわからない。


静かな室内には、穏やかな寝息だけが響いていた。





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