第16話 情報収集 ~ルチルと”妖精の森”~

「……と、いう事ですわ」

 

 氷の城から帰ってきたるりは、温かい紅茶を飲みながら、事の顛末を2人に話す。


「にじのくじらは、人々の心を守る大精霊だったのですね」

「は~、今まで全然何も知らないで戦ってたよ」


 二人が頷く中、唯一人だけ寒いわけでもないのに3人の片隅で何かがブルブル震えていた。


『こ、こわいミド……氷の女王の折檻、こわいミド……!』


 案の定ミドルンだった。


「じゃあ残るは“にじのうつわ”と……シルバニアだっけ?」

「ティタニアですわ、ルチル」


 そんな震えているミドルンを黙殺し、ルチルたちは話を進める。


「じゃあ最後は、あたしがそのティタニアについて調べようかな?」

「そうですね。さっき何か計画があるような事も言っていましたし」

「え? そうだったっけ?」

「そうですよ、ルチルさん」


 しずくと話しながら、ルチルも2人に倣って内ポケットから栞を取り出す。


「ティタニア……かぁ」


 何故か昨夜見た夢をぼんやりと思い出すが、全く何も覚えていないルチルは首を捻りながら小難しい顔をする。


「ルチル、どうかしましたの」

「え、ううん。何でもない」


 いつの間にか栞をじーっと睨んでいたルチルだったが、るりに声をかけられ顔を上げる。


「あたしはもちろん、“妖精の森”で!」


 自信満々に宣言したルチルが指名したのは、御伽噺の妖精たちが住む“妖精の森”――金髪のルチルは、妖精たちの大のお気に入りだった。


『分かったミド!』


 ミドルンが再びエメラルドの扉を出すと、ルチルは躊躇なく扉の中に飛び込んで行った。




『あ、ルチルだ』

『ルチルが来たね』

『本当だ。あの金髪の子、ルチルだ』


 ルチルが森に足を踏み入れた途端、どこからかくすくすと子どもの笑い声が木霊する。


 ここは妖精の住まう森。いつ来ても何故かいつも夜だが、妖精たちが放つ燐光のお陰で、足元まではっきりと明るい。

 この森の妖精は悪戯好きだが、本当に困っている人には手を差し伸べる――つまりルチルのようなタイプが大勢いた。


 そんな妖精たちと気が合うルチルは迷うことなくずんずんと突き進み、森の中心にある大樹に辿り着く。


「お~い、妖精さんたち。ちょっと聞きたい事があるの」

『何だい、ルチル』

『何だい、僕たちの申し子セレクティッド


 大樹に手を当てたルチルが一つ声をかけただけなのに、幾つも幾つも答えが返ってきた。


「皆んなは空白の使徒の“ティタニア”について、何か知ってたりする?」


 ティタニア――その名をルチルが口にした途端、夜風も吹いていないのに木々が大きく揺れる。まるで森そのものが騒めいたような気さえした。


『ティタニア!』

『ティタニアだって!?』


 森の妖精たちが堰を切ったかのように一斉に喋り出す。


『知ってるよ! 知ってるとも!』

『あのニセモノだ! 妖精の女王を騙る空白の使徒の悪い魔女だ!』


 だがその内の一人がティタニアの悪口を言った途端、ルチルの目つきが一瞬で変わった。


「――ティタニアのコト悪く言わないで!」


 ルチルの一喝で、森の妖精たちは水を打ったかのように静まり返る。


『……ど、どうしたんだい? ルチル』

『そうだよ。きみはティタニアを何も知らないのに、どうしてそんなに怒っているの? 申し子』


 妖精たちに宥められるように諭され、やっとルチルは我に返る。


「あれ……? 何でだろう?」


 自身の豹変に驚くルチルだったが、胸に残ったモヤモヤはどうしても拭えなかった。


「いきなり怒っちゃってごめんね。とりあえず、ティタニアについて教えてくれる?」


 ルチルが両手を合わせて謝ると、周りの燐光は再び機嫌よく光り出した。


『勿論だよ、申し子』

『さっきも言ったけど、ティタニアは僕たち妖精と敵対している空白の使徒の一人だよ』

『噂だと、空白の使徒は色んな世界と敵対してるらしいね』

『あれは確か……オイラたちの長、オベイロン様とティタニア様が、空白の使徒に倒されちゃって暫く経ってからだったかな』


 その声と共に、一際大きな燐光がルチルの目の前に現れる。燐光の中から現れたのは、蜻蛉かげろうのような翅が背中に付いた耳長の小人――妖精のリーダーを務めているパックだった。


『その後からティタニアは、いつしか姿が見られるようになったんだ』

「いつしか? 最初からいたんじゃないの?」


 ルチルの質問にパックは光の鱗粉を散らしながら首を振る。


『違うよ! 彼女はこの人間界に来てから見るようになったんだ』


 そう言うと、パックはルチルの頭上でポンと手を打った。


『思い出した! 昔、にじのくじら様が空白の使徒との戦いで相討ちになったのは知ってるよね? それは正確に言うと、空白の使徒がこの世界を侵略し始めたのが先! にじのくじら様は、この世界を守るために現れたんだ』

「そうなの?」


 頭の中で時系列を確認するように、ルチルは左上に視線を泳がせながら首を捻る。


『で、実際にこの世界に侵攻し始めた時には、空白の使徒はティタニアを幹部にしていたんだ』

『いわゆる空白の使徒の秘蔵っ子だね』

『女王様の名を騙るなんて、ホントにヤな奴!……痛い痛い! ルチル、翅を引っ張らないで!』


 パックの両隣から他の妖精たちがここぞとばかりに挟み込むように口を出すが、「ヤな奴」と言った妖精の翅を千切れんばかりに強く摘まんだルチルだった。


『けどこの世界に顔を出すのは、もしかして初めてじゃないかな』

『確かに。オイラたちの世界だった妖精界を侵略した時には、ティタニアはいなかったよ』

「ふ~ん、つまり……新入りって事?」


 ルチルの問いに妖精たちは次々に頷く。


『オイラたち妖精の時間単位で言うと、そうなるかな。この町に来るよりもさらに遥かな昔、オイラたちの世界を滅ぼした時にはティタニアはいなかった。断言するよ』


 パックは少し寂しそうに俯き、悔し気に頭を振る。


『妖精王オベイロン様も女王ティタニア様も、あの空白の使徒たちにやられちゃったんだ……!』

「パック……」


 珍しく元気を失っているパックに寄り添うように、ルチルは手を差し伸べる。


『お願いだよ、ルチル。空白の使徒を倒しておくれよ。このままじゃオイラたち、泣くに泣けないよ』

「…………うん」


 妖精たちの事情はよく分かった。だが、ルチルは何故か首を縦に振れなかった。


 何故か。それはおそらくティタニアの事だろう。


 妖精たちの言う通り、空白の使徒は人間だけでなく様々な世界の妖精を倒し、苦しめている存在だ。実際最前線で戦っているルチルたちプリズムガールも、それは痛いほどよく分かっている。


だがここまで来て何故、ティタニアの悪口が聞くに堪えないのだろうか。


彼女の話を聞いている時はまるで――ずっと一緒に居た友達の悪口を、目の前で聞かされているような気分だった。

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