第14話 情報収集 ~しずくとマッチ売りの少女~
扉の向こうは、雪がちらつく寒村だった。
道行く人は皆忙しなく、寒さのせいか誰とも言葉を交わそうとしない。もちろん、立ち止まって会話する人など誰もいなかった。
だが唯一人、その場で道行く人に声をかける少女がいた。
「マッチ要りませんか? マッチは要りませんか……?」
道行く人に少女はおそるおそる声をかけるが、誰も足を止める人などいやしない。
ツギハギの赤頭巾をかぶったエプロン姿の少女は、悴(かじか)んだ手にハァと息を吹きかける。
「あの……良かったらマッチくれますか?」
しずくは小さな背中に声をかける。その聞き覚えのある声に、少女はバッと振り向く。
「――赤い宝石のお姉さん!」
人懐っこい笑みを見せた“マッチ売りの少女”は、勢いよくしずくに抱きついた。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
かつてプリズムガールと共に知恵と勇気を振り絞って戦ってくれた少女の頭を、しずくは優しく撫でる。
「マッチは、売れてますか?」
しずくの質問に腕の中の少女はふるふると首を振る。
「全然です。今朝も、お父さんにマッチを全部売るまで帰って来るなって怒られてしまいました……」
「それはそれは……」
じゃあ、としずくは一緒に持ってきた鞄からパンが沢山入った袋を取り出した。
「この国のお金は持ってないのですが、代わりにパンがあるのでコレと交換しませんか?」
ヌリツブーセを倒した後に商店街で特売になっていたパンだが、こんな所で役に立つとは思いもよらなかった。
「お姉さんの国のパン……! あたし、このパン柔らかくて大好きです!」
「それは良かったです。良かったら、これとマッチを交換しましょう」
願ってもないしずくの提案に、少女は頬を紅潮させる。
「わぁ……ありがとうございます! お父さんもきっと喜びます!」
自分は一人っ子だが、もし妹がいたらこんな気持ちなのだろうかと、喜ぶ少女を見ながらしずくは自然と目を細める。
「あ、そうだ。一つ聞きたい事があるんですけど……よろしいでしょうか」
「……? はい。何でしょう」
パンをいそいそと籠の中にしまう少女に、しずくは質問する。
「“にじのうつわ”について……何か思い浮かんだり、知っている事はありませんか? 何でもいいので」
「“にじのうつわ”……? 確か、お祖母ちゃんから聞いた事があります」
少女の答えに幸先がいい、としずくは少女に見えないよう小さくガッツポーズをする。
「あたしの亡くなったお祖母ちゃんがいつも話してくれたんです。“にじのうつわは、にじのくじらを目覚めさせるのに必要な色”だって」
「にじのくじらを目覚めさせる……色?」
しずくが聞き返すと、目の前の少女は自信満々に頷く。
「にじのくじら……確か妖精さんたちが目覚めさせようとしているもの、でしたよね?」
しずくが再び聞き返すが、途端に少女は困った表情に変わってしまった。
「ごめんなさい。お祖母ちゃん、この言葉しか教えてくれなくて……実はあたしもよく分からないんです」
「……えっ?」
想定外の答えに、しずくは目が点になる。
「“にじのくじら”や“にじのうつわ”については、ミドルーン様の方がきっとお詳しいと思います。何たってあたしたち童話の妖精の代表であらせられます、あのエメラルディオ・ミドルーン様ですから!」
自信満々にミドルンを推薦されたが、肝心の本人がぼんやりとしか知らないからこそ聞きに来た……とは、口が裂けても言えるはずがなかった。
「そ、そうですね……」
苦笑するしかないしずくに、少女は小首を傾げる。
「もしかして、あまりお役に立ちませんでしたか?」
「そんな事ないですよ。ありがとうございます」
おずおずと少女はしずくの顔を覗き込むが、気取られないようにしずくは少女の頭巾を撫でた。
その時、しずくは頭巾で隠れていた額の傷に気が付く。打撲痕だろうか。赤く腫れあがった額のそれは、見ていてとても痛々しかった。
「その傷……」
しずくの呟きに少女はハッとし、咄嗟に頭巾を深く被り直す。
「ごめんなさい。勝手に見てしまって」
「いえ……いいんです。あたしが悪いんです。お父さんを怒らせちゃった、あたしが悪いんです」
まるで自分に言い聞かせるような少女に、しずくは表情を曇らせる。
「あたしは、お父さんが好きですから」
その言葉にしずくが何か返そうとするが、少しだけ俯いていた少女は顔を上げる。
「また、遊びに来てくれますか?」
その問いに、しずくはすぐに答える。
「はい、勿論」
しずくが頷くと、少女は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! じゃあ、あたしもっとマッチ売ってきますね」
「あ、ちょっと……!」
「また、お話たくさん聞かせてくださいね~!」
赤頭巾の少女はそう言うと、雪がちらつく街道を走り去ってしまった。
「私の家に妹として迎えるのは……あの子のハッピーエンドには、ならないでしょうか」
何故か少女を他人事と思えないしずくは、伸ばした手をゆっくりと降ろす。
少女が去った後にぽつりとつぶやいた言葉は、冷たい雪を降らす鈍色の空に消えて行った。
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