第9話 middle battle 4 ~”ヌリツブーセ”来襲~

『早く、早く急ぐミド!』


 学校をこっそり抜け出し月虹商店街に着いた3人の目の前には、もはやお馴染みになりつつある敵が大暴れしていた。


 マジックペンで描いたような太い眉に吊り上がった目と、両脇と足の部分から巨大なサッカーボールをにょきっと生やしたゴールポストの怪物が、商店街をめちゃくちゃにしていた。

 

 通称”ヌリツブーセ”――空白の使徒によって、人の心の闇から生み出された怪物だ。


『ヌーリツブーセー!』


 ヌリツブーセが叫ぶと同時に手から無数の巨大なサッカーボールが発射され、バウンドを繰り返しながら商店街をいとも簡単に壊していった。


「うわぁぁ! やめてくれぇえ!」

「店のローンがまだ20年残ってるのにー!」


 巨大サッカーボールの猛撃に追い打ちをかけるように、ヌリツブーセはキックやパンチを繰り出し、どんどん町を破壊していく。


「ハッハ! いいぞ、ヌリツブーセ! このまま街をめちゃくちゃにしてしまえ!」


 崩れ落ちた瓦礫、破壊された店舗、逃げ惑う人々。


 暴れ回っているヌリツブーセの隣には、逃げ惑う人々を嘲笑いながら宙に浮かぶペインの姿があった。


 そしてペインの隣には、人型大の黒水晶が――中には、今朝出会ったあの少年が閉じ込められていた。


 瓦礫を避けながら、3人はヌリツブーセとペインの前に立ちはだかる。


「また出たな! ヌリツブーセ!」


 一歩前に進み出たルチルがズバッとペインたちを指差す。


「来やがったなぁ? プリズムガール」


 3人の登場に、ペインは待っていたと言わんばかりにニヤリと口角を吊り上げた。

「2人とも、アレは……!」


 しずくが指差した黒水晶の中では、少年が眠ったまま苦し気に呻いていた。


「あの子、ヌーリツブーセが暴れれば暴れるほど苦しんでいるように見えます!」

『このままじゃあの子の心はすり減って、目覚めなくなってしまうミド! 空白の使徒め、相変わらず酷いことをするミド!』


 しずくの肩に乗ったミドルンはキッとペインを睨みつける。


「さァどうした。早く変身しろよ。今日こそお前らをぶっ潰してやるぜ! 女王様のためになァ!」


 巨大な絵筆を肩に担いだまま、ペインは挑発的な笑みを浮かべていた。


「どうしてあなたはそんな酷い事をするんですか! ペインさん!」


 心優しいしずくはペインを問い詰めるが、何故そんな事を聞くのか分からないといった風に、ペインは片眉を上げるだけだった。


「あぁ? そんなん決まってんだろ! オレたちは“そう”するために生まれてきたからだよ!」

「そんな事ありません! 人が何をするかだなんて、生まれた時から決まっているはずないじゃないですか!」


 しずくは必死に語りかけるが、虚しくもペインには全く響いていないようだった。


「生憎お前ら人とは違うんだよ。オレたちは“絶望”から生まれたもの。この世界を漆黒の黒に塗り潰すまで、決して止まる事はねェ!」

「今回も何を言っても無駄なようですわね……!」


 しずくの隣に立ったるりは、胸ポケットから青のピンブローチを取り出す。


「毎回毎回、しずくちゃんの優しい心をけちょんけちょんにして~!」


 憤慨するルチルも胸ポケットから黄色のピンブローチを取り出し、ヌーリツブーセたちに見せつけるように翳した。


「ペインさん、どうして分かってくれないんですか……!」


 二人に倣うかのように、しかし少し残念そうにしずくも赤のピンブローチを取り出す。


『皆んな! 変身するミド!』


 ミドルンの声を合図に、3人のピンブローチが輝き出す。


「――変身!」

「変身!」

「……変身!」


 3人が叫ぶと同時に、彼女たちの身体が虹色の光に包まれる。


 青と金の光に包まれたるりの周囲に、雪の結晶が舞い散る。


 青と金縁のリボンがるりの全身を覆うと、学校の制服はバレリーナのようなミニ丈のドレスへと姿を変えた。



 青水晶のバレッタで纏められた長い髪を耳にかけ、雪の結晶のチョーカーを身に着けたるりは、ゆっくりと空に手を翳す。


 るりの掌に現れた小さな雪ウサギが寒そうにぶるるっと蹲ると一瞬で青いガラスとなり、ウサギの耳が付いた青い宝石箱へと変わった。


「“プリズム・ラピスラズリ”!」


 姿を変えたるりが着地した瞬間、雪の結晶が舞い散った。


 ピンクと白の光に包まれたしずくの全身がピンク色のリボンに包まれていく。


 その一本をしゅるりと紐解くと、リボンは赤い宝石の付いたステッキへと瞬時に変わった。


 リボンに覆われた制服はパフスリーブのドレスワンピースになり、肩まであった髪が一瞬で腰の部分まで伸びる。


 しずくがステッキを振るうと、ドレスの裾に赤い宝石がキラキラと散りばめられていく。


 桃の蕾をあしらった髪留めのモルガナイトが咲いたと同時に、しずくがゆっくりと目を開ける。


「“プリズム・モルガナイト”!」


 その目は、ドレスとステッキを彩る宝石と同じ鮮やかな紅色だった。


 黄色と淡い白虹の光に包まれたルチルは、黒水晶に囚われている少年のように水晶に閉じ込められる。


 しかし水晶の中は、無数の金の針のような鉱物――ルチルで覆われていた。


 パリィンと巨大な針水晶が、音を立てて弾け散る。


 黄色のオフショルダーのバルーンスカートドレスへと衣装を変えたルチルは、胸元の宝石を指でトントンと叩く。


 それに反応して宝石から出てきた金の棒を思いっきり引っ張ると、ルチルと同じ身長ほどもある金色の長弓が飛び出した。


「“プリズム・ルチルクォーツ”!」


 淡い白虹の光を纏ったルチルが着地すると同時に、ルチルは金の矢を番えた。


 プリズム・ラピスラズリ、プリズム・モルガナイト、そしてプリズム・ルチルクォーツ――彼女たちこそ、月虹町を守る魔法少女“プリズムガール”だった。

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