第6話 middle phase 1 ~虚無の姫君 ティタニア~

――陽の光が一切届かない闇の中。


 世界の裏側にある暗黒のほら穴を抜けると、その先にやがて黒の茨に覆われた巨大な城が聳え立っている。


 空白の使徒を統べる“虚無の女王”が居城――モノトーンキャッスルだ。


 その仄暗い城の最奥――白と黒のみで彩られた謁見の間の玉座には、一人の美しい女性が腰掛けていた。


「ぺイン……ペインはいるか」

「――はっ、ここに」


 美しいが底冷えのする冷たい声。


 まるでおとぎ話に出てくる悪の女王のような長身痩躯の女性。


 彼女こそ、空白の使徒の首領――虚無の女王だ。


 そして玉座の前でかしずく男が一人。


 髪をツンツンに逆立てたパンキッシュな髪型に、ペンキがあちこちにまだらに付いたツナギ姿の青年は、身の丈ほどもある大きさのぼさぼさの絵筆を大剣のように携えている。


 モノトーンキングダムの幹部が一人、ペインだ。


「プリズムガールはまだ倒せぬのか」

「うっ! そ、それは……」


 虚無の女王に痛いところを突かれたペインは、ぎくりと背筋が強張る。


「寛大な我といえど、限度というものがある」


 絹のような豊かな髪から覗く、氷のように冷たく鋭い視線。


 その目に射竦められ、ペインの首筋に冷や汗が伝う。


「お前の代わりはいくらでもいるのだぞ……」


 虚無の女王がわざとらしく視線をペインから逸らす。


 視線の先には、度重なるペインの失態を見てやろうと何人かの幹部たちが柱の陰に隠れて様子を伺っていた。


「オ、オレを拾ってくださったご恩は決して忘れません! 次こそは、次こそは必ず……!」


 必死に食い下がるペインに、虚無の女王は小さくため息をつく。


「……よかろう。奴らはこの世界に不要な存在。希望という目障りな色を撒き散らす者。一刻も早くプリズムガールを倒し、この町に眠る“にじのうつわ”を見つけ出すのだ」

「ははーっ!」

「……人の心を塗りつぶし、世界を絶望に染めよ」

 

 冷淡な口調で虚無の女王が命令すると、深く頭を下げたペインは空中に絵筆を振るう。


 すると見えない壁があるように、空間に黒のペンキがべちゃりと盛大に塗られる。


 それがどろりと地面に落ちた時、ペインの姿はそこにはなかった。


「――よろしいのですか、お母様」


 ペインの消えた後、謁見の間にヒールの音がかつりと冷たく響く。


「あの者がプリズムガールを倒せたことなど、一度もないではありませんか。よくもお母様の前にノコノコと暢気な顔を出せたもの……」


 女王に断りもなく平然と意見する少女に幹部たちは騒めき出すが、虚無の女王は片手を挙げ、彼らを一瞬で黙らせた。


「何、先も言ったであろう。我もそこまで寛大ではない。そろそろ其方にも働いてもらうつもりだ」


 そんな不遜な態度の少女に、虚無の女王はふふっと笑みを漏らす。


「我が最愛の娘――ティタニアよ」


 そこには、ゴシック調の黒いワンピースドレスをまとった仮面の少女が、静かに佇んでいた。

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