第16詠唱 ハイエナ ー 下 ー
― ベルナルドの屋敷 ―
黒い空は徐々に紺色になっていく午前5時、スーツ、ジャージ、私服姿と通行人に混じっても違和感のない格好をしている30人の女の陰陽師達がずらりと正座し、ベルナルドと主役のカンナがホワイトボードの両脇に立ち作戦の準備をしていた。
「たいした作戦の説明じゃないデスヨ?、だからミスカンナは参加しなくても良いのデスヨ?起きたときにメイドに伝えとくよう言いマース」
「いいわよ、私が頼んだのに寝てたら申し訳ないもの」
「やはりミスカンナは偉い子さんデース」
ニコリと笑ってみせる彼に彼女は顔を赤くして「人として当たり前でしょ!」と横を向き照れくさそうにする。
「人として、ネェ……」
意地悪くいうと表情を引き締め「こっちをちゅーもーく!」と言い皆の視線を集めた。
「今回の作戦の説明をしマース!
作戦は実にシンプルデース!渡した20枚の爆発する
でもできるだけ近くデスヨ、張ったらあなた達は
陰陽師だと気づかれないよう通行人に溶け込み作戦まで外で待機デース、カイロを渡したから寒くないデスヨネ?デスヨネ?」
(真冬のなかカイロ1つだけで外をうろつくなんて寒いに決まってるだろ)と全員が思ったが、彼の圧力に誰もそんなことは言えずコクリコクリとぎこちなく頷く。
「オーケー!じゃあ作戦が始まったらとにかく生き延びて
相手が誰なのかは事前に聞かされているのか誰もなにも聞かず一人が「ありません!我々はただ突き進むだけです!」と宣言をするように大きな声で
言う。
「スバラシー!頑張るわよ!」
ベルナルドの率いる組は別名女のバイキングとも呼ばれ皆から恐れられていた。
技量・精神力両方とも高く、なんでも根性論で貫くことからその名がついたのだった。
「ほんと恐ろしい根性ね……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
― とあるコンテナ船 ―
規則的に積み上げられた無数のコンテナの1つに金ローブの魔女達は寝泊まりしていた。
「し、しかしこんなところで暮らしてるのか?」
船の揺れに合わせて振り子のように大きく揺れるランタンを見る。
「うっぷ……この世界の船は生き物か何かですか?ほんと、揺れすぎ…………」
表の世界からリリィ達のいる裏の世界へ来た黒灰の魔女達はルイズに皆を集めるように命令されてあらゆる所に飛び回っていた。
2人もその命令された一部でガス臭い慣れない空気に顔色を変えながらも集めていたのだ。
「なれれば居心地は良いわよ、で?何のようなの?」
「ルイズ様の命令だ、こっから東南方向に飛んで浮かんでる船に集まるようにと」
「なーるほど了解したわ、ところで貴方達はアシュリーの居場所知ってる?」
言いたそうにニヤニヤとする彼女に「神奈川県横須賀市東浦賀5丁目45-60だろ?ベティから聞いたんだよ」と言うとつまらなそうな顔をする。
「他にこの世界の情報はないの?」
「あるわよ、この世界は私たちの世界と同じで魔法使いがいる、でも規模は少ないみたい」
「なるほど、他には?」
「そんなに驚かないんだ、でもこれは驚くわよ」
「なんだ?」
「そのなかの魔法使いがリコリス様を守ってるの、理由は知らないけど記憶を戻そうとしてるみたい」
その言葉に興味をもった彼女はズイッと近より「もっと聞かせて」と言う。
「その魔法使いの名前はカンナっていうみたい、カンナはなかなかの手練れよ、あのアシュリーから逃げて生き延びてるんだから」
「カンナか……」
なにかを思い出したのかてを叩いて「そうそう!」と再び話を続けた。
「今日アシュリーとその娘の間に何かが起きる、カンナのことを調べるなら好機よ、そうだ!ちょうどいいわ!私達も捕まえるつもりだからルイズ様にこの事報告して部隊を作って貰いましょうよ!」
提案はすごく良いが、別任務のある彼女は「でも私たちには任務が……」と顎を指でつまみ考え込む。
「そこに潰れてる娘がいるでしょ、そいつに任せて、ね?」
顔を真っ青にし床に溶けている女性を指差すと「私は……寝てるだけ…………」と苦しそうに言う
「まぁルイズ様の事だ簡単にオーケーくれるだろうし言ってみるか、頼んだよ相棒」
呼ばれた彼女は頼りなさそうにピクピクとグッドサインをして見せた。
陰陽師と魔女達がそれぞれ準備している間に陽はゆっくりと上り、
「けんじ~!いってらっしゃい!」
いつも通りニコニコと笑い鞄を渡すリリィ、それを受け取り「行ってくるよ」と言い額にキスをして頭を撫でる何でもないいつもの日常、だがその日常から非日常になるとはこの二人は予想もしていなかった。
「あ、けんじ……」
笑顔から光が消え不安そうな表情をしてもじもじするリリィに「なに?」としゃがんむと、彼女は突然ガバッと抱きついた。
いつもは抱きついた時は必ず「えへへ~」と頬擦りをするが、何か悪い未来が見えたのか不安そうな顔をしてただ無言でギュッと小枝のように細い腕に力を入れて別れるのを拒むようにくっつく。
「どうしたの?」
「はやくかえってきてね?」
意味深なことを言う彼女、昔から付き合っていたからリリィのこういう時は大抵悪いことが起きると分かっていた。
心のなかに黒く滲みだす不安に健二は「安心しな絶対に帰ってくるよ、絶対に……終わらせない」、まるで自分に言い聞かす様に言いながら小さな頭を撫でる。
「あしたのりょこうのじゅんびしてまってるから!だから、だからぜったいだよ」
目を潤ませて言っている彼女に背を向けて「良い子に待ってるんだよ」と言う健二は開くドアがやけに重く感じた。
「トール」
ドアが閉まるやいなやサポート妖精であるトールを呼ぶと、「なに?」とツインテールを揺らす彼女は屋根から飛び降りてくる。
「今日は何かが起きる、おそらくあの猫が軍を率いてくるか……」
「反黒灰の魔女達が来るとか?」
「ありえる、とりあえず他の魔女でいいからいつでも高跳びできるよう2つの荷物をまとめといて」
「あんたなら瞬殺でしょ?殺っちゃいなさいよ」
「リコリス様の前で魔法は使いたくない、記憶を思い出す引き金になるかもしれないからな」
トールは地面に転がる小石をコツンと蹴り「はいはい分かったわよ」とため息混じりに言う。
「でももしもの時は呼ぶからね」
「分かった」
2人が別れるのを遠くに生える電柱の天辺から双眼鏡で見るベルナルドの手下は「いま別れました、一時間後作戦開始です」と持っている携帯で連絡すると店や砂浜でゆっくりしていた陰陽師達は動き出す。もちろん報告はベティとベルナルドの二人の耳にも届いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
― ベルナルドの屋敷 ―
「落ち着きぃご主人、バックに心強い人がおるからぁ」
カンナはだらだらと汗を流しながら腕を組んで部屋のなかをうろうろ歩く、「やっぱダメだ」「もう逃げたい」「絶対に失敗する」などを呪文のように唱えては深呼吸を何回もしている割れを見失う彼女を、心配する守護紙は羽をばたつかせこちらに気を引こうとした。
二人がそんなことをしているとベルナルドが鼻唄を歌い大きな箱を抱えて部屋にはいる。
「ミスカンナ?緊張するのは分かりますが今そんなこと考えてもしかたありまセン、どう対抗するか、それだけを考えてはどうデスカ?」
どっこらせとベッドの上に奥大きな段ボールに
「重たそうね、何が入ってるのよ」と近寄る。
「きっと懐かしいと思いマスヨ……タラーン!」
段ボールから出したのは、ピッカピカに綺麗に磨かれた薄いアルミ製の胴鎧だった、見るからにイベントなどで使われるレプリカで戦闘ではただの重りでしかなさそうだった。
「なにこの薄汚いの」
「ありゃ!忘れましタカ?」
彼が「初心者の陰陽師がつけるものデース」といった瞬間に「あ!あれね!」とてを叩く。
「この道具は妖術を上手く操れない陰陽師が始めにつける物ですが、今のカンナさんには肉体を傷つけないように必要なアイテムデスヨ」
カンナは鎧を覆うように細かく刻まれた文字を懐かしむように指でなぞる。
「ありがとう、使わせてもらうわ」
「まだ8割しか回復してないので絶対に無茶だけはしないでくだサーイネ?」
鎧を着る彼女に「似合ってマース!」とグッドサインをした。
「ほんとに大丈夫かしら……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
― 健二の家 ―
緊張しているせいか行き交う人達が全員自分たちと同じで変装している魔女ではないかと思い、カンナは思わず周りを警戒するように見る。
「ミスカンナ?怪しいデスヨ、自然体デース」
「わ、分かるわよ」
1時間が経ち、1人、2人と徐々に妖力をかくした陰陽師が歩き始めて、あっという間に狭い道路はベルナルドの手下達で埋まる。佐知子は誰かとすれ違う瞬間、由依香からもらった札を健二の家ドアに向かって投げる。
がドアに張り付く前にスパンと綺麗に真っ二つに切られる。
「あらあらダメよ、ひとの家にゴミをつけちゃ」
トールだった、初めから読んでいたように彼女はスッと姿を現すと周りから15人の洗脳された金縁ローブの魔女達が姿を現した。
「ちっ、包囲されたか」
「あのバカ猫も結構な人数を用意したものね、よくもまぁ」
一人一人、覚えるように顔をみて「こんなゴミを集めたもんだわ」と不適な笑みをこぼす。
「ゴミ?それはどうだか」
全員は手のひらを合わせ「起爆!」と唱えるとあら揺るところに張った罠札が爆発し電柱が折れ地面や壁をが破壊される。
魔女達が爆風に目をそらした隙をみて「今だ!行け!」と走り出した。
「行かせるか、ムーロ!」
全員バリアを張って倒れてくる柱や飛び散るコンクリートの破片や煉瓦を防ぎ陰陽師達の攻撃を避ける。
「ッチ!」
「あまいのよ」
ドアを開けようと向かう1人の女性の前にトールは立ちふさがると間合いをつめ腹部に拳を入れようとすると女性はバックステップで避けた。
「ほかの陰陽師と比べて少しは楽しめそうねツェンプファン!」
女性の後方から槍が生成されると後頭部を狙い飛ぶ、近距離から放たれた槍に避けられないと死を確信した時だった。
「オネエサンに任せなサーイ!」
両手に握る刀で数本の槍を粉砕する。
「お願いします、ベルナルドさん」
「なーるほど、こいつがリーダーか」
「イエース」
ベルナルドは一瞬でトールの背中をとり蹴り飛ばそうとするが、ひらりと避けられて懐に入られると手のひらを鍛えられた腹に打ち込まれる。
彼の巨体は軽々中に浮き畳み掛けるように魔法で生成した剣を投げる。
「逃がさないわよ!ブリッツ!」
ドアに向かう佐知子の目の前に雷が落ち足を止めた。
横から迫ってくるトールのオノを腰を低く紙一重で避け、ジャンプして右から来るオノを避けた。
「逃げることは上手いのね」
「そりゃありがと」
1枚の札を攻撃を避けつつ地面につける
「煙幕!」
黒い炎につつまれた札は一瞬で大量の煙を出し健二の家の回りを黒い煙の海にする。
「アメール・ラモア」
視界を奪われるトールは呪文で佐知子の妖力を関知する、がそれはベルナルドも同じことをしていた。
「ック!」
黒煙の中からベルナルドの大きな刀の刃が振り落とされる。
「レディーのお腹を殴るなんて酷いデース!」
「あんた男でしょ、ヴィント・クライメット」
自分の前方にいる敵も味方も構わず黒煙と共に風魔法で吹き飛ばす。
「邪魔物は消えたは消えたわ」
ドアノブに手を伸ばす佐知子を勢いよく蹴り飛ばし塀にめり込ませ、畳み掛けるように大地を蹴って間合いをいっきに縮めるとオノを生成して振り上げた。
背中・あばら・足と首から下がほとんど折れていてなすすべもなくなった彼女は「カンナ!」と呼び、唯一生きてる右腕で由依香の札を投げる。
すると呼ばれた彼女は風のようにネコの姿で出てくると人間の姿に戻り投げられた札を受けとる。
「コイツ!」
カンナを追いかけようとするトールの細い腕を握り佐知子はニヤリと笑う
「お嬢ちゃんは私と
「
「アシュリー!猫が家に入った!」
その言葉は爆発音にかき消され二人とも跡形もなく、消えていった。
「ごめん、佐知子」
ドアを開けるとトテトテとリリィが来る。
「あれ?かんなおねえちゃんどうしたの?」
「ちょっとね、アンタは何処かに避難してなさい」
急いでそういい例の部屋に向かおうとするが、事情を知らないリリィは腕を引っ張り「ねぇなんで?なんでなの?」と不思議そうな顔をする。
「なんでもな……」
その瞬間、言葉が途切れリリィの声や周りの音がピタリと聞こえなくなる。
「ほんと、やってくれたわねぇ」
そう素の姿のアシュリーが玄関にいたのだ。
(どうする……十中八九アイツには勝てない、でも逃げられないしアイツの弱点は……)
必死に思考を巡らせるカンナはあることを考えた。
「少しでも近づいてみなさい!この子が死ぬわよ」
人質、後ろ腰に差す小刀を抜きリリィの首に押し当てた。
「お、おねえちゃん?ああああぶないよ」
ビクビクと震えて蚊のなくような声で言う彼女に心を痛めながらも「さぁどおする!」と脅した。
「あまり私を怒らせない方がいいわよ?」
アシュリーの殺気はカンナに絡まりつき背筋が凍り思わず足がすくみそうになるが歯を食い縛り、目線を外さずに睨む。
「おねえちゃん!たすけて!」
アシュリーに助けを求めるリリィ、「当たり前でしょ今すぐに助けますとも」と地面を蹴りカンナの目の前まで間合いを縮め、リリィに押し当てている小刀を奪い取りリリィを自分の後ろにやると思いっきり蹴り飛ばし壁を破壊し外へ出す。
「リコリs……君は私から離れないように」
「う、うん」
「あら?リコリスって呼ばないのかしら?」
ゆらりと歩いてくるカンナは何故か笑っていた。
「サリオ……」
白いドアに青白く魔方陣が浮き出る。
ミシミシと木のドアが軋み始めるドアをみて、まさかとアシュリーは止めようとした。
その時だった、目の前に見えないがバリアが張られていることに気づく
「いい度胸ね、反黒灰の魔女」
握る剣を一振りしてバリアは破るがまた新たなバリアを張られて完全に足止めされた。
「クレ・キャーベ!」
ドアは破壊しバジリスクが現れ、金縁ローブを纏う魔女たちも姿を現した。
だいたい6人だろうか、2人は大きなバジリスクを一瞬で輪切りにし、残りの4人はカンナを囲む。
彼女達の今回の目的が分かったとき1つの疑問が生まれた。
「その娘をどうするつもり?」
カンナを気を失わせた1人の魔女はこちらを向くとニヤリと笑う。
「道具になってもらうだけ」
そう一言いうとスッと消えていった。
「道具、ねぇ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
― ルイズの船 ―
「う、うぅ……」
カンナは意識を戻しゆっくりまぶたを開け体を起こす、が手首と足首が拘束されていて体を起こすことができず倒れた。
「なにこれ」
すると「やっと目を覚ましたか?」と子供のような可愛らしい高い声が前から聞こえる。
声の方向をみると、逆光で見えなかったが、黒い影からリリィと同じぐらいの女の子だと気づく。
「あんた誰?」
「ん?妾か?妾の名を知りたければ自分から名乗るのが筋ってもんじゃぞ?」
「私はカンナよ、もと使い魔だから苗字はないわ」
「ふ~ん」と女の子は玉座のような椅子から降りるとカンナの目の前まで歩いてくる。
整った顔に青い髪に綺麗な赤い瞳、人形のような彼女はニッと笑う
「妾の名前はルイズ、ルイズ・マリベルじゃ」
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