第16詠唱 ハイエナ ー 上 ー

 深い紺色の空のした、ポツリ、ポツリ、とある街灯に照らされた薄暗い道をカンナは歩いていた。


「休まんでええの?朝から動きっぱなしやで」


 彼女の肩に乗りうつらうつらしている守護紙の言う通りで、腕時計を見ると短い針は3を指している。


 周りは人どころか猫すら見かけずカンナの荒い呼吸だけが淡々と聞こえた。


「良いの、あともう少し、あともう少しなのよ」

「明日にすればええんちゃう?」

「ダメよ、一秒でも遅れたらまた昔みたいに……」


 別れる前に由衣香に全身の筋肉痛と疲労を回復してもらったが、通常数日はかかる距離を妖力を消費して数時間で移動した為すぐに限界を超えてほとんど意識はもうろうとしまともに歩けていなかった。


 そよ風にもかきけされる声に守護紙はこれ以上言うのはかえって可愛そうだと思いなにも言わずに目を瞑る。


 どのくらい時間がたっただろうかやっと目的地に着いたのか「ついたわ……」と大きく息をついた。


 ついた場所は立派洋館で、田んぼが多いいこの田舎だからか、山の様に大きく見え守護紙はポカーンと口を開けた。


 そんな豪邸の門の前には、金持ちとは程遠いい膝に大穴が空いたジャージを着る、柄の悪いめんどくさそうな金髪の女性がこちらをみずに携帯を見ながら突っ立っている。


「そのゲーム面白い?通してくれないかしら」


 カンナは話しかけるがヤンキーの女性は舌打ちして無視をした。


「やめときぃやご主人、コイツただのヤンキーやで」

「コイツはこの家の使い魔よ」

「は?これが?」


 二人がぶつぶつ話していると「おい、なにブツブツ話してんだよテメェらしばくぞ!」と携帯から視線をはずして顔をあげる。


「しばく?あんたも出生したわねぇ」


 その声に門番のヤンキーは誰とはなしているのかに気がつくと手のひらを返したように強気な態度が消えた。


「あ、姉貴!こんな遠いところまでどうしたんですか?しかも凄い疲れてるじゃないッスカ!」

「理由は後で、とおしてくれない?」

「もちろんっすよ!」


 腰につけてる小さなリモコンを操作すると、見上げるほどの大きな門が異音をたてながらゆっくりと開く。


「うわぁ凄いなぁ」


 豪邸を囲む庭を見て守護紙は息をのむ。


 周りには絨毯じゅうたんの様に咲き誇る綺麗な花畑や不規則に置かれた石像、門を越えた瞬間不思議と空気が変わった。


 二人が広い庭を歩いていると、一目で日本が好きだと伝わる着物姿の外国人の男性が駆け足でこちらへ来る。


「オー!ミスカンナ!こんな夜遅くにどうしたんデスカ~?もうぼーろほーろネー!あぁ、はやく屋敷の中お入り、ちょっとあなた達!ミスカンナに暖かいスープと車イスを用意するのデース!」


 下に曲がる丁髷ちょんまげと着崩れた着物が飛び起きて慌ててきた事を語っていてカンナはすまなそうな表情をする。


「すまないわねベルナルド、夜遅くに悪いんだけど東の陰陽師の頭を勤めるあなたに頼みたい事があるの」

「なんデスカ?ミスカンナと私は!家族関係デース!なんでもこのお姉さんにたのみなサーイ」


 筋肉質の見た目の割りは男らしくない仕草や話し方に「陰陽師のヤツラは変わり者しかおらんのか……」と呟く


「でもお話は屋敷のなかでしまショー!とても寒いデース……」


 車イスに座るカンナと膝にちょこんと座る守護紙は屋敷のなかは外見とは違い和の1色だった、床は畳で長い廊下には兜がガラスケースに入り展示されている。


「頼みごとって異術師の事ですカ?」

「良くわかったわね」


 しかし彼の広い背中からはどこか不安なオーラを感じ、カンナも心のなかで期待が薄れていった。


「うちの風読み師が伝えに来たんデス、"命の恩人であるカンナが明日居なくなる"とネ」


 風読み師、それは過去・現在・未来そしてこれから起こり揺る事を吹く風から読み陰陽師を導く者のことを言うんだとか


「そう……」

「でも安心しなサーイ、家族をワタシは絶対に殺させたりしまセーン!」


 彼はカンナを安心させるように微笑みダイニングルームのドアを開ける。


「用件はここでゆっくり話しまショ」


 特注で作ったのか長い木製のちゃぶ台の前に正座をすると金色のスープとトマトの香りがするピザトーストが出される。


「そういえばミスカンナ、人間になったんですネー、でも不思議なのがローブの異術師達と同じ妖力を感じマース」

「ローブは着てないけど別の異術師に妖力を貰って人間になったの」

「なーるほど、命を落とす理由が分かりました

今日休まなきゃ明日誰かとの戦闘中に体が動かなくなってられるのかもしれまセーン」


 その言葉に「それ、由依香にも言われた」と熱いスープをフーフーと息を吹きかけ冷ます。


「猫舌なのは変わらないのデスネ~、でも彼女が言うのなら気を付けた方が良いでショ~」

「だから貴方達には護衛を頼みに来たの」

「ボディーガードデスカ?」

「そう、明日の朝ある異術師の家に襲撃しにいくの、おそらくその時金縁のローブを被った異術師が10人は確実に現れるからそいつらを蹴散らしてほしいのよ」


 ベルナルドは頷くと「しかし目的は?」と首をかしげた。


「ベルナルドはあの予言を知ってるかしら?この世界を大きく変える救世主が現れるっていうの」

「それならしってルヨ、でもそれと何が?」

「その救世主と思われる人を助けるためなの

その人は記憶をなくしていてその家にあるある部屋を開くことに成功すれば救世主は記憶を取り戻すことに成功することができるのかもしれないのよ」


 やはり今まで寝てたからか彼は大あくびをひとつすると「なるほど」と頬杖をつく。


「だいたいは分かりました……でもそれなら私たちに任せてカンナは寝ててくだサーイ」

「それができたら良いけどね」

「なにかあるんデスカ?」

「部屋のドアは異術でしか開けることができないのよ、そしてその異術を使えるのは異術師の力を待つ私だけ」


 スプーンの先でベルナルドを指し「つまり私がいなきゃいけないってことなの」と彼女も行くのがやなのかため息をつく。


「ナルホド、因みに家のドアはどんな術で封じられてるのデスカ?」


 彼女は腰につけた長方形のホルスターから由依香から貰った数枚のお札をベルナルドの前に置く


「家のドアはみどり罠札びんふで守られてるからその札で開けることはできる」

「ならワタシ達が家のドアを開けマース!

ミスカンナは合図をしたら来てくだサーイ、オーケー?」

「でも……」


 また昔の苦い記憶が頭をよぎり素直に「オーケー」とは言えない彼女にベルナルドは優しく微笑む


「ミスカンナ、貴方が焦る理由は分かる、頼りっぱなしが嫌なのもよーく分かりマース


でもね、今自分がどんな場所に足を踏み入れているのかを分かってくだサーイ、今の貴方は異世界にいると言っても過言ではない所に居ます。


魑魅すだまとは違い異世界の人間を相手にしているのデース、もう一人では解決できないのデスヨ、ワタシ達を道具だと思ってもいいデース、だからもっと自分を大切にしてあげてくだサーイ」

「私はやっぱり一人じゃなんにも……」


 スープにゆらいで写る自分の顔を見て悔しそうに持ってるスプーンを握りしめ歯を食い縛る、そんな彼女を見てベルナルドはノッソリと立ち上がると隣に座りギュッと太い腕で抱き締めた。


「一人でなんでもできる人間はほんの一握り……いや小指に盛られた砂糖程度デース

人間が言葉を話せるのはお互いに助け合うためなのデース

やってはいけないのは一人でなんでもする事デース」


 彼の優しくて暖かい言葉に自然とツーと涙が頬を伝う、泣いてる顔を隠すように隣に座る彼の胸に顔をつけた。


「怖かった……お願い、私を助けて」

「良く今まで頑張りましたネ」

「貴方は死なないでね」

「ワタシ達陰陽師は人のために命を燃やす生き物、陰陽師にとって死はファミリーみたいなものなのデース、辛いでしょうけど貴方ももう使い魔ではなく一人の陰陽師そこで目をそらしたら駄目デスヨ」

「分かってる、分かってるけど……」

「大丈夫、ワタシは強い、なんたって東の陰陽師のリーダーですからネ!ベルナルドは死なないデス、"死"だけに」


 不思議と冷たいジョークはカンナの心を温め彼女に笑顔が戻る。


「ありがとう、なんか安心したわ」

「なら良かったデース、で?明日は何時ごろに何処に襲撃をするのデスカ?」


 カンナは表情を引き締めて「明日、朝10時30分に神奈川県横須賀市東浦賀5丁目45-60の家へ襲撃する」そう言い「こんな事に巻き込んでごめんなさい」と言葉を添えて貰った札を渡した。


「すべて終わったらまた温泉に行きまショ」

「終わったらね」


 絶対に叶わないと分かっていたが、お互いに約束を結んだのだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ー 東浦賀


 健二アシュリーは胸元でスースーと寝息をたてるリリィを起こさないようにどけると窓を開けて庭へでる。


「話ってなに?」


 縁側で腰を下ろすトールは健二が来るなり聞く


「呼んですまないね、実は例の猫が僕が留守にしてる間に侵入しようしてたらしいんだ」


 札の燃えカスが入ったジッパー袋を渡す、見ただけだとただの紙の燃えカスだと思うが袋を開けるとふわりとカンナの残り香に似た妖力が鼻先につく


「確かにアイツね」

「そう、アイツだ、おそらく明日も来るかもしれないから僕が仕事にいってる間は見張っといてくれ、リコリスあのこも微かだが不意に記憶が甦ることがあるらしいからこれからは更に気を付けなければな」


 星の出ていない空を眺めつつ重いため息をひとつ。


「もうそろそろリコリス様が記憶を取り戻したときの覚悟をしときなさいよ、もうこの家族ごっこも長くは続かないから」

「分かってるさ」

「じゃあまた魔女を使わせてもらうわよ、なんか嫌な予感がするしね」


 猫目を細める彼女に「同感だ」と頭を撫でた。


「何人でも使っていい、捨て駒に過ぎないからな」

「分かったわ、じゃあ私は今から表の世界に行くとしますか」


 縁側から地面に降り手から箒を一本出す。


「あの子の心配だけじゃなくて自分の心配もしときなさいよー!」


 そういうと箒にまたがり砂煙をたてて飛んでいった。


「家族ごっこか……」


 ふとベティの過去に言われた言葉が耳の奥で響き「それぐらい遠の昔に覚悟はしてるさ」と魂のような白い息を吐いた。

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