第13詠唱 極黒の深海に溶ける蝶
「う、う〜ん......ここは?」
無重力にも似たフワフワとした感覚に、ものに触れても麻酔を打たれた様に何も感触のない感じにすぐに今いるところが夢の世界だと気がつく。
しかしいつもは浜辺だが今回は無音で墨の中にいる様にただ果てしなく真っ黒い空間で、一歩踏み出せば足音がこだまする。
「いつもとはちがう......」
怖くなったリリィはしゃがみ込む、その時遠くにキラリと一瞬光った。
とにかく明るいところに行きたいと思ったからか、自然と足がそっちの方へ走ってリリィを連れて行く、走る彼女を呼ぶ様に光も点滅する。
「つい......たの?」
肩で呼吸し辺りを見渡すと、カランと恐らく光の正体であろう鏡の破片が目の前に落ちた。
「かがみ?」
自分の顔の一部がいっぱいに映る破片を恐る恐る突っつくと突然スポットライトがリリィと恐らく破片の主であろうインテリアの一部ではなく鏡のために産まれたと言わんばかりに無駄どころか縁もない、よく磨かれた楕円の鏡を照らした。
(何か映ってる)
暗い空間のはずなのに鏡は松明でオレンジ色に仄かに照らす牢獄を映し出していた。
リリィが覗き込むとまるでそこにいる様に映し不思議と自分のいる何もない空間から牢獄特有の腐った水や人肉の生臭いにおいがしてくる。
鏡は回転するのか手が当たると少し左に傾き、奥の方に自分と同じぐらいであろう黒い肌が特徴的なエルフの様に尖った耳に絵に描いたような鷲鼻の少女が蹲(うずくま)ってるのに気づく、
リリィは反射的に後ろを振り向くがもちろん黒い風景しか見えないが、もう一度鏡を見ると少女は確かにいた。
鏡の中の彼女も気づいてゆらりと立ち上がる、全身を隠すように伸びきった油の乗ってない黒髪がどれだけそこに居たのか語っていた。
手足は小枝、いや針みたいに細くボロ雑巾の様な服から覗かせる脇腹はハリボテの様だった。
その幽霊の様な気味の悪い少女が怖くなり目をそらすと一瞬で背後に現れた。
「呪縛の魔法陣にヒビを入れてくれて、ありがとう......」
髪の隙間から見えるニタリ上がる口角、光が無く濁った眼、リリィは震え上がり言葉を失う。
「私は貴方、私は封じられた記憶、私は封じられた力、失った本当の姿......ふふふ、驚いた?」
本当の自分、そう語る彼女に確かに怖いと思うが何処か懐かしさもあった。
「あ、あなたはわたし?」
「そう、私が本物の貴方、早くここから出してよ…貴方ならできるはず」
スルスルとリリィの細い首を蛇の様に絡みつく腕は、気のせいだがひんやりと感じた。
「そ、そんなこといわれても......」
「思い出して、あの時の事を」
「まだ復讐は終わってない」、それだけ残り香と共に耳の奥に残し砂となって消えて行った。
「っは......」
目が覚めると真冬にもかかわらず額からは変な汗が流れ枕は濡れていた。
「ふくしゅう......」
最後に残した彼女のメッセージは何だったのか、首をさすりながら呟く。
「あれ?しゅごしさんがいない、どこだろう」
枕元か頭の上にいるシワシワの紙でできた鳥は居らず、それどころか休日にも関わらず健二の姿さえ無かった。
「みんなどこにいったんだろう......」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
- とある町
「ご主人、こっちや!」
守護紙はピョピョイッ!とカンナを呼ぶ、二人はリリィの家から遠く離れた町に居た。
そこは特に特徴は無く、工場かどこかで複製されたのか似たような顔の真っ白な家がズラズラと並び、時々綺麗なこれもまた真っ白な病院やコンビニが建っている。
「何このゴーストタウン......悪夢の中にでも居るみたいね」
「せやなぁ…ウチが歌でも歌おうか?」
「いいわよ、別に」
特徴どころか人もいないのか風や呟くように立っている木の揺れる音がやけに大きく聞こえる、もしかしたらこの街の特徴は特徴が無いところなのかもしれない、白紙の世界の様だった。
二人は黙り込み歩く事40分経っただろうか、やっと一人のシスター服の女性を見つける、その人物も二人を待っていたのかカンナの猫耳とニョロンと生える尻尾を見ると手をひらひら振ってゆっくり近く
「お待ちしてましたよ、貴方が美羽さんのお友達のカンナさんですね」
その女性は以前、美羽の記憶を封じる魔法陣にヒビを入れたサメロだった。
「遅くなりすみません」
「しょうがないですよ、この町は迷う様に作られてますから」
「迷う様に?」
「はい、ココは元々ひとが住む場所じゃありませんから」
「じゃあなんの為なんですか?」
「わたしも詳しくは知りませんが、ある陰陽師の人が魑魅(すだま)達を集める為だとか、まぁ人々は気味悪がって悪夢の町とかって言ってますけどね」
困った表情でフフフと笑い頰をポリポリとかく、カンナは風の吹くこの町を見渡し「悪夢…ねぇ」と呟いた。
サメロ曰(いわ)く、町に住んでるのは自分と他の3人だけでコンビニや病院はこの国で流行っているAIで機能しているらしい。
「人類が衰退したらこうなるのかしらね」
「静かで退屈をしますけど良いところですよ」
そう彼女は言うが「幼女がいなくて寂しいけど」とため息混じりにボソリと言う、そんなこんなで歩く事数分で教会に着く、もちろん教会も真っ白く太陽の光が当たると神々しく見えた。
「こちらです」
「中は意外としっかりしてるのね」
「外見の真っ白とは打って変わって西洋って感じやな」
部屋はココしかないものの、上を見上げると目がくらむほど高い天井に宗教画がデカデカと描かれていた。
周りを見るとレンガの壁にレトロな薪ストーブ、そしてツヤのある教会の長椅子などがありドアをくぐるとファンタジーの世界にでも迷いこんだ気分になった。
(人がいない町にこんな立派な建物を作るなんて勿体無いわねぇ)
周りを眺めながらそんな事を思ってるとサメロはカンナの心を読んだのか「人がいないからこそですよ」と笑顔で言う
「魑魅の退治を手伝うっていったら、タダで作ってくれたんですよ」
「へ〜そんなお金持ちな陰陽師も居たんですね」
陰陽師は金がもらえない上に札などの道具は高い為、そこまで皆お金を持っていなかった。
「それで?聞きたい事はなんでしょう、美羽ちゃんに関する事ですか?」
サメロはよっこらしょと長椅子に腰をかけて隣にカンナを座らせる。
「この魔法陣なんですけど、異術師のサメロさん解き方分かりますか?」
「なるほど、どれどれ......」
渡された魔法陣が写された写真を見て直ぐに「なるほどね」と全て分かった探偵みたくニヤリと頷く
「これは私達とは別種族の魔女という種族が使う封印魔法です、しかし厳重ですねぇここまでするなんて」
「厳重?そんなにですか?」
「そんなにですよ、触れたら弱い雷魔法が起こり、破壊しようとするとバジリスクが召喚されるようになってますから」
「バジリスク......ファンタジー系の本で読んだことがあります、架空の生き物だと思ったけど本当にいるなんて」
本に描かれていた鎧の様に硬い鱗に覆われ鋭い牙を持つ巨大な蛇が頭に浮かび固唾を飲む
「私もこの魔法を知ってるだけで解き方は詳しくは知りませんけどとりあえずこの魔法を……っと」
いつも持ち歩いてるのか、シスター服の裏ポケットからペンと手の平サイズのメモ帳を出してツラツラとこの世界ではない文字で魔法を書く
「それがあの魔法を解くものですか?」
「そうですよ、でもこの世界の人が唱えたところで使えるかどうか......」
サメロから受け取るメモを見るて目が点になる。
「ナニカイテアルンデス?」
「え?あ、すいません向こうの世界の言葉で書いてしまいました」
直ぐに渡したメモに翻訳したのを書く
「クレ・キャーベ、です封印魔法を解く時によく使う魔法なんですよ」
「魔法っていうのは札とかじゃなくて口で発動させるんですね、異術も面白いわ」
すると1人のシスターが来てサメロに一言伝える。
「もうそんな時間なのね」
残念そうに鼻から息を吐く彼女に「どうかしたんですか?」と聞くが何も答えず天井に描かれた絵を眺める。
「カンナさんは何故異世界から来た美羽ちゃんをそこまでして守ろうとするんですか?」
突然の質問、カンナは答えを探す様に下を見る。
「うーん......何処かに消えちゃった私のご主人様に似てるからですかね」
「なるほど、その人はどんな人だったんですか?」
「黒い部分がなくお人好しでどこまでも優しい人です、私とは真逆の存在、たぶん見た目が似てるから守りたくなるんでしょうね」
「そう、裏切ったり見捨てたりしませんか?」
クスリと笑い「そんな事できませんよ」と言うとサメロは「貴方に決めました」と再び笑顔になる。
「決めた?」
「はい、貴方に私の力を全て授けましょう、ですからあの子をお願いしますね」
彼女は首をかしげるカンナの両手を握り魔法を唱え始める
「リブロ・シャルム......」
握られたしなやかな手から見えないがビリビリと感じる、不思議と気持ちよく落ち着く様な温もりを感じる
「マージア・ツァオバークンスト」
全てを唱え終えた時カンナは自分の体に熱い何かが作られるのを感じた。
「私は直ぐに消えますがいつでも貴方のそばにいます」
自分の唇に人差し指をつけてカンナの額にチョンつけると、額に十字のマークが刻まれてさっきまで生えていた猫の耳や尻尾が消える。
「長きに渡る冒険に神のご加護があらんことを......私の大好きなあの子を悲しませたら許しませんからね」
そう言い残しサメロは白い光の粒子になってふわりと消える。
周りにいた3人はこうなる事を元々わかっていたのか、
変身して「カンナさんは裏のドアからお逃げください」と冷静に言う
「貴方達、サメロさんの仲間じゃなかったの?なんでそんな冷静に居られるのよ」
「彼女があぁするのはもともと分かってたんですよ、それに私たちは今くる来客によって殺されますから」
彼女の瞳には光は無くそこに残っていたのは死ぬ覚悟だけだった。
「来客?」
「はやく!」
その時だった、ドアが開いてコツコツとハイヒールの音が響いた。
「フフフ......人がいないこの町に教会があるなんて驚いたわ〜、しかも魔法少女と魔女が営んでるなんてねぇ」
腰まである雪の様に白銀の髪に尖った耳、そして黒い肌が特徴的な女性はニタリと笑う
3人はカンナを守る様に前に立ち、一人だけ彼女と同じ黒い色の肌の女性はこちらを見る
「さっきの封印魔法、教えてもらったやつにサリオをつけなさいそうすれば絶対に解けるから」
「まったく、困った子ねぇ〜」
女性は両手に魔武であろう白い片手剣を出し大股で一歩踏み出すとあっという間に3人の眼の前に立っていた。
「悪い子は体で教えなきゃね、駄目だぞ」
三人はピクリとも動かず女性がデコピンをすると蛇口を捻ったように血が吹き出し崩れ落ちる、あれはただ間合いを詰めたわけではなく、一瞬で攻撃をしていたのだ、その証拠に白かった剣は真っ赤に染まっていた。
勝てない相手、今までの経験かそれとも本能かそれを察し、逃げようとするが足が動かなかった。
だめだ、定声できない相手、殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される、その思いが見えない鎖に変わりカンナをがんじがらめに縛りさらに動けなくさせた。
「あらあら〜可愛い可愛い猫ちゃん......こんな所に何をしに来たのかしらねぇ」
剣を消して微笑む彼女から溢れ出る殺気が彼女の精神を蝕み恐怖の谷は突き落とす。
そんな絶望に震えるカンナの頰を撫で「私、可愛い子は好きなの」と顔を近づける、彼女からふわりと香るシャンプーの匂いは思考を停止させた。
「ん?どうしたの?お話ししましょうよ」
「あ、あぁ......」
「なぁに?緊張してるのかな?」
カンナの膝の上に乗せて座る。
「貴方と会うのは初めてじゃないのよ?ん?
忘れちゃったかなぁ?」
両腕で抱きしめるとうなじ辺りに鼻を押し当てて深呼吸をする。
「ねぇってばぁ、無視されるの、傷つくんだけどなぁ」
不敵に笑う彼女、その時神社の"あの光景"を思い出しそれと同時に女性が誰かも思い出す。
「け......けんじ...」
「ふふふ、その名前はこの世界だけ、本当の名前はアシュリー・バレッタ、あの子にはナイショよ?」
健二、いやアシュリーはそう言いカンナの左手の薬指に生えてる爪の間に、魔女の様に尖った自分の爪を食い込ませる。
「お・へ・ん・じは?」
顔を真っ青にさせただただ何度も頷くのを見て、耳元で「言葉で言ってくれなきゃ分からないな〜」と食い込ませる爪を更に奥に入れた。
その瞬間釘が刺さった様な激痛が走りカンナは鼓膜が割れる様な悲鳴をあげる。
ジワリと滲み出る赤い血、アシュリーは楽しそうに笑うとワザとらしく「手が滑った」と食い込ませた爪を上にあげて薬指の爪を剥がす。
「や…やめて......ゆるして」
「あれれ〜?あの子の事を守るんじゃなかったんだっけ?フフフやっぱり人って信じられないわね」
片手で頰を挟み口が閉まらない様にしてから長い指差し指で唇をなぞってから口の前に置く
「ごめんなさい......ごめんなさい......」
「だーめ、嘘をつくお口はちゃんとお仕置きしなきゃ、ね?」
フフフと笑う彼女、氷の魔法で指先からゆっくりと氷柱が伸びる。
「また可愛い声で鳴いてくれるのかしら?抵抗しないなんて攻められるのが好きなのねぇ〜、可愛い顔して変態さん?」
クスクスと楽しむ様にカンナの耳を舐めては「ねぇ、なんか言ってよ」と煽る。
「ゔっ!......ゴフッ」
伸びる氷柱が喉ちんこを刺さり激痛でもがくが頰を固定してた手で体が固定され、ビクともしなかった。
氷柱を噛み砕こうとするが鋼の様に固く、口からはツーと唾液と混じった血が流れる。
「あらあら、汚わいねぇよだれを垂らすなんて、駄目でしょ?美羽ちゃんよりもお姉さんなんだから」
「オ゛……オ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛」
氷柱は喉ちんこを貫きそのまま喉の奥へと行き思わず吐いた。
「フフフ、いつも強気な猫ちゃんがここまで壊れちゃうなんて……見ててゾクゾクしちゃう」
魔法を消し右手でカンナの引き締まった太ももを揉んで息を荒くする。
「不思議ねぇ、殺そうと思ってたけどこんな顔されたら生かしておきたくなっちゃうわ〜
魔女はねぇ、男を知らないから女の子を恋愛対象にしちゃうのよ」
体を抱いていた左手の細い指が股に食い込む、隙を見つけたカンナはカスれる声で「今よ、守護紙」と言う
「よう耐えたな、後はウチに任しぃ!」
守護紙が羽を広げると、体のシワが少し減る代わりにカンナを光で包み何処かへ飛ばした。
「あらあらまだ誰かいたの、まぁ良いわ殺すのはまた今度にしましょう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
― カンナの寺の前
「ゴメン、ね......アンタは命が短いのに」
守護紙は命を削り3回まで妖術を使うことができ、使い切るとシワがなくなりツルッとした白い石膏像になるのだとか
「ええんやで、少し命が削れたぐらいどおってことはない、それよりご主人の方こそ回復した方がええよ!」
「そうするわ、とりあえずアンタは戻っていいわよ明日アイツが居なくなったら教えなさい、あの扉をこじ開けにいくわ」
そう命令して治癒札(ちゆぶ)を適当な場所に貼ると全身の傷がジワジワと消え喉の調子も素に戻る。
「頼むわよ守護紙、たっ頼みの綱はアンタしか居ないんだから」
「はいよ、じゃあ今日はこれで」
守護紙が空へ飛びさると「やってしまったな」と高雪の声が背中に当たる。
「分かってるわよ、自分が何をしたかってことぐらい」
「カンナの主人は私じゃないから良いけど、飼われた妖魔が他人の魔力で人間になるってことは主人の裏切りを意味するからな、大切な人だったんだろ?これからは気をつけなさい」
血まみれの彼女を優しく大きな手で撫でる。
手のひらの温もりがさっきまで生死の狭間にいて緊張した心を解れ安心したせいか涙が一筋頬を伝う
「それぐらい分かってるし」
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