第12詠唱 ようこそ鏡面世界へ -下-

「私の娘を頼むよ」


 紺色のスーツに身を包む男、健二だった。


 彼は睨むカンナににこりと笑い追ってくる魔女の前に立つ、健二に気づいた3人はなぜか止まり、じっと睨み合った。


 お互いの眼から放たれたのは殺意ではなく別のもので、まるで目で会話をしているようだった。


 周りの自然音がプツリと途絶え冬の寒ささえも消える、沈黙の数分後金縁の魔女達は翻し飛んで行った。


「まったく、困ったもんだ」


ハァ…と安堵の息を吐くとリリィを抱えるカンナへ近づく


「娘が世話になったね、ありがとう」


微笑みの裏に黒いモノを感じたカンナは、リリィを受け取ろうと手を伸ばす彼から距離を取り警戒する。


「ハッハッハ、困ったねぇ……

私は怪しいものじゃ無いよ、その子の親だ」

「ツン子、あの人に返せよ」

「アイツはウチの陰陽師達を殺して、美羽ちゃんの記憶も消してるヤツよ、あの笑顔は嘘、バカなあんたも気をつけなさい」


 健二はその事に「まったく、まだそんな事を…この世界じゃ死ぬ事がそんな珍しいのかい?」と呆れたように溜息をつく


「そんな事?」


 札の入っているホルスターに手を置いたその時、「そんな所で何突っ立ってるんだ?バカ孫」と耳をつく大きな声の後のっそのっそと歩く亀の上に乗り翠がやってきた。


「腹が減ったぞ……って何してる?誰だそのスーツの紳士は」

「ごめん婆ちゃん!、例の女の子のお父さんみたいなんだ」


 その言葉に「なるほど、2人同時に来るとはいい機会だ」とニヤリと笑う


「そのスーツの紳士も連れてきなさい、今はお昼が先だべ」


 カンナは「ッチ」と鋭い眼光で微笑む健二をにらむ


「ではお言葉に甘えさせてもらいますか」


 そんな彼女は無視して健二は寺の鳥居をくぐり翠の後ろをついていく。


「礼司」

「ん?なんだツン子」

「あの人に気をつけなさい」


礼司は異術どころか殺気すらも感じない健二がそんなに危ないのか理解できず首を傾げた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「はぁやっと食べれる、いただきます」


 健二達は二つあるうちの二階建ての日常生活で使うごく普通の家に移る。


 気絶をしてるリリィを寝床のベッドに寝かせて全員は昼飯にする事にした。


 カンナは警戒してるからか猫の姿に戻らず人間の姿で健二をにらむ。


「しかしこの魚料理は美味しいですね

うん、うちの祖母の手料理を思い出しますよ」

「カッカッカ!そうかいそうかい、お前さん噂とは違いすぎるほどの良い男じゃないか、私の料理を褒めたのはお前さんが初めてだよ」


 カンナは食べる度に表情を変えながらも平然を装いパクパクと食べ、礼司は料理をかき込むと噛まずに飲み込み涙を流しながら口治しにお茶を何杯を飲む


「健二さん、アンタ本気で言ってるのか?」


 耳打ちする彼に「あぁ、あの子にも食べさせたい程だ」と笑顔で答える。


「健二さんはほんとお世辞がうまいな、いつもは礼司が料理をしてくれててな久しぶりだったから心配だったんだがよかったよかった!ハッハッハ!カンナはいつまでそんな顔をしてるんだ?健二さんに失礼だぞ」


 翠の隣に座る彼女は「コイツが出てくまでです」と目の前に座る彼に更に強い殺気を送る。


「健二さん何かしたんですか?」

「僕は彼女のお寺に行って参拝をしただけだよ、ついでにお世話になってるから手土産も持ってね」

「ふーん、ツン子はいつもツンツンしてるからな、なーんだいつもの照れ隠しか」


 礼司は、あの時の事は知らない為特にする事はなく"良い紳士"で片付けた。


「アンタってホント脳内お花畑ね!だからニートなのよ」

「ニートは余計だ!ニートは!」

「ハッハッハ!この賑やかな感じ、

はーあ……あの子もここに居たらなぁ」


 少し影の落ちる健二の顔を翠はちらりと見る。


「あの子っていうのは美羽ちゃんのことかな?」

「そうです、あの子は親に捨てられてね私が拾ったんですよ、美羽の食事相手は私だけだから芯から暖かく賑やかな食卓というのはまだ知らないんです……ってすみませんねせっかく食事に誘ってくださったのにこんな暗い話をしてしまい」

「構わんよ、そうだ健二さん、時間があるんなら他の部屋で話さないか?美羽ちゃんの事が知りたくてな」


 彼女の眼からある事を悟り、健二は「こんなおじさんでよければ喜んで」と白い湯気の立つお茶をクイッと飲んでから席を立つ。


 カンナもついて行こうとするが翠に「ここで待ってろ」と言うように肩をポンっと叩かれる。


「さて行こうかな、礼司はカンナと皿洗いを頼んだぞ」

「うぃーす」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 二階へ上がると一つだけ魔物を封印するように文字が縦にビッシリと彫られた周りのドアとは違い一際目立つ木のドアが健二の目に入り翠はそこに導いた。


「なんですこの部屋?」

「ハッハッハ、やっぱり驚いたかこの文字は室内の部屋の音を消す術なんだよ、陰陽師ってヤツは皆疑い深い性格でね、コレは盗み聞きされない様になんだ」


 古くなって文字が無くならない内容にかニスが何重にも塗られ、自分が映るほど光沢のあるドアに「これがねぇ」と感心した様に顎をさする。


「ほら、入りなさい健二さん」

「すみませんお邪魔します」


 部屋は特に怪しいものはなく、本やテレビが置いてあり床を見ればクシャクシャに丸まった札やちり紙などがそこら中に転がっている。


 大事な話をする部屋というよりかは日常的に使ってそうな部屋だった。


「たいしたものじゃ無いがコレをどうぞ」


 冷蔵庫からりんごジュースとオレンジジュースのペットボトルを二本取り出すと「今日はりんごジュースの気分だから健二さんはこり」とラベルの剥がされた綺麗なオレンジ色のペットボトルを手渡す。


「これはこれはありがとうございます

しかし大事な話をする為の部屋とは思いませんね」

「まぁな、私自体ああいう硬い部屋が嫌いなだけだ、

がそういう客も来ないからここは礼司の仕事部屋だよ」


 「見ないうちにこんなに散らかってるとわ」と呆れたように見渡すと、ある一角に珍しい色のしたクモが一匹フッと視界に入り気になったのかジッと見る。


「どうかしましたか?」


健二も翠の眺める蜘蛛を見ると「綺麗な蜘蛛ですね」と言う


「蜘蛛…ねぇ、窓の隙間から入ってきたのか」


 開けた覚えのない少し開いている窓を見て怪しむように彼女はポツリと呟きキャップを外して一口飲むと「それより」と本題に入った。


「アンタはなぜあの子を高雪の寺を襲ってまで縛るんだ?私の勝手な思い込みかもしれないがアンタは戦うのには向いていないほど優しい」

「ふぅ……そうですね、ざっくり言えばあの子を幸せにさせてあげたいから、でしょうか」


 手に持つペットボトルをワイングラスの様にゆっくり回しながら言う、彼の言葉には嘘偽りがなく翠は更に面白く感じ探るように眼を細めた。


「時間はある、しかも健二さん、目の前のあんたは人形だろ?あんたも時間があるはずだから遠慮はせず教えてくださいな」


 そう言うと健二は「やはり見破られてましたか」と言い、ちらほら見える白髪混じりの黒髪オールバックや右の頰に刻まれた大きな傷跡などが消え化け猫の様に健二の姿から目も鼻もない人形に変わる。

一言で例えるなら”コンニャク”だ


「では改めて、美羽はこの世界以外のもう一つの世界に住んでいて、昔は魔族の国の王女だったんです。


魔族の中でも魔女は特殊で、男がいない為性行ではなく己の魔力で自然と子供が生まれるんです。

あの子は生まれつき魔力、ここで言う妖力が凄まじく高く、もしもの事を恐れた女王は生まれて物心をつく前に地下の部屋でメイドに育てる様に命じました。あの子は将来魔王になるという予言によって、

その後更に成長した美羽は地上で暮らす代わりに兵器として扱われるようになりました。


初めは言うことを聞いていましたが、ある戦場で敵も味方も殺し暴れて母親である女王でも手がつけられなくなり、彼女は呪術で眠らされて地下牢に監禁され、その間に女王が指揮をする暗殺計画が立てられ、更に裏では王女側の魔女達が救出計画を立てました。


結果は私とあともう一人を含む救出チームが勝ち女王の死とともに国は他の種族に支配され残党が何処かへ逃げて、美羽と僕ともう一人で転々といろんな街・町・村を放浪しこの世界へたどり着いたのです。


あの子は人の温もりを知らない、だから記憶が戻ればきっと憎しみが積もるこの世界に復習をするでしょう……」

「予言通りって事か」


 その一言に人形はピクッと肩が動き小刻みに震える。

顔がなくても分かった、怒りだ


「予言?そんな言葉で簡単に片付けるな!

あの子がなるんじゃない!世界が小さなあの子を巨大な怪物に変えたんだ!」


 自分の張り上げる声に我に返り「すみません、とつぜん怒鳴ってしまい」と落ち着かせるようにゴクゴクとジュースを口にする。


「私こそごめんね無神経な事を言ってしまった、あの子に昔の辛い記憶を思い出させずごく普通の女の子として過ごしてほしいから健二さんは過去の記憶を封じるのか」


 風が吹き抜ける様に一瞬だったが押しつぶされる程の魔力を

全身で感じ、翠は思わずゴクリと息を飲む。


「そういう事です、今のあの姿が本当の姿なんです、王女でも殺戮兵器(どうぐ)でもない周りの子供と変わらない素の姿……だから戻したくないんです。


私はあの子に生まれた時から付き添ってきたからこそ分かる、記憶を戻したら誰も歯が立たない魔王、いや"死神"になる事を」

「実は高雪から話を聞いた時からお前さんを見ていたが、自分の姿を変えてまでも美羽ちゃんと暮らしてるのがようやく分かった……辛かっただろう、そういう事なら向こうの世界に早く帰りなさい」

「何故ですか?」

「この世界は今陰陽師が少なくなってきててな、無理やり妖力の持たない小さな子供を陰陽師に変える研究をしてるんだ、その事を優しい美羽ちゃんが知ったらきっと助けに行くだろう」

「なるほど」

「でもその前に今のかけている記憶を封じるものは効き目が弱まってきてるから千葉へ行け、そこに記憶を操作できる陰陽師が住んでいるから見せに行きなさい」


 「私が紹介しよう」といいその陰陽師の白い名刺を渡した。


「分かりました、そうします」


 翠はコンニャクのような人形から目を離しチラリと監視するようにそこにいる蜘蛛を見て、「知り合いの陰陽師もな」と話し始めた。


 しかしその語りは目の前に居る健二だけでなくもう一人、

いやもう一匹に聞かせるようだった。


「ソイツも血の繋がってない子供を自分の娘のようにたいそう可愛がっていてね、ある夕方の日いつもの通り夕食の材料を買いに一緒に出かけた時だったかな、

魑魅(すだま)という襲われ、本当だったら勝てるはずの敵も普通の暮らしを望んでたソイツは妖力を隠してた故に娘を失い、トラウマになったのか戦えなくなった」


 また壁にいる蜘蛛に視線を移し「愚かな話だろ」と意地悪そうにニヤリと笑う


「健二さん、娘の前でいつか戦う時が来る、その時は"ソイツ"みたいにならないように迷わず戦いなさい」


 優しく微笑む彼女はそう言い応援する様に肩に手を置く。


「分かりました、ありがとうございます」

「なぁに良いよ、陰陽師は困ってる人を助けるのも仕事だからな」


 健二はさっきの蜘蛛が気になり目をやるとそこには居らずオレンジ色の光が優しく射し込む窓から風がふわりと入る。


「もうこんな時間ですか、長く話しましたね」

「そうだな、健二さんはこれからまた仕事かい?」

「その通りです」


 怪盗のごとくコンニャク人形から再びスーツ姿の健二に化ける。


「あと最後にこれを渡しとこう、役にたつぞ」

「何ですこれ?」


 シールみたく剥離紙にくっついている、

透明な札を不思議そうに見る。


「罠符(びんふ)と言ってな、それは貼った者以外の人間または動物を入れさせをしないし出しもしない結界札だよ、

窓やドアに貼ればドアは岩のように硬くなり開けれなくなる。


いま美羽ちゃんは外に出て過去の記憶を探してさまよってるからそれを貼るといい」

「なるほど、感謝しますこのお礼はいつか」

「お礼なんていらんよ、それより美羽ちゃんは連れて帰るかい?」

「いえ、一緒にいたカンナさんが連れて帰るでしょう」


 ビジネスバックを片手に立ち上がる彼に「そうかそうか」とニコリと頷いた。


「貴方に話せて良かったです」

「こっちこそ良い男と話せて良かったよ」


 玄関に行きドアの取っ手を握ると「今日はいろいろとありがとうございました」と軽く一礼する


「はいよ、私は川北翠(かわきたみどり)だ、また困ったことがあれば来ると良い」

「私は谷川健二です

貴方とはまた会いそうですね」


 最後に何かを匂わす様にニコリと笑い握る取っ手をゆっくりひねり、ドアを開け一歩そとへ踏み出す時に翠は健二を呼び止める。


「何でしょう?」

「鏡面世界へようこそ」


 微笑む彼女のその言葉は不思議と改めてここが異世界だという事を感じさせ、健二は「丁寧にありがとうございます」と言いドアを閉めた。


「さっきっから趣味が悪いぞ、凸凹コンビ」


 後ろで聞き耳をたてるカンナと礼司を呼んだ。


「ばあちゃん珍しく静かだったな、どうした?」

「あの人は優しいが怒らすと危険だからさ」


 「見破れんのはまだまだだな」と言わんばかりに鼻で笑う。


「でも東日本の最強の陰陽師3本の指にも入るか翠さんがそう思うなんて」

「でもよ、それじゃあどうするんだ?これから」

「さぁどうしようかねぇ……」


 玄関に残り香の様に微かに残る健二の魔力に不安の目を細めた。


「ご主人、ご主人」


 守護紙は肩にピョピョイッと乗る。


「なによ」

「この電話番号に今すぐ電話をして会うんや」


 クチバシで咥えている紙を渡す。


「なんでよ」

「な、なんでよって、そこには言葉の通じる美羽と同じ異術師が居(お)るから"例の部屋"の魔法陣も解けるかもしれへん」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ー 健二の働く会社


 人形を操りながら仕事をしていた健二は疲れたのか部屋の酸素を全て吸う勢いで大きなあくび一つと伸びをする。


「あれ?健二さんがあくびなんて珍しいですね、どうしたんです?」

「ん〜?疲れただけさ、てか僕がこう言う風にするのそんな珍しい?」

「珍しいですよ、聞きましたよ溜まってる有給を全て使うらしいですね」

「まぁね、娘と旅行に行こうと思って、いやぁまさかあんなすんなり取れるとは思えなかったよ」


 ハハハと笑う健二に若い社員は「それはそれは、すごく羨ましいっすよ」と空気の抜ける浮き輪の様に長い溜息を吐く。


「なぁに、君は取れなかったの?」

「そうっすよ〜まぁ有給楽しんできてくださいね」

「ハッハッハ、すまないねぇ…っと」


 なにかを感じた健二は椅子からゆっくり立ち上がる。


「どうしたんっすか?」

「え?あぁ、トイレだよ仕事も良いけど佐々木くんも適度に休みなね」


 そう笑顔で言い早歩きで部屋を出て人気(ひとけ)のいない廊下に行く。


「どうした?」

「リコリスの件よ、記憶を封印する魔法陣にヒビを入れられたわ、これから少しずつだけど記憶が戻っていくから気をつけて」

「あの協会かぁ」


 面倒くさそうに息を吐く


「何?知ってるの?なら話が早いわ、相手は第1地区の魔導機動隊で逃げ足だけはネズミ以上に早いから気をつけなさい」

「う〜ん、しかしまだこの世界に魔法少女が居たか……あの子はもう気にしなくていいからトールは他に魔法少女やあっちの世界の住人が来てないか探してくれ」

「分かったわ」


 彼女は黒い煙になると頭上に空いている窓から出て飛んで行った。


「あ!千葉に行けって言うの忘れてた!」


 あっちゃーと頭をポリポリかくと突然ヌッと黒い影が床に伸びる。


 すぐに陰陽師の妖力を感じ取った健二はスーツの裏ポケットから魔具を取り出す。


「まてまて、私は戦う気などない」


 黒い影からゆっくりと紳士服に身を包む高雪が上がってくる。


「あの時の復習か?」


 疑う様に目を細め高雪の目の奥を見る。


「だから戦う気は無いよ無謀な戦いは挑まないさ、あの事は許してないが娘思いのアンタを助けに来たんだ」


 彼は左右の手のひらを開いて健二に見せて戦う気がないことを伝える。


「助ける?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る