第06詠唱 銀の魔女ベティ・ロージャス

— シャーベッ島(とう)(表の世界)


 イザベルとドミニカとキャロラインの3人は、途中途中休みを取りつつ二日かけて島に着く。


「ハーーークショーイ!!」

「ちょっと、うるさいわよ」


 シャーベッ島は名前の通り氷で覆われた島で辺りは槍の様に地面から透明な氷が突き上げていた。


 この島に住んでいる雪の様な白い毛におおわれたイエティ達は、ビクリと一斉にこちらを見る。


「イエティは熊みたいに大きいけど臆病な性格だからあまり大きな声は出さないでね」


 ムッと睨んで注意するキャロラインに、鼻先に鼻水の氷柱を垂らす二人はガタガタ震えながら何度も頷く


「ちょっとまってね」


 「ゾーナ」と人差し指を杖の様に振ると、皮膚に埋め込まれた魔石(ませき)が強く光り指先からポッポッポといくつもの湯たんぽの様な温かな熱を出す赤い玉がくるみ割り人形の様に口をガタガタと震わす二人を優しく包んだ。


「あ、暖かい」

「ありがとう、あー蘇る」


 水を得た魚の様に元気になるイザベルとドミニカをみて「さ、行こう」とさっさと歩き始めた。


 キャロラインは顔から下がオートマトンで神経がない為、寒さもなにも感じないらしい。


 周りにいるイエティに挨拶をしつつキャロラインの言う物知りな魔女の家に着く、

外見は周りと変わらない三角屋根の木でできた家だった、が不思議と嫌な予感がしたドミニカは走っていこうとするキャロラインの手を掴む。


「ちょっと待て、嫌な予感がする」

「え?」

「野生の勘だが...二人は合図をするまで下がってろ」


 言われた通り二人は柵の入り口で足を止めて、ドミニカは杖を構えると小さな扉を開けて庭に入る。


 雪が積もる地面にはよく見ると木の破片が飛び散っていた。


 家のドアまで行き耳を当てて室内の音を聞くが人の足音や生活音が聞こえず変に静かだった。


 壁に身を隠し杖を軽く振ってドアをゆっくり開けると、泥棒が入った様に荒らされた部屋が目に飛び込み床に散らばった紙が風で雪の様に舞う、急いで中に入ると屋根には穴が空いていた。


「二人とも、入って良いぞ!」


 二人も入ると「なにこれ......」と荒れた室内に唖然とする。


「すごい荒れようだな、入り口のドアは壊されず屋根に穴が空いているだけ......何かから慌てて逃げたとしか思えないな」

「そうね、所々本や薬品が抜き取られているしそうかもね」


 三人は狭くもなく広くもない一人暮らしには丁度いい室内を探索してるとキャロラインは一つのメモ紙を見つける。


「なんかある」


 二人も彼女の所へ集まり見ると、紙を切り刻む様な殴り書きの文字でつらつらと書かれていた。文字だけでも当時がどんな状況だったのか直ぐに分かった。


「あの方がこんなに激しい字を書くなんて、きっと相当な事が有ったんだろうね」


 — 黒灰の魔女が来る、私はしばらくの間べつの場所に身を潜めるからもしこのメモを見た君は私を探さないでほしい

いつかまた巡り会えます様にbyライリー・オオイギンス —


 メモの後ろには写真が貼り付けてあり、ひっくり返すとその黒灰の魔女がこちらにやってくる時であろう当時のシーンが刻まれた写真が顔を見せる。


「誰、コレ......」

「このローブ灰かぶりじゃない?」

「でも灰かぶりのローブは銀縁じゃないか?」


 3人がむ〜と考えていると突然「それは反黒灰の魔女だ」と巨大な魔力が後ろから襲う


「いつの間に!」


 振り向いた時には遅く大杖の先が向けられていた。


「お前達、そこで何してる」


 銀縁のローブ、深くかぶったフードからかすかに見える綺麗な灰色の髪と宝石の様に透き通る赤い目、見たことあったキャロラインは無声音で<もしかしてベティさん?>と聞く 、しばらくして驚いた顔をすると「これは失礼しました」と向けていた大杖を急いで下ろし一礼する。


「どう言うこと?」

「この人とは昔からの仲でね」

「私の名前はベティ・ロージャスと言います、先ほどのご無礼、お許しください」


 彼女は深くかぶっていたローブを脱いで顔を見せる。


「私はイザベル・ブラウンです」

「私(あたし)はドミニカ・デイビス、よろしく」


 二人は黒灰の魔女が血も涙もない種族だと思っていた為、礼儀の良い彼女を見て思わず固まった。


「で?貴方達は何をしてるんですか?またその写真の魔女が来ると思いますよ」

「実はライリーさんに用があって、来たんだけど居なかったから」

「なるほどあの人なら〜」


 チラッとドミニカとイザベルを見ると「ここでは言えないですが安全な場所にいます」と一部の情報を隠しつつ話す、やはり会ったばかりだからか信用はしていないらしい。


「なら良いんだけど...」

「因みに用とはなんですか?私で宜しければ力になりましょう」

「実は私を助けてくれた魔女が黒灰の魔女に襲われたから助けて欲しくて」


 “魔女”という言葉を耳にするとベティはピクリと眉を動かし「魔女...」と少しニヤリと口角を上げる。


「どうしたの?」

「いや何でもありません私が同行します、蘇生魔法も覚えているので役にたつでしょう」


 彼女の優しい微笑みに、安心したせいかさっきまで硬かった表情が柔らかくなり笑顔になる。


「ありがとうベティ!」

「いえいえ、そこのお二人はどうしますか?」


 聞かれたイザベルとドミニカは「どうする?」と言うように顔を見合わせてからしばらく考えてから「いや、私達は第五地区に帰るよ」と答えた。


「じゃあここでお別れだね」


 キャロラインは手を差し出す、二人も「結局助けてもらったのに手助けできなくてごめんね」と握手を交わした後、キャロラインとベティは別れ二日掛けて臆病者の森へ行き、魔女達が住む巣へ向かった。


 巣の入り口は壊され大穴が空いていて、中を覗くと螺旋階段(らせんかいだん)は崩れてゴーストの火の玉も逃げたのか真っ暗なただの穴と化していた。


「死臭が凄いですね、その恩師は生きているか......」


 ヒューヒューと風の音がこだまする真っ暗な穴を見る二人はとりあえず身を投げて穴の底まで降りる。


 地面に着地をすると大量のネズミの声が突然響き、死体にたかっていた無数のハエも黒雲の様に上に羽音を立てながら逃げていった。


「っと......ベティさん灯りをつけます!」

「お願いします、しかし雨でも降ったのかしら...地面が濡れてる」


 火の魔法を出して周りを照らすと、絨毯のように魔女の死体がゴロゴロと転がり血の池ができていて、壁を見ると悍(おぞ)ましい数のネズミがチューチューと二人に驚き上へ逃げていくのが見えた。


「まるでネズミ色の壁紙ですね、フフフ」

「それよりも臭いなぁ...」


 カトリネの部屋に入るとやはり激戦になったみたいで本は燃えたり破れたりと所々に散乱し、水晶は砕けて砂の様になっていた。


「しかしここには死体はありませんが、もう逃げたのでは?」

「いやそれはないと思う、もしかしたらあっちにいるかも」


 キャロラインは右にある部屋に行く、寝室なのか三つのベッドがあるだけだった。


 しかし部屋の中は誰も居なく静まり返っていたが、彼女は「やっぱり」と掛け布団も敷き布団もないベッドの前に立ち止まった。


「どうしたんですか?」

「まぁ見てて、鳥肉増し増しメロンパフェ特盛」

「悪魔のようなパフェですね」


 キャロラインが唱えるとぼんやりと白く光りベッドから扉の様な模様が浮き出る。


「ベティさんベッドに飛び込むよ!」


 彼女は高くジャンプしてベッドの中に入っていく。


「成る程、古典的な秘密の部屋ですか」


 ベッドに飛び込むと、中は意外と普通の家で白で統一された綺麗な部屋だった。


「凄い綺麗ですね」


 夕陽の差し込む窓を見ると外は家が並んでいて少し遠くに目をやると海が果てしなく広がっていた。


 南国の様に暖かいこの場所はどうやら普通の家らしい


「なるほど、さっきの秘密のドアはこの家に繋がっていたのですか」

「そうだよ、この様子だと無事なようだね」


 すると二人が来たのに気づいたのか二階へ続く階段からイリスが降りてくる。

ベティは黒灰の魔女の格好だと驚かせてしまうと思ったのか、急いで魔法で着ている服を変えた。


「おやキャロライン帰って来ていたのですね、そこの緑のドレスを着た女性は?」

「名乗るのが遅れて申し訳ありません、私(わたくし)クサヴェリアと申します、キャロライン様に助けてほしい人が居ると依頼されたので参りました」


 名乗るベティにキャロラインはこちらを見るがベティは深くお辞儀をすると同時に人差し指を唇に当てて”静かに”と合図をする。


「そうでしたか、私はイリス・ヴラドレーノヴナです、よろしくお願いします」

「あの、カトリネ様は?」

「骨を折ったりしているが長い時間休めば治る、今は寝ている所だ」


 その報告にキャロラインは「良かった~」と胸をなでおろした。


「クサヴェリアさんは回復魔法をお覚えですか?」

「覚えていますよ、職業は医療をしているので」

「なら助かります、こちらでカトリネの傷を治していただけませんか?」

「もちろん」

「キャロラインは一階で待ってなさい」


 そう言いイリスと一緒に二階へ行く、階段を上がると直ぐにドアが目の前に見える。


「この中の部屋です」

「分かりました、では後はお任せください、イリスさんはキャロラインの所へ」

「はい、クサヴェリアさんよろしくお願いします」


 ベティは「はい!」とニコリと微笑むと部屋に入って行った。


「おやおや、お客かい?」


 腕を折ったのか包帯を巻き、

その他にも所々に巻いているカトリネは体を起こそうとする。


「どうも、お久しぶりです」


 緑のドレスから元の銀縁ローブの姿に戻る。


「その姿、その顔、そしてその他の黒灰の魔女とは桁違いに高い魔力はベティ・ロージャスか」


 「王女暗殺計画以来ですね」とカトリネの寝ているベッドに腰を掛けた。


「そうだな、数百年ぶりか......まさかあの時は国を支配する女王から城を襲ってくれと命令されるとは思わなかった」

「結局王女の暗殺は失敗しましたけどね」

「そうだな、それで?王女様のリコリス・オストランは元気なのか?」

「もちろん、外見と記憶は変わっていますが元に戻るのも時間の問題です」


 カトリネは「そうか」とどこかホッとした様子で目をつむる


「もうじき世界も終わるのか......」

「あの方はそんな事をする人じゃありませんよ、弱いものに優しく皆を平等に見てくれる、そう路上をさまよっていた私を助けてくれたように」


 ポケットから色あせた白いハンカチを取り出し鼻に押し当ててスーと匂いを嗅ぐ


「そうかい」

「あの方は私が命を懸(か)けてでも守りますよ」


 ハンカチを鼻から離すと懐から銀の細い杖を取り出しカトリネのこめかみに押し付けた。


「その為にも一つ教えてもらいましょうか」


 カトリネはニヤリと余裕そうに笑い「なるほど、それが目的か」と静かに言う


「暗殺計画に使った契約のナイフは何の素材で作った?元呪い魔法具屋の貴方が作ったんでしょ?」

「覚えていたか、えぇ?クックック」

「早く答えな」

「オークの牙とユニコーンの血それと......」

「それと?」


 すると彼女はどうしたのか大笑いをして「まさか昔の友と再会できるとは嬉しいねぇ、えぇ?」と話をずらす


「早く言え」

「おぉおぉ、そんな急ぐなや、わしも齢だからなぁ、えぇ?」


 ドア越しから慌てて階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。


「なるほど、時間稼ぎか」

「最後は呪う人物と同種族の心臓だ」


 「リコリス王女さんによろしく」とだけ言い残しカトリネは舌を噛み切りパタリと倒れた。


「カトリネ様!」


 ドアを蹴破り大杖を構えるイリスが飛び込んでくる。


「もう死んだわよ」


 一瞬で目の前に立つと手に持っていた杖を心臓に突き刺し、「トートモルテ」と即死魔法を唱える、一瞬でイリスは白目を向き、顔を真っ青にすると口・鼻・耳から蛇口をひねった様に大量の血が流れ出ると人形の様に地面にあっけなく倒れた。


 最後の一部始終を見ていたキャロラインは驚きのあまり声が出なかった。


「ベティさん......」

「リコリス様が平和に暮らすためには魔女は殺さねばならないのです、キャロライン、いやリリィ・バレッタさん、貴方もその為に本名を隠し偽名でカトリネ達と接触していたのでしょ?」


 その言葉に歯をギリリと噛みしめて「それは違う!」と怒るが、ベティは変わらずの涼し気な表情で「そうですか」と言い話を続ける。


「しかし黒灰の魔女は今再び、銀縁ローブの愛国者つまりリコリスを助ける組織と金縁ローブの反帝国主義のリコリスを殺す組織の二つに分かれているんです。

貴方がどちらに着くのは勝手ですが、金縁にはご注意を」


 キャロラインは「それはなんで?」と固唾を飲む


「金縁はリコリスを見つけた後かくまっていたバレッタ家も殺すつもりでしょう、

まぁもし愛国者側に着くのなら私たちは助けることができますが」


 ベティの言葉に偽りは無く、それを彼女の瞳を見て察したキャロラインは「分かった、貴方を信じて銀縁に着きましょう」と言う


「分かりました、では直ぐに向かいをお送りします」

「一つ良い、リコ姉さんの居場所は分かってるの?」


 去ろうとしていた彼女は体ごと振り向き「もう一つの世界にいます、しかし昔使ったこの世界とつなぐ門は壊されていますから門の場所はまた後程」


「なんで今じゃないの?」

「結衣さんも救わなきゃいけないので、リリィさんはそこで待機してるように」


 それだけ言い背を向けると家を出て、箒に跨り上空へあがりしばらく飛んだ所で止まる。


「今晩は綺麗な満月が見えるわね」


 黒い懐中時計で時間を確認してから血だらけになったような真赤な満月をしばらく眺めていると、同じローブをきた二人の魔女が目の前に飛んでくる。


「時間通りですね」

「はい」

「伝達とは何でしょうか」


 手の平から赤いロウの印が押された手紙を出す


「一人はこの手紙を金縁のルイズ様に渡して」


 一人の魔女に手渡すと「中身の内容は?」と聞いた。


「裏の世界につなぐ新しい門の場所とリコリス様をアシュリー向こうの世界では健二と名乗っていますがその人の提案が記されています」

「分かりました、直ちにお渡しします」


 手紙を持った女性はローブを銀から金縁に変えると風を纏って飛んで行った。


「そしてあなたは南にあるヴァーラシヲ島にバトラー家の長女であるリリィ様がいるので回収し、首から下がオートマトンになっているので裏の世界でも動けるように錬金術で普通の肉体にしてあげなさい」


 女性はニコリと口角を上げ「分かりました」と一礼し直ぐに飛んで行った。


「アシュリー、人間と魔女のハーフの貴方にはリコリス様を守ることはできないわ、早く私に渡しなさい」


 囁(ささや)くようにそよぐ風を感じながら色あせたハンカチの匂いを嗅ぐ

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