第05詠唱 狼煙(のろし

「う、う〜ん......」


 重い瞼(まぶた)をこすりながら体を起こすとダムが崩壊した様にどっと疲れが全身を駆け巡る。

(あれ?昨日何かしたっけ?)


 不思議な疲労感に顔をしかめながらよっこらしょと立ち上がり、ペタリペタリと気だるそうに歩いてリビングへ


「けんじおはよぉ〜」

「やっと起きましたか、眠り姫さん」


 いつもの様に漫画を読みながらラジオ感覚でニュースを聞く健二はリリィをみて微笑む


「なんかねてたはずなのに、つかれが、ふぁ〜......きのうなんかしたっけ?」


 その言葉に「ハッハッハ!まだ寝ぼけてるんだな〜、昨日は一日中寝てたよ」と言うが、リリィは頭の片隅に何か大冒険をした様な霧の様に薄っすらとした記憶があり、

腕を組んで「う〜ん」と考える。


「きっと夢の中で大冒険でもしたんでしょ、良いから口をゆすいで来なさい」

「はーい」


 部屋から出るのを見送りドアが閉まると、「記憶力が良いってのも問題だな」と健二が呟いた。

 

 その一方、きしむ廊下を奥まで進んだ所にある洗面所で顔を洗い口をゆすぐリリィもまた、「このモヤモヤはなんだろう......」と呟いた。


 好きだった映画のタイトルが思い出せない時に似たモヤモヤと一緒だった。

ペッと含んだ水を吐き鏡を見ると、一羽の鳥が頭の上に乗っかっているのに気づき一瞬固まる。


「やっと気づいたかいなチンチクリン」

「ムッ!チンチクリンじゃないし!てかとりさんはだれなの?」

「あ〜そうかチンチクリンは記憶を消されてたな」


 守護紙の言葉にポカーンと首をかしげる。


「昨日寝てる間に健二?って男、さっきの男に記憶を抜き取られたんよ」

「けんじがそんなことするはず…しかもそんなことひとができるわけがないよ」

「まぁええわ、とりあえず今日はわての言う事聞いてもらうで、ええな?」

「え?やだ、なんで?…てかなんでとりさんはなせるの?」


 顔を真っ青にして無言で自分のほおをつねるリリィに「夢ちゃうわ!いつまで寝ぼけてんねん!」と突っつく。


「あたた、じゃあなんで?インコ?」

「いや、こんなシワシワの紙ぽっいインコ嫌やわ、わては妖術で作られた守護紙、チンチクリンを守る為に居るんやで、感謝せい」

「わたしをからかってるの?」

「からかっとらんわ!ドアホ!はぁ、妖術ってもんはなぁ…ま〜マジックみたいなもんだ」

「ふーん、けんじならなにかわかるかも」

「むりやで、わての事は召喚主かチンチクリンにしか見えへんもん」

「そうなんだ」

「まぁとりあえず今は戻るで、作戦はヤツが働きに行ってからや」


 理解ができなくなりどうでも良くなったリリィは何も言わずに守護紙の言われるままに動いた。


 朝ごはんを食べ、健二は出勤時間になり、

いつも通り「外に行っちゃダメ」や「仕事部屋に入っちゃダメだからね」など

儀式の様にセリフを一通りいい、最後に返事をするリリィのおデコにキスをすると出て行った。


「あんなやさしいひとが、ひどいことするはずないんだよ」

「そうかい、そんな事よりアイツの仕事部屋に入るで」

「へ?さっきはいるなっていわれたばっかじゃん!」

「ええからはやく!」


 「もぉ〜」とぶつぶつと言われた通り健二の仕事部屋の洋風な白いドアの取っ手を握る。とその時だったドアに緑色の魔法陣が浮かび上がると共にバチバチバチと稲妻の様な放電がリリィを襲い守護紙は「ピョピョイ」と飛んで非難する。


「アビャビャビャビャ!」


 手を離すとスイッチが切れた様に放電はピタリとやみ魔法陣もすぐに消える。


「う、うぐぅ......」

「ははは!自分失敗した博士みたいになっとるで〜ボンバイエやで」

「いだだ…でも今の文字見たことなかったね」

「せやな、高雪の言うてた異術師が使うものかもな」

「とりあえずボサボサなおしてこよ〜」

「せやな」


 守護紙を鳥の巣の様な頭に乗せて洗面所に行こうとした時、

狙った様に玄関の方からチャイムが鳴る。


「ど、どうしよ!このままじゃはずかしいし」

「あほくさ、はよでぇや」


 「で、でもぉ」とリリィが鳥の様に手をブンブン上下に振りわたわたしてると、チャイムは徐々に連続で鳴り始め挙げ句の果てには拳でドンドンと叩く音までし始めた。


「この家なんかぎょうさん借金でも溜め込んでるん?ありゃやーさんやで......」


 そう言うとまたピョピョイと逃げる様に天井の柱へ飛ぶ。


「ちょっと!」

「わて、そこまで守れへんねん、堪忍堪忍」


 応援する様にパタパタと羽を動かす鳥に「うぅ...」と泣きそうになりながら玄関に置いてある傘を構えてドアを開ける。


「ど、どどどどどどどどなたですか?」


 見上げると立っていたのは、深い緑色のツインテールをぶら下げた猫の耳と尻尾を動かす少女


「どなたじゃないわよ!もぉ〜」


 相変わらずの見事なへの字の口をした彼女は、リリィが記憶をなくしてる為ため息をつくと無言でズカズカと部屋に入った。


「あ、いや......あの」


 突然怒るカンナに恐怖のあまり固まる。


「あら、こりゃ主人やないの」


 天井の柱からパタパタと降りてくる守護紙に「どうも」と一声


「とりさんしってるの?」

「知ってるも何も、この人は自分を助けたんやで」

「で、でもこんなこわいひとt」


 カンナにキッと睨まれ言葉が途切れる。


 どうやらリリィには背が高く短気なカンナが熊に見えているらしい、

再び涙目で固まる少女を置いてカンナは異様な魔力を感じる例の白いドアの前に立つ。


「なるほど、ここね」


 腰のポーチから札を一枚取り出して試しにドアノブに貼ると、

さっきよりも激しい放電が四方八方に飛ぶ、リリィも慌ててカンナの後ろに隠れた。


「おねえちゃん、おうちこわれちゃうよ!な、なななにやってるの!」


 札も耐え切れなくなったのか黄色の火に包まれ灰になるがさっきの魔法陣が出なかったことに守護紙は「マークが出なかったな」と呟く


「かなり強いわね......これが魔法、か」

「魔法?なんやそれ」

「異術の事よ、そんな事より美羽、アンタちょっとドアノブ握りなさい」

「にゃ、にゃんで!?やだ、しんじゃう!」

「さっき聞いてたのよ、あんたが握った時なんか起きたんでしょ」

「な、なにもおきてないよぉ」


 目を泳がせながら誤魔化すリリィに「握らなきゃ......」とポキポキ拳を鳴らし脅した。


「ひ、ヒィ!わ、わかったよぉ」


 と言いつつ走って外に逃げようとすると、カンナはリリィのスチールウールの様にもじゃもじゃな頭をハンドボールの様に鷲掴みにしドアの前に立たせる。


「い、いじめだぁ......けんじたすけてぇ」

「メソメソ泣いてないで、ほら、アンタを助けるためなんだから」

「たすけるって…だったらこんなことさせないでよ〜」


 カンナの舌打ちに背筋が凍り「や、やりますよ......」と恐る恐る手を伸ばす、額からは汗が流れ固唾を飲みキュッと目を瞑る。


「ほらはやく」


 力一杯握ると更に激しい放電が走り、四方八方に銃弾の様に飛び壁や床また天井を焦がし穴を開けた。


「アババババ!」


 すると再びボンヤリと魔法陣が現れ、カンナは「なにあれ?」と慌ててポーチからカメラを出して何枚も写真を撮る。


「もう離していいわよ」


 ドアから離れるとリリィは全身からプスプスと煙を出して倒れ、ドアノブも放電に耐え切れなかったのか形が変形しボトンと床に落ちた。


「架空のものかと思ってたけど、魔法陣って本当にあるのね〜」

「これからどうするんや?」

「西の陰陽師にコレを見せる事にする、何か助言をくれるでしょ

アンタはこの子とココで静かにしてなさい」


 そう早口で言うと去り際に札を投げて汚れた場所や壊れた場所やボロボロのリリィを妖術で綺麗にし、「じゃあね」とひらひら手を振って家を出て行った。


「ひどいめにあった......あのおねえさんきらい!む〜」

「とりあえず体もいわしてるし主人の言う通りチンチクリンは少し休もうや」

「そうしよ、つかれちゃったしね」


* * * *


第2地区(表の世界)


「カラリアさん入ります!」


 鉄板の扉をトントンと魔導機動隊の女性は叩くと「どうぞ」と曇った声が返ってくる。


 第二地区はどの地区よりも不思議とゲートが大量に現れ、地下都市と言えど時に激戦区となる時があるのだ、それを弾丸が貫いたように所々に穴のあいた煤(すす)だらけの扉が語っていた。


「まだ地上は変わらずゲートが多い様だねミル」


 カラリアも外に出ていたのかピンクのフリルが付いたワンピースの戦闘服姿から緑色のローブ姿に戻る。


 普段よりも深く刻まれた皺が彼女がどれだけ疲れているか一目で分かった。


「そうですね、まったくどこから沸いてるんだか」

「で?どうしたの?用があるんでしょ」


 「あ!そうでした」とミルはポケットから数枚の写真を出し

カラリアの大きなワークデスクに並べて置く、カラリアは椅子に座り一枚一枚手に取ると額に手をつけて「はぁ」と更に疲れたような顔をした。


「これはいつどこで撮ったんだ?」


 写真に写っていたのはドミニカとイザベルとキャロラインだった。


 尾行をしたらしくラールル草原から始まりあらゆる風景を飛行している三人の姿がとられていた。


「始めがラールル草原でその次がギーズ村その次がヴィッツ鉱山でその次がリブリア海です、どれも今日撮りました」

「なるほどなぁ~この二人は第五地区の問題児だが、この子は知らないな」

「足はパイプ一本の義足で手はガントレットでした、魔導式のオートマトンだったので恐らく魔女だと思います」

「魔女、か」

「北の海を横断しているのを見ると恐らく目的地は北の果てにあるシャーベッ島(とう)でしょう、どうしますか?」


 カラリアはう~んと腕を組み天井に着いている焦げた跡を眺める。


「こんな状況だ、魔法少女が激減している中、根拠のない疑いで魔導機動隊同士で争いたくないしなぁ、しかし他の地区の領域に許可なく入るのも普通は問題だし......」


 鼻でため息をつくカラリアに、隣に立っていたつい最近入ったばかりの若い秘書が「なら、しばらく尾行したらどうですか?」と提案する。


「尾行か、残ってる地区は四だけだよね、彼女たちも地区に送る機械やらなんやらの修理や製造で忙しいだろうし」


 3人は腕を組んで考えていると、隣で聞いていたカラリアのパートナー妖精が「心を鬼にして行ったほうが良いプゥ」とため息を吐いた。


「ぷく子の言う通りだな、確かあそこには一地区の生き残りもいるしその娘(こ)たちに頼もう、私たちはいつも通りゲートの駆除だ」

「では私はさっそく第四地区に頼んでみます!」


 ビシッと敬礼してドアへ向かう彼女を「あ、ちょっとまった」と引き留めた。


「何ですか?」

「いや、何かこの写真で引っかかってな」


 写真を手に取り椅子に深く寄りかかる。


「そうか、パートナー妖精がいないんだ」

「それって」


 驚くミルに「あぁ、魔力補助や魔法強化をしてくれるパートナー妖精と別行動なんてそうとうな事がない限りしないはず、ん~あやしい」と指で顎をつまむ


「もしも四地区が五地区と組んでいたら写真に偽装をされるかもな、

 こっちでも妖精と問題児コンビの尾行を一人ずつつかせよう」

「分かりました!では偵察役の人選は私が行っておきます」

「頼んだ、ミルもありがとう少し仕事が増えるかもしれないが引き続き駆除を頼んだよ」

「はい!」


* * * *

 

 墨を垂らしたようにどこまでも暗い空が広がるそんな時、

街灯に「お疲れ」と言われるように照らされながら、

仕事を終えた健二はいつも通り部下と楽し気に帰っていた。


「でさぁ、そしたらあの課長バランスボールから倒れて、運動不足防止どころか逆にケガをしちゃってもう仕事は僕が代わりにしたんだよ~、あれは大変だったなぁ終電近くまで残業だったよ」

「じゃあ今回の防止キャンペーンも」

「そうなるかもな!」


 健二達の笑い声が寂しい夜空に色を付ける。


<楽しそうね>


 無声音、聞き覚えのある声が耳の奥に響き反射的に後ろを振り向く、

魔力の匂いを目でたどり、山の様にそびえたつ高いビルを探る様に下から徐々に上へ目をやっていくと一つの人影が見えた。


<貴方の見ているビルの屋上で待ってる、早く来なさいよ>

「楽しく帰ってるのになぁ」

 

 はぁとため息交じりにポツリと言い、「健二さん?そうしたんですかー!」と元気そうに手を振る部下に「ごめん、忘れ物した!先に行っててくれ!」と伝えて走って建物の物陰に隠れると懐(ふところ)から魔具(まぐ)を取り出しビルの屋上へ転移する。


「待たせたな」

「ほんとよ、このサポート妖精が来てあげたっていうのに」

「そう怒るなよ、妖精特有の変な語尾忘れてるぞ?」

「あ、あれはキャラを作ってるわけじゃないのよ!故郷のなまりなの!

 アホ―!人と長くいれば訛りもなくなるのよ」


 宝石の様に輝く綺麗な黄色の瞳を持つ彼女は長い髪を後ろへやる。


「というか健二、あんた魔具なんて持ち歩いてるのね」


 魔具(まぐ)、それは魔法が苦手な人間族が開発した文字通り魔法の道具で

一つだけ使える魔法が込められている消耗品なのだ、演唱時間が無くなるぶん戦闘でも有利になる時もあり、この技術は魔女にも伝わっていた。


「まあな、この体じゃあ魔法は使えないから、で?そんな話をする為に僕を呼んだわけじゃないだろ?」

「実は”あの部屋”に刻まれてる魔法陣が陰陽師にしられた」


 すると何故か楽しそうに「ほぉ......」と口角を上げる。


「どうする?」

「あの子と接触しないために旅行でもするかね」

「西には行かないほうが良いわよ、その陰陽師もそっちに向かってる」

「なるほど、なら私は北へ行く、トールは表の世界で僕が洗脳した反黒灰の魔女が15人程ドレッド大聖堂に待機させてるから、好きなだけ連れてきて西の陰陽師に関しての情報収取と私が旅行に行くまであの子と接触しない様に守っとけ、指揮は君に任せる、良いな?接触するヤツは子供であっても殺せ」

「分かった」

「あとこの世界じゃ表の世界の人間は魔法の使える回数が限られるから、

 私の仕事部屋から青い液が入った大びんと隣に置かれた注射器を持っていけ」

「なんなのそれ?」

「魔力回復剤だ、因みに表の世界へ行く門はまだバレてないよな?」


 トールはコクリと頷く。


「よし、そこがばれてないのなら大丈夫だな」


 小学生低学年くらいの見た目をした小さい彼女の頭を撫でて「じゃあ頼むよ」と命じるとトールはニコリと笑い風の様に消える。


「さぁて僕は溜まってる仕事を消化して有給の申請を早く済ませなきゃだな」

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