第04詠唱 それは突然に......

「その硬貨をリリィ、いやリコ姉さんに渡したのは私だからです」


 少女の告白にイザベルとドミニカは豆鉄砲をくらった鳩のように固まる。


「信じてもらえないかもしれませんが私とリコ姉さんとここには居ませんが私の実の妹は、別の世界に居たんです。その硬貨は別の世界に居たときリコ姉さんが私にくれた物なんです、でも......」


 その時だった。爆発音の様な耳の奥をつく大きな音と共に天井から土がボタボタと落っこちて来る。


「ナニ?」

「まずい!二人とも伏せて!」


 遅かった、ビガッとドアの隙間から強い光が差し込むとドアを破り衝撃波が部屋に飛び込む、キャロラインは踏ん張り両手を前に出した。


「ムーロ!」


 全身に着いている魔石が光り、手の平から大きなバリアが出てみんなを包み込むが、唱えるのが遅かった為バリアは直ぐに壊れて全員壁に体を打ち付けた。


「キャロライン、そこの二人を連れてここから逃げな」


 カトリネは大杖を持つと懐(ふところ)から虹色に光るクリスタルを投げる。


「でも、カトリネさんだけじゃ!」

「だけ?ふん、私以外にもイリスがいるさ、ココは同じ魔族であるワシらに任せい」


 イリスもすれ違い際にキャロラインの肩を叩き「私達に任せな」と言いカトリネと共にドアに杖を構えてドアの前に構える。


「どうしたんだい?えぇ?私の言うことがわからないって言うのかい?」

「灰かぶりになんて勝てっこないよ!一緒に行こう!」


 足元に落ちているクリスタルを握りしめて二人の元へ行く


「救いたい女の子がいるんだろ?おお?」


 その言葉にキャロラインは「私は誰も失いたくない!私も戦う!」と立ち上がるが、イリスは風魔法でキャロラインをイザベル達の方に飛ばす。


「目的を達成する為には犠牲は付き物だよ」

「そして、目的の為には負けるとわかっていても戦わなきゃいけない時も出てくるということだ......っと話しすぎたようだな」


 カトリネの目の前に銀縁のローブを着た数名の魔女が現れ、上から雨のように魔女の死体が降ってきた。


「さぁ行きな!」


 イリスの声にギリリと歯を食いしばる。


「ティデイト!ラールル草原へ!」


 三人を白い光が包み込む。


「絶対に助けに行くからね!」


 キャロラインの言葉にカトリネとイリスは、

振り向かずただグッドサインだけ見せる。


 言葉を残し三人は一瞬で消えた。


* * * *


「眩し......」


 クリスタルで魔女の巣から脱出した三人、

外はもう朝なっていて、太陽はボロボロになったイザベルとドミニカとキャロラインを照らした。


「ねぇ、今から仲間を集めてさっきの二人を助けてもらえませんか?」


 ふわふわ妖精のように浮かぶキャロラインは二人に近づいて頼む、が二人は「ごめんなさい」と謝る。


「え?」

「多くの魔女が歯が立たない相手は、私たちじゃ大勢で立ち向かってもぜったいに勝てないのよ」

「でっでも、貴方達人間は、種族の中でも一番知識があるんじゃないんですか?」


 目頭を赤くして今にも泣き出しそうな少女をイザベルは抱きしめて「助けてもらったのにごめんなさい、でも知識があっても魔力がなきゃ無理なのよ」と言う。


「そんな......」

「キャロラインちゃん、他の方法を考えよう、蘇生呪文を使える魔術師が居れば灰かぶりが居なくなってから助ける事が出来る」


 それに「あの人なら」とうつむいていた彼女は顔を上げて何処かへすっ飛んでいく。

二人も慌てて箒を出すと少女の後をついていった。


* * * *


— 裏の世界


「じゃあ、会社に行ってくるけど、お外は出ちゃダメだからね」


 紺色のスーツを着た健二はリリィに言う


「はーい、けんじもきをつけてね、はやくかえってきてね!」


 抱きかかえてるビジネスバックを渡すリリィの笑顔が眩しすぎるせいか、

健二は思わず目をそらし「あぁ、美羽(みわ)もお勉強頑張るんだよ」と頭を撫でて受け取る。


「うん!がんばる!」


 ブンブンと両手を振る彼女に健二も手を振って出ようとドアノブを捻ったところで、「あぁそれと」と何か思い出したのかもう一回振り返る。


「なぁに?」

「僕の仕事部屋は入っちゃ駄目だからね、約束だぞ」


 美羽は「はーい!」と両手を大きく上に上げて返事をした。


「いい子だ」


 ニコリと笑いその言葉を残して出ていった。


「しごとべやってあのしろいドアだよねぇ......」


 日本家屋には似合わない洋風のドアが一つあり、その前には大人の腕の様に太い線香が左右に二本焚(た)かれているのだ。


 目と鼻の距離にあるドアをジッと見るが、徐々に不気味に感じ、目をそらして「それよりおべんきょうしなきゃ~」と逃げる様にパタパタと走ってリビングに行く。


 テーブルに用意された2冊の問題集をパパッとやり終え、いよいよやることこなくなりテレビの前にあるソファにゴロリと寝転がる。


「ひま〜、なんでおそとにでちゃだめなの〜」


 昨日、海から帰った後、何故か理由もなく健二に耳が痛くなる程これから外に出ないように注意されたのだ。


「むぅ...」


 なんとなく庭へ出るガラス窓の方へ目をやると塀(へい)の上に、深い緑色の毛と水色の瞳を持った珍しい猫が毛繕(けずくろ)いしているのを見つける。


「ねこさんだ、かわいい〜」

(お庭なら出てもいいよね)


 急いで玄関で靴を履いて猫の方に行く。


(なんか毛が光ってる?)


 向こうに気づかれない程度まで近づいたときに分かったが、毛先がキラキラと光っていた。


 すると急に鼻がムズムズして「ヘクチ!」と飛び跳ねてクシャミをする。


「あ!」


 ねこはこちらに気づき「にゃん」と軽やかに塀から飛び降りて去ってしまった。


「す、すこしだけだから、いいよね」


 我慢できなくなったリリィは外に出て猫を追いかける。


「まてー」


 ジグザグと数分追いかけていると、突然誰かにぶつかった。


「うにゃっ!?」

「おとと、お嬢ちゃん大丈夫かい」


 前を見ると茶色い紳士服を着た優しそうなおじいさんが手を差し伸べていた。


「あ、あぁごめんなさい」

「良いよ、元気が一番さ」


 しかし服装に似合わず、腰には古びた革製の長方形のケースを付けていて、なにか違和感を感じた。


「どうしたんだい?」

「あ、いや、なんでもない、てへへ」


 お爺さんの方を見ると、肩に追いかけ回してたネコを見つけ思わず「あ」と指を指す


「ん?」


 リリィの指差す方向を振り向く


「たぶん私の事を指差してるのよ」


 突然人間の言葉を喋り出した猫に「シャベッタ!」と飛び出そうな程ギョッと目をまん丸にして驚く


「お嬢ちゃんこの猫さんが見えるのかい?」


 驚くあまり声が出ないリリィはコクコク頷く


「ほ〜、面白い子を連れてきたねカンナ」

「私は何もしてないわよ、この子が勝手についてきただけ、逃げるの大変だったんだから」


 その言葉に「カンナが追われるなんて珍しい......」と目を細めリリィを見る。


「私は近藤高雪(こんどうたかゆき)って言うんだ、お嬢ちゃん、お名前は?」

「わたしは、たにかわみわ」

「そうかい美羽ちゃんか、よろしく」


 猫もそっぽを向いて「よろしく」とリリィに言う


「美羽ちゃんちょっといいかな」

「なぁに?」


 高雪は手を少女の頭にのせて目をつむる


「なにしてるの?」


 集中してるのか無言で何も答えず、カンナがその代わりに「黙ってなさい」と退屈そうに大あくびをする。


 しばらくして「なるほど」と目を開けるが、真冬にもかかわらず高雪は真夏にマラソンをしたように汗をだらだらと垂らし息を荒くしていた。


「美羽ちゃんは昔の事覚えているかい」


 その問いにふるふると顔を横に振る


「やっぱり」

「どういうこと?」

「この子は、つい最近見る異術者と一緒の匂いがする、が理由は分からないけど記憶がロックされて今は魔法が使えない状態なんだ」


 小さな声でひそひそと話す一匹と一人にリリィは首をかしげる。


「美羽ちゃんは自分が記憶をなくしている事は気づいているのかな?」

「なんかたいせつなことを、わすれているようなかんじは......するようなしないような、でもまいにちおなじゆめをみる」

「その夢はどんな夢なのかな?」

「なにか”きおくをおもいだして”とか"わたしをころして"とか」

「警告夢(けいこくむ)か......美羽ちゃんは記憶を思い出したいかな?私なら力になれるかもしれない」

「思い出せるなら」


 すると、電信柱の根元が爆発しこちらに倒れてくる。


「私に任せて」


 猫はジャンプして人間の姿に化けると、

倒れてくる電信柱に向かい目にも留まらぬ速さで無数のパンチを繰り出し粉砕した。


「この感じ異術者よ」


 スッと金縁のローブを着た鼻まで深くフードを被る女性が二人、一匹と二人を挟むように現れる。


「そこの者、その少女を私達に渡しなさい」


 腰に抱きつき怯えるリリィを見て高雪は「断る」と一言


「ほぉ、なら仕方ない」


 二人は腰に携えた黒く長いレイピアを抜いて構えた。


「あの武器、初めて見るけどヤバいのは確かね」

「そうみたいだな......」


 高雪は自分の後ろにリリィを隠すと腰に着けてるケースから数枚、蛇のような見たことのない文字が書いた長方形の紙を出す。


ローブの女達は軽くコンクリートを蹴ると一瞬で間合いを詰めた。


「ッツ!」


 カンナは獣の刃の様にギラリと光るレイピアの先を手の甲で間一髪弾いて姿勢を低くすると腹に打ち込もうとする、が煙の様に消え背後に回られる。


「なによコイツ!」


 高雪も札を投げて一瞬で大岩の壁を出すが背後に回られる。


「カンナ、戦いの場において感情は弱点だよ」

「知ってるっつーの!」


 お互いに攻防を何度も繰り返していると、

どうしたのか突然ローブの女達は逃げる様に空に飛ぶ。


「待たせた、爺さん、後は僕達に任せな」


 男の声と共に稲妻のごとく空から人影が着地して砂煙を舞い上げた。


「相変わらず無駄に派手な登場だね、礼司」

「カッコいいだろ......ハックション!」


 声の主は半袖半ズボンの男だった。


 汚れたレンズのメガネと顎にだらしなく生えてるヒゲがどんな性格かを語っていて若干頼りなさそうだった。


「相手はなかなか手強いぞ」

「勝てる確率90パーセントって所かな」


 札を10枚投げると、そこからデッサン人形の様な木の人形がカタカタと異音を鳴らしながら現れる。


「まぁた、変な野郎を拾ったんだな」


 チラッとリリィの方を見て背中に背負った大きな金棒を握る。


「まぁいいや、早く行きな」

「すまないな礼司」

「これで借りた金はチャラだからな」

「チャッカリ者が」


 礼司は札を一枚地面に投げ、辺り一面を雲の様な白い煙で隠すとその隙に三人は逃がす。


「おいおい、オタクには興味ないってか?」


 金棒で地面を突きくと、たちまち地面から岩の手が出てきて三人の後を追いかけようとする二人を捕まえた。


「カンナと美羽ちゃん、これを額につけなさい」


 二人は渡された札を額に貼る。たちまち体は透けて姿が見えなくなる。


「どこにむかってるの?」

「後もう少しだよ」


 高雪について行くとお寺に着く。


「ここが、たかゆきのおうち?」

「そうだよ」


 お寺はいたって普通で、巫女や僧侶達がせっせと働いていた。

しかしここに居ると不思議な事にさっきまでの緊張感や不安がなくなりリラックスできて居心地が良かった。


「ここってなんかおちつく」

「パワースポットだからね、気持ちが安らぐんだよ」


 家の中に入ると肌が白い綺麗な一人の巫女が立っていた。

が、巫女は何処か表情が人形の様に無機質で目も光はなくガラス玉の様で実に不気味だった。


「こわ......」

「この子はからくり人形なんだ、まぁ少し不気味に見えちゃうかな」


 「お客さんだ、仕事部屋に案内してあげて」というと無機質な声で「分かりました」と言いゆっくり歩き始める。


「ついてきなさい」


 猫の姿に戻ったカンナはぼーとしてるリリィを呼ぶ。


* * * * 


 ついた部屋は足音一つでもかなり響く何もない部屋で中央には二つの座布団が置いてあるだけだった。


「高雪はじきに来るのでしばらくお待ちください」


 からくり人形の彼女はゆっくり頭を下げてドアを閉じた。


「いつまで立ってるの?座るわよ」

「え?あ、うん」


 リリィはポスポスと座布団に何もないか叩いてから座ると膝の上に猫の姿のカンナがチョコンと乗っかる。

 

「ジッとできないわけ?何もしかけられてないわよ」

「ムッ、さっきからうるさいなぁ」


 しばらくするとドアが三回ノックされ高雪が入ってきた。


「おまたせしたね、じゃあ始めようか」


 向かい合わせに置いてある座布団に正座すると手に持っていた竹ひごの様なものが何本も入った六角形の筒を床に置く。


「これからやるのは易経(えききょう)と言う占いだ、それでこれが筮竹(ぜいちく)」

「へ~」


 すると高雪は何やらブツブツ呟き始めた。


 占いは毎朝テレビで流れる星座占いしか知らないため、響き渡る呪文の様な言葉にゴクリと固唾を飲む。


 しばらくして動かしていた手がピタリと止まる。


「美羽ちゃん、君は今血のつながってない人と暮らしているね」

「くらしてる」

「そうか......君はその人をどう思ってる?」

「いっしょにいたい」

「一人が怖いからかな?」


 その言葉に目を真ん丸くして頷く。


「ならあと一週間以内に本当の自分を取り戻しなさい、美羽ちゃんはもともとこの世界の住人じゃないはずだ」

「どうすればいいの?」

「僕は残念ながら君らの妖術は分からないから助言しか与えられないが......」


 言葉を止めやまた筮竹をジャラジャラとやり始め数分眉がピクリと動く。


「何か見えたわね」

「え?」


 手を止めると彼は立ち上がってネコの様に部屋をすっ飛んで出ていく。


「どうしたんだろうね」

「今からわかるわよ」


 また走ってメモ用紙を持ち戻ってくると、何やらシャーペンでサラサラ始めた。


「これはね、これから美羽ちゃんのやることが書いてあるメモだよ」


 書きながら言う彼はさっきまでの優しい表情が消え、真面目な表情をしていた。


「よしできた、ここに書いてある事全てやれば真相に近づけるだろう」


 渡されたメモには目が回りそうになる程ビッシリと文字が書いてあり、思わず倒れそうになる。


「ちょっと貸してみなさい」


 カンナはリリィの持っているメモをひったくる様に取る。


「なにするの?」

「今日からこの者の守護紙(しゅごし)となり谷川美羽を守りたまへ」


 紙はたちまち黄色い火が出ると灰になる。


「ちょっと!きえちゃったよ!」

「本当に?」


 リリィはキョロキョロ辺りを見渡すと白い小鳥が肩に止まっているのに気づく。


「ことりさんがいる」

「それがこれからあんたを導くから、素直に言う事を聞くのよ」

「へ~......よろしくね、ことりさん」


 小鳥の頭を撫でるとガブッと噛みついた。


「あいたぁ!」

「やめぇや、ウチに気安く触るなんて一億万年早いねん!ドアホ!」

「ご、ごめんなさい」

「あぁ、言い忘れたけど守護紙は気が荒くて短気だから気を付けてね」

「え~」


 とりあえず全てを終えたリリィは高雪に送ってもらい家へ帰ることにした。


「これから美羽ちゃんはキツく辛い冒険にでる、

 だけど大切な人を守るために頑張るんだよ、必ず春は来るから」

「わかった」


 高雪は強く頷き去ろうとする。


「あ!まって!たかゆきはなにものなの?」

「ただの占い師だよ」


 そういうと彼は突然吹いた風と共に消えていった。


* * * * 


自分の神社に着く


「やけに静かだな」

「お客さんが来てるのに......なんか嫌な予感がするわ」


 階段を上がると、賽銭箱の前でお祈りをしていた紺色のスーツを着た男が

「お、待っていましたよ」と微笑み被っていた中折れ帽子を手に取り振り返る。


「この世界には魔法が存在しないと思っていましたが......驚きましたよ」


 健二だった。


「はて?何のことです?」


 なにか危険を感じた高雪はとぼけて見せると「あぁ、これは失敬、この世界では魔法ではなく妖術でしたね」と道化師の様にわざとらしく言い一礼してみせた。


「貴方、誰です?」

「これはこれは、また失礼を、いやぁ社会人なのに自己紹介を忘れるとは、わたくし谷口健二と申します、以後お見知りおきを」


 そういうと怪しくニヤリと笑い「先程娘がお世話になりました」と付け加えた。


「なるほど、貴方があの子の」

「あの子を救い出したいとお思いでしょうが、あの子はこの世界(はこにわ)から出る事は出来ない」

「そう言うことですか、全て謎が解けましたよ、美羽ちゃんの記憶を縛ってる黒幕は貴方、健二さんと言うわけですね」


「御名答ぱちぱちぱち」拍手すると足元に置いてある赤い紙袋を手に持ってゆっくり近く


 カンナは男から出る奇妙なオーラを感知し人間に化けると拳を握り警戒した。


「ハッハッハ!私もずいぶん嫌われていますねぇ、ハイこれ、占い代、ハンバーグにすると美味いでしょう、なんせ...」


 すれ違い側に「若いメス羊の肉ですから」と八重歯をみせて不敵な笑いを見せた。

赤い袋はよく見ると底から血がポタリポタリと滴り落ちている。


「高雪......袋の中」


 カンナの震えた声に紙袋の中を見ると、大量に血の出ているミンチの肉が入っていて、ここで働いていた巫女が身につけている簪(かんざし)が人数分たてに刺してあった。


「これは見過ごせないですねぇ」

「クッ......このサイコパスがー!」


 カンナは目を赤く光らせて殴りかかる。


「感情任せの攻撃はかえって自分の身を滅ぼすだけだよ、お嬢さん」


 マシンガンの様に繰り出される拳をひらりひらり避けると遠くまで蹴り飛ばした。


「流石と言うべきか、貴方は来ませんか」

「美羽ちゃんの成長の為です」

「成長?フッ...ククク......アーハッハッハ!」


 健二の悪魔のような笑い声が空にこだまする。


「あの子は永遠にあのままだ、そう私が隣にいる限り、あの子はあのままでいればいい、あの時間の 様に私と幸せに暮らせばいいのさ、誰にも邪魔はさせない、させるものか」

「運命を変えることは神でない限りできないぞ、いつかお前は地獄以上の苦しみを味わうことになる」

「あの子が死なずに済むんならそれも本望!

私は神ではないが知性ある黒灰の魔女だ、現状維持を保つぐらいなら造作もない」

「そうかい」

「次、あの子と関わってみろ、次はお前を殺す」


 そう言って指をパチンと鳴らす。


「っな!?」


 いつもと変わらない風景が一転し目の前が真っ赤に染め上がる、働いていた僧侶たちの死体とその臓器が辺り一面に散らばり、巫女達の生首や腕の胴体と太もも以外が全て周りに生えている松の木にびっしりと刺さっていた。


 まるで悪夢の中にでもいるようで、思わず高雪は息をのむ。


「では、もう会わないことを祈ってますよ」


 人間の目玉が埋め込まれた血の涙を流す赤い狛犬にキスをし、鼻歌を歌いながら歩き去った。


「高雪......これからどうするの?」

「運命は変えられない、私は数か月後来る日の為に準備をするのみ」

「チッ......」


 ギュッと拳を握り小さく震えて「それでもあんたは陰陽師なの?」と歯を食いしばる。


「この問題は美羽ちゃんを成長させるんだ、見守らねば」

「そんなのいいわけでしょ!昔の出来事がまた起きるのを怖がってるだけなんでしょ!”あの子”みた いにまた美羽ちゃんまで失うかもしれないのよ!」


 高雪は振り返りもせず「そうか」と冷たく言うと家に入りドアを閉める。


「私はあの子を守る!あの出来事みたいになる前に!」


 ドア越しから聞こえるカンナの怒声に「私にはもう人を助ける力なんてない」と呟くように言い目からツーと涙を流す。


「臆病な私を許してくれ」

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