第02詠唱 飛べない空
- 第5地区
翌日、
イザベルとドミニカはリリィの事を調べる為、
野良猫の様にホームレスがズラリと道端で寝ているスラムイラ横丁を歩いていた。
「イルマさんはここらへんかなぁ......」
アイラが適当に書いたミミズが這(は)った様な地図を片手に歩いていたが風景が一向に変わらないどころか同じ建物を何回も横切っていた。
「イザベルちゃんってホント方向音痴ですよね〜」
嫌味ったらしくニヤニヤする
「ち、違うわよ!横丁が複雑なの!」
スラムイア横丁心狭しと建物が密集した場所で、光も看板で遮られ薄暗かった。
おまけに酒の甘ったるい匂いが狭い道に充満していて酒の苦手なイザベルは気持ち悪くなっていた。
「まったく、アタシに任せな」
「ごめん......」
地図をドミニカに渡して再び歩き始める事数分、広い空き地にでた。
「こんな所に......てか近かったな」
空き地は建設途中で放棄されたジャングルジムの様な鉄骨の家が二件たっていて、
放置されて長い年月が経つのか茶色く錆つきホームレス達の物干し竿と変わっていた。
「ピンク髪のショートカットで若い女性......ねぇ、ザックリしすぎてて分からないな」
「ねぇドミニカ、あの人じゃない?」
肩をツンツンと突っつかれたドミニカは彼女の指差す方に目をやると、ベンチに腰を下ろしタバコを吸いながら黄昏(たそがれ)ている女性を一人見つける。
「聞いてみるか」
二人は彼女のすぐ近くまで近づき「すみません」と話しかける、イルマはボーとしていて魂が抜けた様にピクリとも動かなかった。
「すみません!貴方イルマさんですか?」
2回目でやっと目の前に立つ二人に気づき「魔法機動隊が何の用だい?私を退(ど)かす気なら退かないよ、ココは私の家なんだから」とそっぽを向く
「リリィさんの事でいくつかお聞きしたい事がありまして参りました。
一緒にいたイルマさんなら分かるかなと」
するとゆっくり立ち上がる
「確かに10年近くはあの子と一緒に住んでいたけど私が拾った時にはもう記憶が飛んでてね、私もあの子に関しては一つっきゃわからないんだよ」
「一つ?」
ポケットから古びた金貨を一枚出すとドミニカに渡した。
「なんだこれ?随分と古びてるな」
「え?ドミニカ知らないの?これ魔女達が使ってた硬貨よ、今じゃ一枚も存在しないって言われてるレア物......コレをリリィさんが?」
「あぁ、だがこの硬貨の時代は魔女にも二種類いたからな」
「灰かぶりの魔女と普通の魔女ですね」
「でも魔女は人間と違って肌の色が違うからリリィちゃんは違うと思うけど」
「しかし姿を変える魔法も存在するから違うと言い切れない」
するとその時だった。
≪貴様は愛国者か?≫
イザベルやドミニカとは違うハッキリとした無声音が耳の奥に響く、イルマは相手にバレない様に目線だけで周りを探す。
(居ない、テレパシーなのか?ということは......)
テレパシー、それは主に魔女が得意とする特技で声を出さずに相手と話す技である。
魔力を持つ者は誰でも使えるが日常生活では使え道があまりないうえ非常に取得するのが難しい為、暗殺者か物好きしか取得しようとしないとか......
≪探しても無駄だ私は見えない、そのメダルの持ち主の居場所を教えろ≫
(魔力も姿も完璧に隠せるなんてな、相手にしたら確実にやられる......でももし教えてリリィに何かあったら)
平然を装い二人と話しつつ考えていると、目線の数メートル先に建っている建物の陰からスッと目元までフードを深くかぶるローブ姿の人影が現れた。
≪さぁ教えろ≫
その人影は懐から木製の枝のように細い杖を取り出しイザベルの頭に杖先を向ける。
(チッ......嫌な感は的中したか、何年も戦闘魔法を使ってない私じゃ相手にできないし、かと言ってコイツらじゃもっと無理だ)
考えた結果「自分で調べな、魔女!!」とリリィから貰ったメダルを投げ渡す。
「「魔女?」」
イザベルとドミニカは驚きメダルが飛んで行った方向を向くが、そこにはもうあの人影は消えていて酒瓶がコロコロと転がっているだけだった。
「いいか一回しか言わないからよく聞きな、あの子を探すんだったら魔女の村がある臆病者の森へ行ったら何か見つかるだろう、絶対にあの子を助けろよ、あの子は私の妹同然の存在だ、
もしも助けなかったらその時は......」
早口でそう言うと指をならし、飛んで来る箒に飛び跨ると風の様に去っていった。
「臆病者の森か、魔女とリリィちゃんになんの関係が......」
ドミニカとイザベルはゴクリと固唾を飲む
* * * *
ー 裏の世界
「コレはなんて読む?」
リリィの目の前にある本の文章を指差す
「このりんごは、だれのですか」
「お、凄いもう全部覚えたじゃないか?」
朝からリリィにせがまれてこの世界の言葉を健二は教えていた。
リリィは記憶を無くしているせいか、スポンジの様に直ぐに言葉を覚え、普通に話せる様になった。
「まだたりない」
だが彼女はその程度じゃ不満なのか椅子から降りると、部屋を出て行き大きな本を抱えて戻ってくる。
「それは大人が読む難しい本だから、絵本にしな」
「やっ!コレがいい!」
餅のように頰を膨らませてプイッとそっぽを向く、
健二のおかげかそれとも記憶をなくし人格が変わったせいか、
前よりも表情や感情が豊かになりよく話すようになった。
「そんな急いで覚えなくても大丈夫だから、ね?どうしてそんなに言葉を覚えたいの?」
健二の何気ない問いがリリィの脳裏であいまいな記憶が一瞬フラッシュバックする。
ー 貴方は魔術なんて覚えなくても良いのよ ー
「ことばは......ことばは、なかまをまもるどうぐだから…だからおぼえなきゃ」
そんな子供らしくないリリィの答えに健二は少し驚いき「まだそんな事を覚えてたんですか」と思わずポツリと言う
「なに?」
「いやなんでもない、言葉は仲間を守る道具じゃないよ、自分の気持ちを伝えるためのものなんだ、仲間を増やす為の自分の為の道具だよ」
「きもたをつたえる......」
その時、なぜか悲しい気持ちになった。
過去に似たような事があった気がして
“いつかこの人が居なくなってしまうんじゃないか”という気持ちで心がいっぱいになり、
優しい彼の表情を見ていると不安になっていく
「おじさんは、わたしのまえからいなくならないよね」
無意識にでる少女の言葉に健二はリリィの小さい頭を撫でる。
「あぁ居なくならないとも」
(もう奪わせてなるものか)
「そう...ならよかった、うん」
「まぁとりあえず散歩がてら夕食の素材を買いに行こう、お腹減ったでしょ?」
リリィはコクリと頷く
この世界は表の世界と同時に時間で進んでるらしく外に出るとオレンジ色の光が挨拶するように二人を照らす。
朝からずっとリリィに言葉を教えていた健二は「もう夕方なのか」とやけに眩しい光を手で遮る。
「まだ寒いな」
身を切るような冷たい真冬の風が道行く人を襲い、皆カメのように首を縮めていた。
「だねぇ、でもおじさんのてあったかい」
健二の大きなジャケットを着たリリィは繋いでる手に頰をペタッとくっつけてエヘヘと笑う
2人は足早にスーパーに行き買い物を済ませ帰ってる時だった。
「どうした?」
なんの変哲も無い十字路で足を止める。
「いや......」
(どこかで見覚えのあるような......友達?いやもっと絆の深い誰かと通った記憶が)
風に乗ってほのかに香る潮の匂い、その匂いが三人の姉妹が楽しそうに笑いながらこの道を駆けていく幻覚を見せた。
「どこに行くんだ?ちょっとキミ?」
少女達に導かれるように走り出すリリィを止める。
「いかないで!ひとりはやだ!」
遠くへ伸ばす彼女の手は何故か震えていた。
「それは幻覚だ、落ち着きなさい」
健二の言葉にハッと我に返る。
「おじさんごめんなさい、ねぇむこうにはなにがあるの?」
「この先は海だよ、行ってみる?」
「行きたい!」とリリィは笑顔で何度も頷いた。
歩く事十数分、徐々に潮の匂いが濃くなっていきザーンザーンと波の音が聞こえてくる。
「おじさんはやく!」
「そんな引っ張らなくても海は逃げないよ」
浜辺はやはり冬だからか人は呟くほどしかおらず、いつもより波の音が大きく聞こえた。
「いつ来ても静かなところだな」
「しずか......ゆめとおなじ」
リリィはポツリと言うと突然海をなぞるように走り始める。
「おいおい!また何処に行くんだ!」
テコテコ走る少女の後ろを追いかける事数分、ベンチがポツンと置いてあるところに着く。
「どうした」
やはり歳のせいかヘェヘェと肩で息をしながらリリィの方に近づいた。
「ゆめのばしょとおなじ」
「夢?」
「ここにおんなのひとがいるはずなのn......」
その瞬間突然鉄の輪で脳が締め付けられるような痛みを感じ頭を抑えてしゃがみこんだ。
「大丈夫か!おい!」
「ツッ......また…なにかおもいだそうとするとあたまがいたくなる」
健二は優しくリリィを抱きしめて「無理して思い出さなくてもいいんじゃないか?」と言う、不思議とその時頭痛が引き何か暖かいものを感じた。
「だめ、それをやめたら…わたしはなにもなくなっちゃう」
そう言い彼女は悔しそうに歯をくいしばる。
名前も何もかも忘れてしまった今、少女にいきている意味を与えてたのはあやふやな記憶だけだったのかもしれない
「ならキミに名前をつけてあげよう、記憶が戻るまでその名前で生きて新しい思い出を作っていけばいいさ」
「名前?」
「今からキミの名前は谷川美羽(たにかわみわ)だ」
「たにかわ…みわ」
「そう、明るい未来へ羽ばたくって意味で美羽だ」
「なんで?なんでそんなにわたしにやさしいの?」
「僕にも昔、美羽と同じぐらいの娘が居たからだよ」
これ以上聞いてはいけないと思ったリリィは「そう、なんだ」と言うと、誰かの目線を感じ素早く後ろを振り向く
「どうした?」
健二もリリィの向いてる方を見て直ぐに嫌な予感がし目を細めた。
「もうそろそろ行くか、暗くなる前に帰ろう」
そう言うなりやたら急いでリリィの腕を引っ張る
「どうしたの?」
「いや、寒くなってきたからさ」
笑ってそう言うが、繋いでいる手から感じるしっとりとした感触が今の彼の心境を全てを語っていた。
(だれかいるのかなぁ)
黙ってついてくリリィはそう思うだけにし、その日は決して聞くことはなかったのだった。
* * * *
ー 表の世界
心狭しとボロボロなレンガ造りの店が引き詰められた場所、
店から漏れ出る黄色い灯のお陰で夜でも薄っすらと暗い夜道を照らし、酔っ払いたちの笑い声が細い道を更に明るくした。
イルマからコインを奪った黒のローブを纏う女性は足早にそんな細い道を進み、“眠るゴブリン亭”という酒場に入っていった。
「いらっしゃい!」
店員の威勢のいい言葉を無視し、同じローブを着た女性がいる窓際のテーブルにツカツカと行く。
「コレを見つけた」
着くなりイルマから奪った金貨をテーブルに投げる。
「これはまた懐かしいわね」
テーブルの上を踊るようにクルクルと回る金貨を手に取った。
「それを持っていたのはリリィだ」
それを聞き女性はピクリと眉を動かし少しの間動きが止まる。
「リリィ?
確かあのメイドの娘じゃ」
それにコクリと頷く
「あの一家は全員死んだと聞いていたけど......」
「まだ生きてる可能性がある」
「リリィだけ?妹と母親は?」
「私が知ってるのはリリィだけ」
その言葉に深いため息を吐きメダルを女性に返した。
「ベティにつかまさたわね、
クックック......」
「彼女の今いる場所は?」
「さぁ、私も聞いたけど愛国者達は皆首を横にするばかりよ」
酒を一口飲み「あっちに寝返ったか」と目を細めてポツリという
「彼女が......ねぇ、しかしあの方は本当に生きているのだろうか、魔力を感じない今私はいまいち生きてるなんて信じられないな」
「水晶がそう語ってたんだ、今の私達はそれを信じるしかない、とりあえずこのメダルの持ち主であるリリィを探したらどう?」
「なんで?」
「メダルの匂いを嗅いでみなさい」
ヒョイッと宙を舞うメダルをキャッチし軽く匂いを嗅ぐと鉄の匂い以外にうまく言い表せないが、ハッキリとした別の匂いが鼻の奥を突っついた。
「子供の魔力の匂い......」
「ここまでハッキリと香りが残ってるということはまだ近くにいるのかもしれないわね、
次はリリィを探しましょ」
「そうだな」
「帝国の為にも急ぐわよ」
女性は壁についているワインのシミを眺めながら「帝国......かぁ」と不安そうに呟いた。
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