第12話 夢

あれ、此処は……。

あぁ、そうだ、王宮だ。

僕、また夢を見ているのか。

そう思いながらきょろきょろとあたりを見渡した。

久しぶりに登城した気分になる。

するとどこからか声が聞こえた。


「なぜ君はデニスにそんな事を言ったんだ!」


「だって……、本当の事だから……。」


「本当の事?

どこがだ、デニスが他の人より劣っていたか?

自分の能力を鼻にかけ奢っていたか?

逆だろう。」


「それは……。」


「聞くところによると、君はデニスの事で嘘を言いふらし、

陥れていたそうじゃないか。

その為にデニスは一人も友達ができなかったと聞く。

なぜそんな事をした。」


「だって、だって、あいつは魔法まで使うから。」


「何?」


「薬師は薬で仕事をしていればいいんだ。

それを魔法まで使って人にいい顔をして。」


「いつデニスがそんな事をした。彼はいつだって自分を二の次にし、

一生懸命頑張っていただろう。」


「ほら、あいつはそうやって点数稼ぎをする。

ライアス様だってあいつに騙されているんだ。

だからあいつにしか笑わない。

僕なんかには笑ってくれないんだ。」


「なぜおまえに笑わなければいけない?

そんな自分本位で人の事を顧みず陥れるような人間に

私が笑いかけるはずないだろう。」


「そんな!人を陥れるなんて、僕はそんな事…。」


「しただろう。

実際デニスは姿を消した。」


「僕のせいじゃない!

あいつが勝手に出て行ったんだ。」


もういい、もう聞きたくない。

僕は自分が弱虫だからそれが情けなくて、

耐え切れなくて、勝手に飛び出したんです。

○○さんが悪いのでは無いんです。

だからもう責めるのは止めて!

僕は必死になって叫んだ。

だけど僕の声は届かない。


ライアスさん、僕は自分で嫌になるほど臆病で情けない奴なんです。

もう少し頑張れば…。

せめて誰かに相談していれば、事態は変わっていたかもしれない。

でも今は後悔はしていないよ。

ライアスさんに会えなくなって、すごく寂しいけれど、

こうして誰かの役に立てる場所を見つけたんだ。

だからもういいんだ。

どうか、もう僕の事は忘れてもいいから。

ライアスさんはライアスさんの幸せを見つけてください。


気が付くと、もう日は傾きかけていた。

え、もう夕方?

ずいぶんと眠ってしまったんだな。

なぜか僕には布団がかけられていて、台所からはいい匂いが漂ってくる。

急に空腹を覚え、僕はノソノソと起きだし台所のドアを開けた。


「わあ。」


デーブルの上には籠に入ったパンや、鳥の焼いたもの、

鍋に入ったスープが置いてあった。

そして、その横には紙に書いたメモがさり気なく置いてある。


『ルルが本当にお世話になりました。目が覚めたら食べてください。

それと治療費はちゃんと請求してくださいね。』


ありがとうマリアさん。ありがたくいただきます。

でも治療費か、治療院を開くことばかりに夢中で、

その事をすっかり忘れていた。


「治療費って、一体いくらぐらいするのかな?」


王都では治療するばかりで料金を受け取るのは会計だったし、

その相場を気に掛ける事など、したことが無い。


「使った薬代ぐらいしか必要無いんじゃないかな。

でもそれは薬を仕入れる時に、また必要になるし、

利益を考えなくちゃいけないんだろうな。

でも、利益っていくらぐらい貰えばいいのか全然分からない。

これは困ったぞ……。」


手伝いの人を雇うにも、お金を払わなければいけないし。

一体誰に相談をするのかさえも分からない。


「貯金がまだある事だし、当面は大丈夫だろう。」


暇が出来た時、町に行って調べてこよう。

でも、まずはお手伝いしてもらえる人を早急に探しておかなければ。

明日食事のお礼をするついでに、

マリアさん達に心当たりが無いか聞いてみよう。



その日の夜は、夕方までぐっすり眠ったので、

さすがに眠れないだろうなと思っていたのに、

なぜかいつも通りに眠りについた。


気が付くと僕は知らない部屋にいた。

そこにはコップを手にしたままのライアスさんがテーブルに突っ伏している。

「ライアスさんどうしたの!?具合でもわるいの?

大丈夫ですかライアスさん。」


僕は慌てライアスさんに近寄った。

見るとテーブルの上にはほとんど空になった酒瓶が転がっている。

お酒で酔っているんだ。

大丈夫かな?急性中毒になっていなければいいのだけれど。

治療しようと思えばできる。

魔法で体のアルコールを飛ばせばいいだけだ、難しい事では無い。

でもせっかくお酒で気持ち良くなっているのに、

余計な事かもしれないからどうにもできない。


「デニス…、お前はいったいどこに行ってしまったんだ。」


いきなり名前を呼ばれて驚く。

ライアスさん、僕の夢を見ているの?

もしそうなら、ちょっと嬉しいかも。


「私はお前にとって、そんな頼りがいの無い男だったんだな。」


「そんな事有りません。

ライアスさんは僕にとって、どんな時も頼りになる人でした。」


「デニス…、デニス、デニス!お前に会いたい。」


「僕もです。

僕もライアスさんに会いたい。」


でも、王都を捨てた僕には、それは叶わない夢だ。


「ごめんなさいライアスさん、我儘ばかりして。

でも心配しないで下さい、

僕は元気だよ。

ライアスさんの近くにいられないのは寂しいけれど、

今、僕の周りには優しい人がいっぱいいて、

初めて自分が誰かの役に立てるって思えるんだ。

だからもう心配しないで下さい。」


ライアスさんの耳元で、僕はそう呟いた。


「だが、私はデニスに会いたい。

会いたくて、心配でおかしくなりそうだ。お前は今どこにいる。

何をしている?」


「僕?僕は相変わらず薬師をしている。

今度、自分で治療院を始めるんだ。

いや、もう患者さんが来たから、始めています。かな?」


「寂しくは無いか、辛い思いはしていないか?」


酔いつぶれて寝込んでいるはずのライアスさんは、

なぜか僕に話しかけてくる。

僕も久しぶりにライアスさんと話をしているようで、

うれしくなってつい返事をしてしまう。


「うん。皆とっても良くしてくれる。

僕の我儘にも力も貸してくれた。

僕の治療院に、名前を付けてくれたんだよ。

【森の治療院】ていうんだ、素敵な名前でしょ?」


「そうだな。それはどこにある?」


「村のはずれだよ。イズガルドという村の端っこ。」


「イズガルド?

デニスは今イズガルドという村にいるんだな。」


「うん、田舎だけれどとてもきれいな村なんだ。

ライアスさんにも見てほしいな。

この村も、僕の【森の治療院】も。」


「行くから、必ず行く、だから待っていてくれ。」


「でもライアスさんにはお仕事があるから、無理しないで下さいね。」


そう言ったところで目が覚めた。


「朝か……。

久しぶりにライアスさんとお話をしたみたいでうれしかったな。

あれ?」


気が付くと、

僕は枕元のガラスの箱に収めたはずの虹色の石を握りしめていた。


「どうして?」


きっと無意識にやってしまったんだろう。

そして僕はいつも通りに、

布の袋に石を入れてから首から下げ、

服の上からそこを、ポンポンと叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る