第11話 新しい命
その日の夜、ドンドンと入り口をたたく音で、僕は目を覚ました。
慌てて下に降り、急いで扉を開ける。
「どうしました!」
すると開けたドアの向こうでは慌てふためいた様子のマイケルさん達がいて、
布団を敷いた荷馬車には苦しそうな表情のルルさんが横たわっている。
状況はすぐに呑み込めた。
「急いでルルさんを中に運んでください。」
僕は診察台に清潔なシーツを敷いて待つ。
「さぁ、ここにルルさんを寝かせてください。」
ルルさんは家族に支えながらも、診察台によじ登り横たわった。
そして僕はこの日のために作った器具を診察台の周りに設置する。
そしてルルさんの体を覆い隠すように大きなタオルをかけた。
「さぁルルさん、いよいよですね。
元気の赤ちゃんを産むために頑張りましょう。」
ルルさんは、眉間にしわを寄せながらもにっこりと笑い頷く。
それから数十分後、本格的な出産が始まった。
ルルさんは時々悲鳴をあげたりして苦しんでいたが、
こればかりは自分で頑張るしかない。
ルルさんの両手はマイケルさんとゴードンさんがしっかり握りしる。
マリアさんはルルさんの汗をぬぐったり声を掛けたり世話をしている。
多分これは出産でよくある風景。
でも少し心配なことがあった。
いつまで経っても赤ちゃんが下の方に降りてこないのだ。
時間は刻々と過ぎて行く、これは少しまずい。
こういう時はどうすればよかったっけ。
魔法で対処する方法も有るけれど。
しかし、デリケートな赤ちゃんに影響を与えないよう、
魔法を使うのは最後の手段だ。
僕は必死になって対処の方法を思い返した。
すると不意に、いつも胸に下げている石が次第に熱くなってくる。
僕は首から袋を外し、中から石を取り出した。
「ルルさん、これからすることは僕の思い付きです。
ただのおまじないかも知れませんが、やらせてください。」
僕はそう言うと、ルルさんの膨らんだお腹に石を当て、
静かに上から下に向けて何度も何度もお腹を撫でる。
「デニスさん、いえ先生。何かお腹が楽になってきたような気がします。」
まだまだ苦しそうだけど、ほんの少し笑顔が出せる程度にはなったみたいだ。
「それはよかったです。
すいませんマリアさん、この石を持って
先ほど僕がやっていた様にしてもらえますか?」
僕は本来の治療に戻ろうと、マリアさんにマッサージを代わってもらう。
でも、とたんにルルさんの様子が悪くなってきた。
もしかすると、この石は僕にしか扱えないのかもしれない。
僕は再び石を持ち、ルルさんのお腹をさすり始めた。
「フウ、フウ。」
ルルさんは荒い息をしながらも、上手に痛みを逃がしているようだ。
やがて、赤ちゃんは順調に降り、
様子を見ていたマリアさんが生まれそうだと言う。
「さて、ルルさんいよいよですよ、出来れば僕の指示に従って下さいね。」
その時はもう、石の力がなくても
出産ができるまでに回復しているように見えた。
「少し力んで下さい。
上手ですよ。
では今度は、力を逃がして、ちょっと休みましょう。」
「はい、また力んで、
赤ちゃんが見えてきましたよ。
がんばって。」
「順調です。
さあ、少し休んだら、いよいよですよ。
今度波が来たら思い切り力んで下さい。
ようやく赤ちゃんに会えますよ。」
そして次の大きな痛みの波が来た時、
ルルさんは僕の言葉に合わせ、フグゥ――ッ!と力いっぱい力む。
そして家族が心配そうに見守る中、新しい命が誕生した。
「良かった。
一時はどうなるかと思いましたが、無事生まれて本当に良かった。」
「先生、ルル達を助けていただいて、ありがとうございました。」
赤ちゃんは産湯をつかい、きれいな肌着を着てルルさんの胸の中。
今は個室に移った皆さんは、赤ちゃんを中心に、本当に幸せそうに見えた。
まだ笑う事は出来ないはずなのに、なぜか赤ちゃんがは微笑んだ気がする。
僕の最初の患者さんがルルさんで、
そしてこの人たちの助けになれて本当に良かった。
僕がこの人の力になれた。
初めて取り上げた子がこの子でよかった。
ダメだな、最近めっきり涙もろくなってしまった。
しかし、考えてみるとやはりお産の時などは、手伝ってくれる人が必要だな。
今日はマリアさんたちがいたから、
お湯を沸かしたり、いろいろ手伝ってもらえたけれど、
僕一人ではとてもやれない。
やはり手伝ってくれる人を探さなければいけないだろう。
ルルさんはその部屋に一日入院し、
翌々朝、マリアさん達に付き添われ、家へ帰って行った。
出産時の事も有り、赤ちゃんの様子も見たかったので、
一日泊まってもらったんだ。
そして、また一人きりになった僕に、疲労感が押し寄せる。
急に眠気を覚え寝室に行くのも億劫になった僕は、
どうやら診察室のソファで眠ってしまったようだ。
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