第10話 治療院の名前

それから数日後、朝早くからマイケルさんとマリアさんが

荷馬車で家を訪ねて来た。


「おはようございます。」


「おはよう、今日はプレゼントを持ってきたよ。」


え、プレゼント?


「ほら、これだよ。」


荷馬車から下ろしたものは布に包まれた大きな四角。


「名前の良し悪しも聞かず、勝手に作ってしまったが、

いくらでも彫りなおさせるから、文句は遠慮なく言ってくれ。」


マイケルさんが包んでいた布を外すと、そこには立派な看板があった。

【森の治療院】と彫られている文字の周りには、

デザインされた木の葉や花が彫られている。


「ほら、森の入り口にあるだろう?だから森の治療院。

何のひねりもないが、それが反って素朴でいいかなと思ってな。」


「他にも考えたのよ。

デニス治療院とか、イズガルド治療院とか、腕のいい治療院とか。

でもこれの方がデニスさんらしい気がしてね。」


「素敵な名前です。

凄く気に入りました、嬉しい。

さっそく掛けさせてもらってもいいですか?」


これで構わないか?そうかよかった、では早速やるか。

安心顔のマイケルさんは、そう言って

一緒に積んできたハシゴと大工道具を馬車から降ろした。


手際よく、家の入り口の上に看板を取り付けられていく。

そして掛け終えた看板を眺めていると、

ますます自分が治療院を始めるんだと言う思いが積もっていく。


「ようやく様になってきたな。

中の準備はどうだい?いつ頃開業できそうなんだ?」


「実は、準備はほとんど出来たんです。

あとは薬草の仕入れ先を探さなければと思っています。」


「本当かいもうそこまでできたのか。

良ければ見させてもらってもいいかい。」


「はい、ぜひ見てください。」


そう言い僕は二人を中へ通す。


「これは……。」


「これはそんじょそこらの物より、ずっと立派な治療院だわ。」


「その通りだ。

よくこの短期間でこれだけの準備ができたな。」


「ありがとうございます。」


実際僕もそう思う。

王都や大きな町の治療院にはとても及ばないけど、

小さな町の治療院と、同じような設備に出来たとは思う。


「このカウンターや戸棚なんて、いつの間に買ったんだい?」


「いえ、実は全部この家に有った物なんです。それをこの部屋に並べただけです。」


「そうかい、良かったな。

この様子ならデニスさんが言う通り、すぐにでも始められそうだ。」


「はい、ですのでもう治療が必要な人がいらっしゃれば、

少しづつでも始めようかと思っています。」


「よし、それなら村の皆に宣伝しておこう。

たくさん来てくれるように。」


「いえ、病人がたくさんって、それは違う意味で困る事だと思いますけど。」


「それはそうだ!」


マイケルさんは楽しそうに笑っていた。

でも始めるなら、やはり薬草の仕入れ先を早急に探さなくては。


「そう言えば、この裏の森には、薬草が生えているって聞いたんですが。」


「あぁ、確かに上等な薬草がたくさん生えているらしいが、

デニスさんはいかない方が賢明だ。

この森には魔物が多い。

だから長年住んでいる村人も、この森には一歩たりとも入りはしない。

本当は森に近いこの家もデニスさんには危険だと思ったんだが、

ほら、あそこに見える楡の大木。

あそこを境に魔物は現れる事が無いんだ。

だからデニスさん、決してあそこから向こうには入っちゃいけない。」


「でも、薬草がたくさん生えているのでしょう?

それも上質な物が。

僕は薬師です。

それを聞いたら尚更入って見たくなりました。

何とか方法は無いでしょうか。」


上質な薬草が沢山。

それを聞いては、薬師としての血が騒ぐ。


「まぁ、無い事も無いが……。

危ない事に変わりが無いんだがな。

だが一人で行かれるよりはいいか。」


方法があるのか!?


「腕っぷしの強い猟師が一緒なら、行けない事も無いだろう。

だがそれにしたって、危険が伴う。

猟師だって人間だ。

もし守り切れなければ自分一人で逃げだすかもしれない。」


そうか…そうだよな。

僕の為に、他人を危険にさらす訳にはいかない。

やはりこの件は、大人しく仕入れ先を探した方が賢明だ。




「まぁ、森に入るなら、絶対に一声かけてくれ。

俺なり、ゴードンが一緒に行くから。」


どうやらお二人は、腕のいい猟師さんだったようだ。


「いえ、森に入るのは諦めます。」


「そうかい、その方が俺達も安心だ。

とにかく治療院が開業する事は皆に伝えておこう。

遠くまで行かずに治療してもらえるなら、皆助かるだろう。」


「お願いします。僕もできる限り皆さんのお力になりたいです。」


「こちらこそよろしく頼む。

だが、下手すりゃ、うちの娘が最初の患者になるかもしれないしな。

その時はよろしく頼む。」


「はい、お任せください。」


しかし実を言うと、妊婦さんの診察は時々していたけれど、

僕は出産には立ち会ったことが無かった。

知識としては知っている、でもいざとなると、

出産は女性の治療師にお願いしますという人がほとんどだったからだ。

しかし、ここではきっとそんな事は言っていられないだろう。

大丈夫、僕はやれる。

僕は自分に言い聞かせた。

その予言は当たり、僕の治療院での最初の患者さんはルルさんだった。


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