第9話 家族

その日の昼食はマリアさんのお家でご馳走になった。


「そう言えばこの村のお店は、どこに有るんですか?」


そろそろ食料が乏しくなったし、欲しい雑貨も有る。


「無いわよ。」


えっ?


「この村にお店なんて無いわ。」


「で、では。

この村の人は、買い物はどうなさるんですか?」


「買い物は隣の町まで行くわね。

でも、お野菜は自分の畑で取れるし、肉や魚は森や川に取りに行けばいいもの。

ミルクは牛やヤギがいるしね。

買い物はあまり必要無いのよ。」


「そうなんですか……。」


では僕は…。

畑仕事も出来ないし、猟に行く事も出来ない。

その為に、いつも5㎞の道のりを行かなければならないのか。


「はぁ~、ラバでも飼おうかな………。」


「何言ってるんだい。

確かにラバがいれば荷物運びは楽だけど、

いちいち町まで行かなくても、食事ならうちに食べに来ればいいよ。」


「そう言う訳にはいきません。」


「遠慮は無しだよ。

デニスさんは、もう家族のようなものだからね。」


「家族?」


「そうとも。」


家族と呼ぶものを失ってから、何年経っただろうか。

もう自分には縁の無いものと思い込んでいたから、

突然出たその言葉を、すぐには理解できなかった。

そして自分を家族に加えてくれると言う申し出が嬉しくて、

自然と目が潤んでしまう。


「迷惑かい?」


「そ、そんな事有りません。

嬉しくて…。

僕にはもう、家族と呼べる人がいないから…。」


「そうかい。

辛かっただろうね。

でもね、家族は失うばかりじゃ無いんだよ。

新しく迎える家族だっているんだ。

デニスさんが結婚すれば、伴侶と言う家族が増えるし、

子供が生まれれば、また家族は増える。

伴侶の家族だって、お前さんの家族だ。

どうだい、そう思うとワクワクしてくるだろう?

当然私達だって、デニスさんの家族さね。」


新しい家族か……。

僕もいつか家族が持てるかもしれない。

そう思うと、心が弾む。

僕にもいつか愛してくれる人が現れるだろうか……。



「さて、差し当って何が必要なんだい?」


マリアさんの突然の切り返しに、少々戸惑う。


「えっ、あ、あの、

食材と、後は服、白衣のようなものが欲しいです。」


「白衣かい。

あの治療師さんが着ている、白くて長い服の事かい?」


「はい、そうです。」


僕の着ていた白衣は、支給品だったから王都を出る時に置いて来てしまった。

ここで新しく治療院を始めるなら、新しく買い揃える必要が有るだろう。


「トルネドに売っているかなぁ。

まあ一度見に行けばいいよ。

後は食材だっけ。

野菜だったらうちの畑から抜いて行きな。

肉が欲しければその時に声を掛けておくれ。

運が良ければ分けてあげられるから。」


「そんな、悪いです。

せめてお金を払わせてください。」


「気にする事は無いさ。

どうせ余ったら、畑のたい肥にするしかない野菜だし、

肉や魚だって、一度猟をすれば食べれないほどの量だ。

こっちだって助かるしね。

さっ、こういう時は何て言うんだっけ?」


「あ、ありがとうございます…。」


「そう、それでいいの。

後は町への買い物だけど、ちょうど生まれてくる子供の

産着なんかを買わなきゃならないからね。

明日にでも荷馬車で行くつもりだったんだが、一緒に行くかい?」


「ありがとうございます。」


僕はここに来てよかった。

優しい人達に会えてよかった。

例えライアスさんと離れても…………。

だめだ、まだライアスさんの事は忘れられないや。



それからもマリアさん達には本当に良くしてもらっている。

いつかこの恩を返せるといいな。


殆んど用意が出来た家の中を、大して汚れていないけれど掃除して回る。

体を動かしていれば、余計な事を考えなくて済むから。

だけど夜ベッドに入ると、やはりライアスさんの事を思ってしまう。

ライアスさんは今日何をしたのかな?

夕食は何を食べたのかな?

もしかしたら、ライアスさんの嫌いなルイバが出たかも。

そして少しは僕の事を思い出してくれたらいいな。

そう言えばそんな奴がいたっけって思ってくれるだけでもいいから。

ねぇライアスさん。

僕はいつだってライアスさんの事を思っているよ。

そしてね、僕はこのイズガルドで治療院を始めるんだ。

僕の力では、あまり役に立たないかもしれないけど、

少しでも人の為になればと思って……。

ライアスさん、僕、頑張るね。

横になりながら、そこにはいないライアスさんに話掛ける。





「ここにはいないのですか?」


「あぁ、ここ何年も帰っていないねえ。

まぁ、此処にはあの子の家族は誰もいないし、

帰って来てもしょうが無いだろうしね。」


「そんな、彼の親戚は?

せめて知り合いはいないのですか?」


「遠縁の者は確かいたな。

だが何年も前に引っ越していったよ。

多分親戚とも呼べないデニスには、何も告げていないと思うよ。」


以前デニスの家があったという近くで、ようやく見つけたデニスの事を知る者。

だけどその人の言葉は私の期待を裏切るものだった。


「デニス、君はいったいどこへ行ってしまったのだ。」


ライアスさんは途方に暮れた様子で僕を探している。

ライアスさん、僕はここだよ。僕はイズガルドにいるよ。

イズガルドでみんなにとてもやさしくしてもらって、

とても幸せに暮らしているんだ。

だから心配しないで。

そして気が付くと、僕はまた涙を流しながら朝を迎えていた。

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