第8話 愛しい人の夢
「思ったよりずいぶん早く開業できそうだな。」
開業に向けて、色々準備して来たけれど、
殆んどの物は、僕が思い描いた場所にきちんと収まっている。
カウンターの引き出しには数種類の薬紙が、
その隣の引き出しには、大きさ別に薬を入れる袋が入っている。
念を入れ、消毒を兼ね全ての物をもう一度磨き上げた。
窓には知らぬ間に、白い清潔なカーテンが掛けられていた。
タンクの水はいれっぱなしだった事に気が付き、
入れ替えなければと思ったけれど、
そこにはきれいで清潔な水が入っていた。
そして水を使えば、そこにはまるで泉が湧いているように水が増えている。
不思議な事ばかりだ。
その夜僕は簡単な夕食をすまし、今日は早めにベットに入った。
気が付くと僕は城内の元職場の薬剤室にいた。
「なぜ!一体何があったのです!」
あ、あれ?ライアスさん?
どうしたんですか?薬師長様に食って掛かって。
「私にもよく分からないのです。
何せ線が細い上に心の内に溜め込んてしまう子です。
私達が知らないうちに何かしら有ったのかもしれません。
私も何とか思い留まるよう引き留めたのですが、
辞表を持ってきた次の日には、もう部屋から消えていました。」
「そんな……。私に一言も言わずに。
いや、彼にとって私はその程度の人間だったのか。」
そう言うとライアスさんは、とても悔しそうな悲しそうな顔をしている。
お願いライアスさんそんな顔しないで。
あなたにはそんな顔は似合わない。
ね、いつものように笑って。
「彼は一体どこへ行ったのでしょう?」
「分かりません。
ただあの子の故郷は、西の国のゴルッシュだそうです。
もしかすると、そちらに帰ったのかもしれませんね。」
「ゴルッシュか、確か北の地だったな。
馬で4日ほどか。」
「あなたがあの子に特別な感情を持っているとは思っていました。
ですので私もあなたが帰られるまではと思い、
最低1週間はよく考えてくれと引き留めたのですが……。」
「はは……、ばれていましたか。
気を使わせてしまって申し訳ありませんでした。」
ライアスさんは、そう言い笑い声をあげるけれど、
それはあまり楽しそうに聞こえないのは何故だろう。
「後を追われるのですか?」
「ええ、ようやく心を開いてくれたのです。
何とか連れ戻したい。」
「そうして下さい。私もあの子の才能は惜しい。」
「ちょうど私も遠征から帰ったばかりです。
申請を出せば1月ほどは休みが取れるはず。
しかし、その間に見つけることができればよいのですが。」
「何とかお願いします。
多分私がもう少し気に掛けていれば
こんな事にならなかったのではと、後悔しているのです。
どうぞデニスを見つけてやって下さい。」
やはりこれは夢なんだろう。
ライアスさんが僕を探している。
これは僕の都合のいい夢だ。
そう思いながら僕はぼんやり目を開けた。
ほら、夢だった。
僕は今、イズガルドのお婆さんに借りた家にいる。
そして、その家のベッドで目覚めた。
夢だった。夢だった。夢だった。
なぜかものすごく悲しい。
会いたいな、ライアスさんに。
きっと今頃は僕の事なんて思い出しもせず、宿舎のベッドで眠っているだろう。
あぁ、僕は何でライアスさんの帰ってくるのを待たなかったのだろう。
せめてひと目だけでも会ってお別れを言ってくれば、
こんなに気持ちを引きずらなかったかも知れないのに。
いつの間にか僕の目からはボロボロと大きな涙があふれていた。
「まぁ、どうしたの、そんなに目を赤くして。」
「はは、夜中に目が覚めてしまい、これからの事を考えていたら、
朝まで眠れなくなってしまいました。」
「まぁ、分からないでもないけれど、治療院を開こうという人なんだから、
自分の健康管理もしっかりしないとダメよ。」
「ええ、そうします。
ところで今日は相談があって来ました。」
「何かしら、私たちにできる事なら何でも聞くわよ。」
「ありがとうございます。実は……。」
僕は皆さんに、治療院に名前を付けてほしいとお願いをした。
お世話になった人だからこそ名前を付けてもらいたい。
「そんな、自分の治療院なんだから自分の好きな名前をお付けなさいな。」
「いえ、ぜひマイケルさんや、マリアさんたちに付けていただきたいのです。ダメでしょうか?」
「そんな訳無いじゃない、高栄だわ。
いいわ、何とか知恵を絞ってみる。
その代わり、気に入らなかったら正直に言ってちょうだいね。」
「そんな事ぜったい有りません。よろしくお願いします。」
「そう言えば準備の進み具合はどうです?
何か必要な物があったら遠慮なく言ってね。
あまり力になれないかもしれないけれど、
出来るだけの事はするから」
「ありがとうございます。
実はあの家にあったものですべて揃いそうなんです。
形もだいぶ整いましたし、
あとは、治療院の看板を注文するつもりです。
ですので名前が欲しくて…。」
「そうなの、ちょうどいいわ。
開院祝いは看板にしましょう。」
「そんな、マリアさんたちにはとても良くしていただきました。もうこれ以上お世話になるわけにはいきません。」
「何言ってるの。これから私たちがあなたにお世話になるのよ。
看板ぐらい贈らせてちょうだい。」
でも……。
「こういう時は大人しくありがとうと言っておけばいいの。」
そう言って、僕の肩をぽんと叩く。
「あ、ありがとうございます。
楽しみにしています。」
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