第6話 大切な物

さて朝だ。

今日も忙しくなる。

着替えてから、顔を洗い、朝食の支度をして食べる。

いつも通りの朝。

それなのに、なぜか空しさを感じるのはなぜだろう。

昨日はこんな気持ちにはならなかったのに……。



今日は昨日に引き続き、家の中の探検と調査だ。

二階の寝室の隣の部屋は、一体どうなっているのかな。

でもその前に、夢で見たお婆さんの言葉を確かめに行こうか。

二階に上がり、廊下の突き当りに行ってみた。

あった。夢じゃなかった。

たしかに、おばあさんの言った通り、飾り扉がある。

でもそれは縦横30センチほどの小さな物だ。

とてもここに部屋が有るとは思えない。

もしかしてこの棚に僕の必要なものが入っているのかな。

僕は小さな取手をつまみ引いてみる。

すると、その扉を中心に、人一人通れるような扉が現れた。

え?なんで?

ここ壁だったよね。

しばらく考えたが、思い切ってその扉を開けることにした。

凝った作りの綺麗なノブを回し引く。

するとすんなりと扉は開いた。


中は明るく広い部屋になっている。


「えーと、確かこの廊下の向こうって、位置的に言って外だよね。

うん、確かに外のはずだ。」


腑に落ちないまま、中に踏み込む。


「お婆さんは、ここには僕に必要な物が有るって言っていたっけ。」


すぐわかるって言っていたけど、一体どれだろう。

僕は部屋の中にあるものを一つ一つ確かめるように、見て歩いた。

ガラクタと思われるものは一つもない。

本棚にはいろいろなジャンルの本が並んでいる。

魔法書から、植物百科、料理の本まで有った。

この、薬師の僕に必要な物。

この植物の本がそうなのかな。

確かに必要な知識だと思うけれど、でも違う気がする。

硝子戸の付いた棚には、小さな綺麗な箱。

その中には、指輪やネックレスなどのアクセサリーが入っていた。

これって、本物の宝石かな。

でもなぜ宝冠まであるんだろう。

後、ずらりと並んだ甲冑やら、

訳の分からない道具が所狭しと並んでいる棚。

ありとあらゆるものがこの部屋の中にある。

でも、どれが僕に必要な物なんだろう。


分からない。


でも、ゆっくりと部屋の中を見て回っていると、

丸くて、彫刻がほどこしてある小さなテーブルの真ん中に、

きれいなガラスの箱があった。

シンプルな形の、不透明な硝子の箱。

この中に何が有るのか分からないけど、それを見た途端分かった。

僕に一番必要なのはこれだ。

近くにあった椅子を引き寄せ、テーブルの前に座り、

丁寧にガラスの蓋を開けてみる。

そこには真綿に包まれた虹色に輝く小さな石があった。


「これだ…。」


僕は確信した。

君が僕を待っていたんだね。

でも同時に湧き上がる疑問。

お婆さんは僕に必要な物って言っていた。

確かにこれは僕の一部だ。

でもこれは、一体何?

何故これが僕に必要なのだろう。

虹色に輝くこの石は宝石かな、それとも魔石?

そしておもむろにその石を手に取ってみた。


「暖かい。」


どうしてだろう、石が暖かく感じるなんて。

フフ、君は綺麗だね。僕の傍に居てくれるかい?

今は理由は分からないけれど。

この石をこうして持っているだけでも幸せな気持ちが広がっていく。

自然と笑みが漏れる。

たとえこの部屋に、数々の宝石や宝物が有ろうとも、それらは僕に必要ない。

このきれいな石があるだけで充分。

僕はもう一度石を箱に戻し、それを大事に持って部屋から出た。


「とりあえずここが君の場所。」


ベッドの枕元のテーブルに、

僕の持っている中で一番きれいなハンカチを敷き、その上に箱を置いた。


「さてと、仕事に掛かるか。」


僕は片付けと、治療院の準備をするべく下の階に降りようとしたが、

あの石の事が気になってしょうがない。

僕はカバンから小さな巾着袋を取り出し、その中に石をしまう。

そしてそれを首に掛け、ようやく一心地ついた。

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