第5話 お婆さん

ふと気が付くと枕元の椅子に、知らないお婆さんが座っていた。


「どちら様…ですか?」


「わしはここに住んでいた婆でフランソワーズという。」


「フランソワーズさんですか?」


とても綺麗で、優しそうな名前。


「笑うでない。

わしにだってその名が似合う時期があったのじゃぞ。」


ごめんなさい。


「さて、おぬしはこの家を使ってくれるようじゃな。」


「あ!すいません。断りもなく勝手に押しかけてしまって。

すぐ出ていきますから。」


「慌てるでない。

此処はおぬしがお使い。

この家はそれを許したのだから。」


「え?」


「この家には、すんなり入れたであろう?」


「はい、鍵が有りましたので、入るのに困る事は有りませんでした。」


「いやいや、鍵が有ってもこの家が拒否すれば扉は開かぬ。

たぶん気に入られない者が入ろうとした時は、

たとえ鍵が回ったとしても扉は開かず、皆は鍵が違うと思うだろうな。」


「そうなんですか?」


「ああ、実はわしもこの家に認めてもらった一人じゃ。

この家はな、この家が認めた者しか住むことが許されない。」


「えーと、それってどういう事でしょうか?」


「この家はいつからここに建っていたのか分からぬのじゃ。

そして、何人の人間がこの家に認められ、住んでいたのかも分からない。

お前も此処に住んでいれば追々分かってくるだろうよ。

この家は普通の家と違うと。」


「そんな特別な家に僕がいてもいいのでしょうか。」


「今更くつがえぬよ。

この家はおぬしを選んだのだから。

ところでおぬし、此処に住んで何かをするつもりではないか?」


おばあさんはなかなか鋭そうだ。

僕がここで治療院を開きたいと聞いて来たのだろうか。


「はい、僕は薬師です。

微力ですがみんなの役に立てるよう、治療院を開きたいと思っています。」


「おや、おぬしから魔力を感じるでな、てっきりその方面かと思っておった。」


「えっ、

ええ、少しですが魔法も使えます。

ですのでその力を使い、治療もできる限りやってみようと思っています。」


「よい心構えじゃ。この家が認めただけはある。

よろしい、お前にいい事を教えてやろう。

二階の廊下の突き当りにある飾り扉を開けてみるがよい、

その先にお前に役に立つものがあるはずじゃ。

見ればすぐわかる故、探してみるといい。

まあ、がらくたもかなりあるがな。

だが、それらも自由に使えばいい。」


「そんな、ここはお婆さんの家です。

僕はただの間借り人。

お婆さんが帰ってきた以上、

僕は明日にでも出て行きますから、どうぞ安心して戻って来て下さい」


「バカな事を言うでない。

家が認めた以上、既にこの家はわしの物では無い。

全ておぬしの物じゃ。

覆せぬと言っただろう。

だからお主がこの家の物をどう使っても構わぬのじゃ。

間取りを好きに作り変えるもよし、

ガラクタを売っぱらって金に換えるもよし、自由にお使い。」


「そんな、借りるならまだしも、

僕なんかがこんな立派な家や、この家の全てをいただく訳にはいきません。」


「しつこいなおぬしも。この家がお主を選んだと言っておろう、

それなのにそれを拒否すればこの家が悲しむぞ、諦めろ。

そうそう、飾り扉の部屋だが、

そこで最初にお前が認めた物は、お前の守りになり、色々と役に立つ物となる。

なるべく近くに置き、出来るだけ体から離さぬようにする事じゃ。

おお、そろそろわしも行かねばならぬな。

これで安心してあちらに行けるわ。」


「あちら?」


「あの世じゃよ。

だからおぬしは何の気兼ねもせず安心してこの家をお使い。」


「安心してって、待って、僕まだお婆さんと話をしたい。

聞きたい事もいっぱいあります。」


「我が儘を言うでない。

わしが町へ行くなどと言ったのは嘘じゃ。

寿命が来てしまってのぉ。

今までおぬしのような人間が現れるまでこの家を守っていた。

3年と言う月日で表れてくれて助かったわ。

下手をすれば、何十年も待たされ、退屈な日々を送る覚悟もしていたからな。」


「それならば、まだこの家に居てもいいではないですか。

退屈ならば、僕がお相手します。

だから……。」


「我が儘を言うなと言っておる。

お前が訪れた以上、わしの役目はもう終わった。」


そう言いうと、お婆さんは静かに椅子から立ち上がり、微笑み、

まるで朝日に照らし出される星のように、静かに消えていった。



気が付くとカーテンの隙間から穏やかな日の光が差している。

朝か……今のは夢だったのかな。

現実のようであり、夢のようでもあった。

僕はベッドから降り、改めて部屋を見回す。

南側の窓の外には畑が広がり、その奥に村が見える。

西側の窓の向こうは深い森。


部屋の中には作り付けのタンスと姿見。

ベッドの横には小さなテーブル。

イスなどはどこにもなかった。

………そうだ、お金が出来たら椅子を買おう。

とても座り心地の言い、ふかふかの安楽椅子を。

いつお婆さんが戻って来てもいいように。

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